狂牙
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■ 第6章 狂った牙14

 乙葉は、思わず挨拶を返して、魔夜と魅夜を見送る。
 2人の姿が完全に消えて1分程経つと、乙葉は大きな溜息を吐き
「も〜う! 何なのよ! あの3人は! 誰1人言う事を聞かないじゃないの〜〜〜っ…!」
 その場で、地団駄を踏み、ヒスを起こす。
「お、お姉ちゃん…、無理だって…。あの2人は、ついこの間まで、ご主人様でも躊躇する殺し屋だったのよ…。普通の女王様なんて、歯が立たないって…」
 優葉が顔を引きつらせながら、乙葉を宥めに掛かると
「じゃあ、あの女はどうなのよ!」
 乙葉は、優葉にアリスの事を告げると
「あ、あれは…、見た目はああだけど、実際は婆だから、図々しいだけだって…ねっ…」
 優葉は引きつった笑いを浮かべ、更に宥めようとする。
「じゃあ、あの人達は?」
 乙葉は、唇を尖らせて毬恵と晶子を指さし問い掛けた。

 優葉は首だけで背後を振り返り、激しい口吻を交わす親子に目を向け、大きな溜息を吐き頭を抱える。
「あ〜ん…、ほら、誰も言う事聞かないじゃない〜〜〜っ…! 私なんて、どうでも良いのよ〜!」
 乙葉は、拗ねた子供のように、地団駄を踏んで暴れた。
(お姉ちゃん…。こんなキャラだったの? 可愛い…)
 優葉は何所か心温まる気持ちが沸き上がり、乙葉を抱きしめ頭を撫で
「ほら、お姉ちゃん…、大丈夫よ。だって、ご主人様に「愛してる」って言われたのは、お姉ちゃんだけでしょ?」
 優しい声で諭した。
 乙葉は涙を浮かべた目で、優葉を見詰め
「そうだよね…。ご主人様に愛してるって言われたのよね…。直に聞いてないけど…」
 晃の話を思い出し、涙を収める。
 優葉はその乙葉の表情が、溜まらなく愛しくなり、胸にかき抱いて頭を撫で回した。

 トイレに移動した良顕は、素早く喚起口を外し身体を滑り込ませる。
 空調ダクトの配管図と警備システムの穴は、知り尽くしている良顕ならではのコースで移動し、誰にも見つかる事無く、非常用の通路に出た。
「ふぅ〜…。全く、自分のアジトを出るのに、この通路を使うとはな…」
 良顕はパタパタと洋服の埃を払いながら、1人呟くと
「ご主人様、お召し物の着替えをご用意いたしました」
「ご主人様、御髪の乱れをお直しいたしますわ」
 魔夜と魅夜が、スッと良顕の前に現れ、優雅に頭を下げる。
「お…、おい…。何で、この通路が解った…」
 良顕が驚きを顕わにして、2人に問い掛けると
「はい、この建物の筐体図面と設備図、配管図を頭の中で組み合わせ」
「警備システムとカメラ配置を考え、ここに通路がある事は、直ぐに解りました」
 魔夜と魅夜は何事もなかったかのように答えた。

 良顕はこの2人に、このアジトの図面を見せた事を後悔しながら
「で…。やっぱり付いてくるつもりか?」
 溜息混じりに問い掛け、着替えを受け取った。
「「はい、地獄の底までお供します」」
 魅夜が着替えを手伝い、魔夜が髪の毛を直す中
「解った。だが、これだけは約束しろ。今日行く場所は、絶対に他言無用。それと、どんな事があっても、相手は殺すな、何か有った場合逃げる事だけを考えろ」
 良顕が2人に言い聞かせる。
「それは、[ご主人様の身に、危害を加えられても]と言う事でしょうか?」
 魅夜が正面から良顕の瞳を覗き込み、呟くように問い掛けた。
「ああ、それも含んでの事だ…」
 良顕は、真っ直ぐ魅夜の目を見詰め、固い意志を込め告げる。

 背後から、良顕の髪に櫛を入れていた魔夜の身体が、ブルリと震えた。
(魅夜…。駄目よ…ご主人様と言えど…、今はその時じゃない…。そんなに、感じないで…)
 魔夜は魅夜が良顕の瞳に惹き付けられ、感じてしまった事を知覚する。
 2人は一卵性双生児のため、強い感覚同調を持っていた。
 それが、2人のコンビネーションを支えているのだ。
 だが、今の場合、自分で感じた魅夜は堪える事が出来たが、不意を突かれた魔夜は反応してしまった。
 強い感覚同調は、時に諸刃の刃として、2人に襲い掛かる。

