狂牙
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■ 第6章 狂った牙11

 宗介はワンボックスの中で、良遵の状態を確認する。
 良遵の身体をズタズタにしたのは、霧崎の武器鋼糸だった。
 霧崎が放り投げたのは、爆発物に切れ易くした鋼糸を何重にも巻き付けた物で、爆散する力で周囲の物を切り刻む、武器だったのだ。
 殺傷範囲は鋼糸自体の重さが軽い為、精々2m程だが、爆心に近い程その威力は増す。
 1mの距離で喰らった良遵は、左半身がズタボロの状態だった。
 宗介は、良遵の状態を見て最早、細胞活性剤を使っても、手の施しようがない事を理解する。
 良遵自身も、自分の傷がどれ程の物か解っているらしく、縋り付く昌聖を労っていた。

 昌聖の身体も、上半身は血塗れに成っている。
 降り注いだ鋼糸が、服の上から浅く昌聖の皮膚を切り裂いていたのだ。
 上半身裸の昌聖の背中には、細胞活性剤が塗られ、白い粉を浮き上がらせ始めている。
 だが、昌聖はそんな痛みを気にする事無く、良遵の姿を見詰めていた。
「昌聖…。気にするな…、お前が悪い…訳じゃない…。これも…儂の…寿命じゃ…。お前が…死なんで…ほんに…良かった…。これで…、儂も…昌也に…顔向け…出来る…」
 微笑みを浮かべながら、良遵が昌聖に告げ宗介を呼ぶ。

 宗介が良遵の呼び掛けに、顔を寄せると、良遵が宗介に途切れがちな言葉で、耳打ちする。
「解りました! 必ず…必ず、師匠の言葉を優駿さんに伝えます!」
 力強く、良遵に答えると、良遵はフッと微笑み、表情を消した。
 良遵の全身から力が抜け、ガシャリと重い金属音が車内に響く。
 昌聖の喉から嗚咽が漏れ、宗介の肩が震えた。
 だが、そんな中孝司だけが暗い表情を浮かべ、ジッと床を見詰めている。
 孝司は自分のした事の結果が、この結果を招いたと知りながら、暗く沈んだ瞳でブツブツと呟いていた。

◆◆◆◆◆

 天童寺のリビングのモニターに、画像が戻り始める。
 戻って来た映像の中では、警官が4人で欄干にぶつかっているベンツを調べていた。
『おい! なんだコレ? どうやったら、車のタイヤが、こんな風に切れるんだ?』
 警官の1人が、ベンツの右前輪の前にしゃがみ込み、同僚の警官に問い掛けている。
 警官の肩越しに映る映像では、ベンツの右前輪のタイヤは、綺麗にホイール付近まで、真っ直ぐ断ち切られていた。
 呆然とする警官達の映像を見ながら
「アレは、鋼糸の切断跡だな…」
 天童寺がボソリと呟く。
「はい、間違い無く霧崎の手による物だと、考えられます」
 天童寺の遙か背後から、魔夜が静かに答える。

 天童寺は魔夜の答えを聞きながら、顎に手を添え
「徳田…、一体何を考えてる…。こんな、冒険をする奴じゃなかったが…」
 ボソボソと呟いた。
 天童寺の呟きに、由木が一歩進み出ると
「天童寺様。[ターゲット]の自殺は阻まれましたが、今後の[ゲーム]は継続されますでしょうか?」
 天童寺に問い掛ける。
 小夜子をゲームから外した為、天童寺には直接関与させる工作員が、消えてしまったのだ。
「[ゲーム]? 続けるに決まって居る。小夜子が居らんでも、まだ毬恵と晶子は、[ゲーム]内の駒だ。あいつら2人に追いつめさせる」
 天童寺は、由木を睨み付けて低い声で告げる。

 しかし、由木は引き下がらず
「ですが、あの2人の主人は、天童寺様では御座いません」
 天童寺に告げると
「それがどうした? 主人では無いが、主導権は持って居る。本部もこの意見に反対するとは、思えんぞ」
 天童寺は由木の言葉を押し切った。
 由木は暫く考え、スッと頭を下げて
「差し出がましい口を挟みまして、申し訳御座いません」
 天童寺に謝罪して、元の場所に戻った。
 由木は天童寺の力を知っている為、どれ程の無理が利くかも理解している。
 この言い争いに、何の利も無い事を悟り、早々に折れたのだ。

