狂牙
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■ 第6章 狂った牙10

 孝司は、唇を噛み締めながら俯き、ジッと考え込む。
 宗介はその表情を見ながら、携帯電話を取り出し、連絡を取り始める。
「もしもし、俺だピックアップ頼む。時間はそう無いぞ。トラブル発生から、現状で4分13秒だ。場所は…」
 宗介が腕時計を見ながら、場所を知らせ周りに視線を走らせた。
 それに合わせて、昌聖が周囲に視線を走らせると
「ええい! 君達じゃ埒があかん! あの男が、本当の事を知ってるんだな!」
 孝司がそう怒鳴りながら、2人の間隙を縫って走り出した。

 完全に孝司に虚を突かれた2人は、孝司を捕まえ損ねる。
「だ、駄目です! そっちは、危険です!」
 そう言って、身を翻し走り出した孝司の後を追うと
「早く止めろ! 昌聖!」
 宗介が慌てて、昌聖に指示を飛ばす。
 昌聖が振り返った時には、既に孝司は4歩目を踏み出していた。
 その距離、約3m。
 昌聖は2歩踏み出し、手を伸ばすが孝司の洋服に寸前で届かず、小さくバランスを崩した。
 何とか、踏み止まった昌聖が、後を追い距離を詰める。

 良遵達から離れた15mが、半分程に成った時、昌聖の身体が前のめりに倒れて行き、その場から消えた。
「駄目だーーー!」
 叫びながら超加速した、昌聖の身体が孝司の背中を捉え、抱え込む。
 右手で孝司の上半身を捉え、左手で孝司の頭を巻き込みながら、身体を入れ替えつつ視線を上げると、5m程前に良遵の背中が見えた。
 そして、その奥に右肩から血を流す霧崎が、左手でトスをするように銀色の物を投げる。
(爆発物!)
 昌聖は、それを咄嗟に判断し、孝司の身体に覆い被さって、孝司を守った。

◆◆◆◆◆

 ベンツを挟んで対峙する2人が、お互いの動勢を計っている中、霧崎の指だけが激しく動く。
 霧崎がスッと立ち止まり
「合金製の義手ですか…。[意]の通わないそんな物で、私の鋼糸を弾けますか?」
 ニヤリと笑って、良遵に問い掛けると
「魅夜に断たれた、この両の眼。見えぬように成ったが、他に見える物も出来た…。お主の目論見など、見え透いて居るわ! 先ずは、儂のこの義肢を探るであろう事もな」
 良遵はニヤリと笑って、霧崎の問いに答える。
「力を伝えるワイヤーでも有ると思うたか? 生憎全て、合金製の塊じゃ!」
 その言葉に、霧崎の顔が驚くと
「動力の無い、この機械式の義肢! 断てる物なら、断ってみよ。お前の両腕、貰うたわ!」
 良遵は、身体を沈めながら右足を軸に鋭く回転し、左手を複雑に旋回させる。

 持ち上げた左足が地面に付いた瞬間、良遵は恐るべき速度で、霧崎の身体をすり抜け、左の義手を振った。
 一瞬で霧崎と良遵の立ち位置が、入れ替わる。
「ぎえぇーーーっ!」
 その瞬間、霧崎の右手が肩の付け根から、宙に舞い左手の先からも、3っつの小さな物体が舞い上がった。
 良遵は霧崎の鋼糸を義肢で絡め取り、超速の移動術と体術で逆にその鋼糸を使い、霧崎の右腕と左手の3指を断ち切ったのだ。
「見知らぬ物を確かめずには居れん、お主の肝の細さを恨むんじゃな。観念せぇ!」
 良遵が霧崎に告げた瞬間
「駄目だーーー!」
 昌聖の声が届いた。

 良遵は霧崎の鋼糸の探索に神経を使っていた為、昌聖達の行動に気付くのが遅れた。
 対して、霧崎は正面から走ってくる昌聖の姿に、いち早く気付く。
 この差が、帰結を揺るがせた。
 良遵の意識が昌聖達に向いた瞬間、霧崎の左手が何かを取り出し、昌聖に向かって放り投げる。
 霧崎の手から放たれたのは、銀色に煌めく直径5センチ程の玉だった。
 良遵は空気を震わせる、その玉の大きさから、爆発物だと判断し左の義手を振り、弾き飛ばそうとした。
 だが、それは只の爆発物では無かった。

 良遵の義手が当たった瞬間、その銀色の玉が[バシュッ]と鋭い破裂音を立て、その場で爆散した。
 銀色のキラキラとした物が、360°に勢い良く散らばる。
 昌聖の背中や首筋に、何かが触れて行く感触が有った。
 光る物が散らばった範囲は、良い所5m程の範囲だったが、僅か1m先で爆発した良遵は、その散って行った物をまともに浴びる。
「はははっ! ざまぁ見ろ![雷帝]を俺が殺したぞ!」
 霧崎は苦痛に顔を歪めながら、高笑いを上げ高架下に身を投げた。
 その言葉を聞いた昌聖が慌てて振り返ると、昌聖が見詰める前で、良遵の身体がドサリと力無く倒れ落ちた。
 蒼白な顔で孝司から離れ、倒れ込んだ良遵に掛け寄り、その身体に触れる昌聖。

 ヌルリと生暖かい感触に、左手を見ると、真っ赤に染まっていた。
「ぬ…抜かった…わい…。昌聖…主は…大事…無い…か…」
 良遵は昌聖に笑みを浮かべながら、か細い声で尋ねる。
 良遵の左半身は、グジュグジュに崩れていた。
 呆然と良遵を抱え、見下ろす昌聖の横に、黒いワンボックスが止まり
「昌聖! 早く乗れ!」
 宗介がスライドドアを開け、昌聖に怒鳴る。
 昌聖が呆然とした顔を上げ宗介を見、動きが固まった。

 孝司も良遵の姿を見て、顔面が蒼白に成る。
 少なくとも、孝司には自分の行動の結果が、良遵の今の状態を作った事は理解していた。
(な、何なんだ…。一体、俺の周りで、何が起こってるんだ…)
 逃げ出したい衝動に駆られたが、孝司は腰が抜けて動けない。
 宗介は辛そうな表情で俯き、直ぐにワンボックスを飛び降りて、孝司を押し込み、昌聖を叱咤して良遵達を抱え車に戻る。
 3人を乗せ終えると、宗介も乗り込みその場を後にした。
 遠くでサイレンの音が響き、後に残ったのは大量の血痕と霧崎の右腕、それと大破したベンツだけだった。

◆◆◆◆◆

 宗介達が走り去った後、2台のパトカーと、1台の救急車が現れる。
 パトカーから下りた警官達は、現場に着くとクリーナーのような物で、血痕やその周囲を擦り始め、救急隊員は取り残された、霧崎の腕をアタッシュケースに収めた。
 計8人の人間が、良遵達の戦闘現場を30秒程動き回ると、直ぐにそれぞれの車に戻り、現場を離れて行った。
 呆気に取られた野次馬達が、警官達の走り去った後を見ると、それまで有った血痕も、辺り中に散乱していた光る物も、何一つ無くなっていた。
 ただ、橋の欄干にぶつかっている、ベンツだけが取り残されている。
 第1弾の警官隊が去って行って、1分程すると別の方向から、再びサイレンが聞こえ始めた。

 走り去った先頭のパトカーの助手席で、警官が無線機を取りだし
「回収とクリーニング終わりました。どうやら、霧崎は右腕と左の中・薬・小指の3指を欠損したようです」
 報告を始めると
『ふ〜ん…。偉そうな事言ってた割に、大した事無かったね…。回収して来た?』
 無線機の奥から、若い男の声が呟き、問い掛けた。
「はい、保存バックに保管しました」
 警官が、無線機に答えると
『う〜ん…。良いや、要らない。どこかに捨てといて…。どうせ、くっついても今まで通り使え無いんだし…。じゃぁ、気を付けて帰っておいで。マジでバレたら、やばいんだからさ』
 軽い口調で命じて、通信を切った。

 警官は通信の切れた無線機を無表情で見詰め、チャンネルを変えると
「おい、保存バックの中身、要らないってさ…。何所か適当な所で、捨てろ」
 無線機に命じる。
 暫くの無言が続き
『解りました。適当な場所で、投棄します』
 無線機から、答えが返ってきた。
 暫く走って大きな橋の上に掛かると、その中心程で救急車の窓から、何か黒い物が川に放り投げられる。
 走りながら投棄を完了した一団は、何事もなかったように走り去っていった。

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