 天童寺は、メイド奴隷達に命じリビングに食事を運ばせると、早めの昼食を摂った。
 テーブルには晃達も座り、黙々と食事をする。
 食事が終わりかけると、どこからとも無く、バラバラと音が聞こえそれがだんだん大きく成った。
「帰って来たか。調整槽の準備は済んでいるか?」
 天童寺がメイド奴隷の1人に問い掛けると、メイド奴隷が頭を下げ
「はい、完了しております」
 天童寺に報告する。

 天童寺が頷くと、中庭に面したリビングの窓が開き、小夜子達が現れた。
「ただいま戻りました。ご主人様」
 小夜子が天童寺に平伏して報告をすると
「良く戻って来た。お前は直ぐに、調整槽に向かえ。毬恵と晶子はこっちだ」
 小夜子に下がるように命じ、毬恵と晶子を呼びつける。
 毬恵と晶子はキョトンとした表情を浮かべたが、小夜子に命じられて、天童寺の元に進んだ。
 この2人の反応は、当然だった。
 既に2人の頭の中には、[毬恵]と[晶子]の呼び名は無く、[ママ]と[アキ]に成っていたからだ。
「ちっ、細部の記憶を消したんだな…。まぁ良い、記憶など幾らでも植え付けられるわい…」
 天童寺が舌打ちしながら呟いた。

 そこに、遅れて現れた美由紀が、リビングの中に入ってくる。
 美由紀は、ボンヤリとした視線を宙に漂わせ、何所も見ていない。
 その姿を見て、良顕の視線が痛ましそうに歪み、晃の視線が鋭くなる。
 訝しげにジッと美由紀を見詰める晃が、有る事に気が付いた。
「あ〜〜〜っ! この子、記憶が消えてる! 頭の中を弄られてるわ!」
 晃が美由紀の行動や視線から、大声で指摘する。
 晃の言葉に、天童寺、良顕、小夜子、由木がそれぞれ反応した。

 小夜子は退出しようとしていた動きを止め
「それがどうしたの? これは、もう奴隷なのよ。記憶の抹消ぐらい当然でしょ」
 晃に小馬鹿にしたように告げる。
 すると、スッと由木が前に一歩進み出て
「記憶の抹消は、[尋問行為]では無く、[調教行為]にあて嵌ります。この事実は、間違いないですね」
 小夜子に問い掛けると、小夜子は眉を跳ね上げ
「それぐらい[マテリアル]に所属してれば、末端構成員でも知ってるわよ! 一体何なのよ」
 小夜子が捲し立てる。

 その言葉を聞いて、良顕は驚き、天童寺は苦虫を噛み潰した。
 小夜子は天童寺の表情を見て、驚きを浮かべながら
「何?[調教権利]を取れば、済む事でしょ…。そんな事で…」
 天童寺に問い掛けると、小夜子の目にメインモニターの数字が飛び込んだ。
「う…、うそ…」
 小さく呟いた。
 由木は天童寺に振り返りながら
「天童寺様…。[ゲーム]のルールにより、[ルール違反]が適用されます。この時点で、天童寺氏の反則負けが決定いたしました」
 ゲームの帰結を伝えた。

 由木が通信機で結果を報告すると、モニター上に書かれていた全ての数字が、良顕の所持ポイントに加えられる。
 良顕は思わぬ結果に唖然とした表情を浮かべ、天童寺を見詰めた。
 天童寺は天井を見上げ、大きく溜息を吐くと
「これが、天の配剤か…」
 小さく呟いた。
 小夜子はガクガクと震えながら、膝から崩れ落ち
「ひーーーーーーっ!」
 金切り声を上げ、髪の毛を掻きむしりながら、錯乱する。

 天童寺は小夜子の元に駆け寄り
「大丈夫だ! 落ち着け…」
 いたわりに満ちた優しげな声で囁き、小夜子を抱きしめる。
 天童寺は、小夜子を抱きしめながら
「由木。2人の処置を頼む…」
 由木に向かって、何かを頼み込んだ。
「畏まりました」
 由木が頭を下げると、由木は携帯電話を取り出し、どこかと話しをしながらキリングドールズに歩み寄る。
 2人の耳元にそれぞれ携帯電話をあてると、キリングドールズはガクガクと震え、膝を突いた。

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