 魔夜の震えを背中で感じながら、意味が解らず良顕が訝しむと
「さあ、ご主人様…。参りましょう…」
 魅夜がスッと身体を開いて、良顕を促した。
(ごめんなさい、魔夜…。私達の最後の望みは、お父様の悲願ですものね…。これだけは、何が有っても譲れない…。それなのに…)
 魅夜は良顕に頭を下げながら、心の中で謝罪する。
 魔夜は良顕の背後で魅夜に並び、スッと手の指を絡め、優しく握り込む。
(良いのよ…私は大丈夫よ…)
 魅夜は優しい微笑みを浮かべ魔夜に頷き、正面を向いた時にはその笑みを消す。
 女である事を消し去ろうとする2人の目的は、未だ闇の中だった。

 良顕は晃との合流場所である、喫茶店の中に入ると頭を抱えた。
 項垂れた晃の前で、金髪碧眼の女がパフェを頬張っていたからだ。
「アリス…。何で、お前がここに居る…」
 良顕が静かに問い掛けると
「えっ? たまたまですわ。私が、買い物に出ようとしたら、[ウサギ小屋]の前でバッタリ、美加園に出会いましたので、ここらの案内を頼みましたの」
 アリスはコロコロと笑いながら、良顕に嘘を吐く。
 アリスは、20年天童寺に仕えていたのだ、主人の目配せで何が有るかの推測など、お手の物だった。
 直ぐに、晃との行動を予測して、先回りをしていた。
 こうして、一也との会合は、良顕の予想しうる最悪のメンバーに成ってしまう。
 だが、この会合は、更に一也サイドでも最悪のメンバーが揃っていようとは、良顕は夢にも思っていなかった。

 良顕の乗ったワンボックスは、指示されたビルの地下駐車場に入る。
(何だ? 確かに、俺とご老人の間なら、どこかで食事を採りながら等は、有り得ないが…、ここは余りにも…。考えたくはないが、警戒は必要か…)
 良顕は、そのビルの配置や駐車場の構造などから、その建物が極端に人目が少なく、構造から普通のビルでない事を見抜いた。
 それは、アリスも気付いており、魔夜と魅夜はピリピリと警戒を周囲に飛ばしている。
 そんな、ワンボックスの前にスッと一也が現れると良顕は車を降り
「ご老人、今日はご足労有り難うございます…」
 一也に頭を下げた。
 だが、一也の表情は引き締まったまま、良顕に注がれている。

 良顕は訝しそうに頭を上げると
「今日は、また何をしに来たんじゃ…。儂らと、戦争でもしようと言うのか…?」
 一也は固い声で、良顕に問い掛けた。
 良顕が一也の言葉で、既に車を降りた魔夜と魅夜に視線を向けると、2人は既に手を体側に垂らし、自然体で身構えている。
「魔夜…、魅夜…。止めろ…。約束した筈だ…」
 戦闘モードに入った2人に、良顕が注意をした。
「で、ですが…。この男は…」
「私達には…、ここに来られる意味が解りません…」
 2人は緊張したまま、良顕に告げると
「俺は、なんと言った? 俺に恥を掻かせるのか…?」
 静かな声で、2人を諫める。

 魔夜と魅夜は、その言葉と発せられる圧力で、身体の緊張を解き、驚きの表情を浮かべ、良顕に謝罪した。
 その光景を見ながら、一也は内心驚く。
(ほう…。あの、[キリングドールズ]に手綱を付けたのか…。やはり、良遵の息子じゃ…、物が違うわい…)
 そして、その視線を良顕の奥、金髪碧眼の女に向け
「久しいの[ワンダー・ザ・アリス]。まさか、こんなところで又会うとはな…」
 静かな声で、呼び掛けた。
「ええ、お久しぶりね…。あの[銀狐]が、こんな古狐に成ってるなんて…。時間って残酷よね〜…」
 アリスが一歩前に踏み出し、優雅に挨拶しながら一也に告げる。

 良顕が驚きながら
「えっ! 2人はお知り合いなんですか?」
 一也に問い掛けると
「おいおい、儂が何年、君らの組織といがみ合っとると思う? その中でも、一番顔を見たくない女じゃよそいつは…」
 一也は忌々しそうに、良顕に告げ
「あらあら? 私は、貴方に会いたかったわよ。だって、貴方のせいで、私は表舞台から身を引いたんだもの…」
 アリスは妖艶な笑みの下に、敵意を忍ばせて一也に言った。
「おい、アリス…。多少の事は目を瞑るが、邪魔をするなら今すぐ帰るんだな…」
 良顕は、アリスに少し苛立ちを浮かべ、言い放つ。
「も、申し訳ございません。ご主人様…」
 アリスは顔を強ばらせ、頭を深々と下げ謝罪する。
「おうおう、伝説のハッカーも飼い主の前では、従順じゃな…」
 一也が驚いた表情を浮かべ、アリスに告げた。

 良顕はそんな一也の言葉を無視して
「でっ、今日はどうしてここに? 構造から言って、ここは[紳士会]の所有空間ですよね…?」
 一也に問い掛けると、一也は苦虫を噛み潰したような表情で
「むっ、む〜ん…。コレについては、有る意図が有ったんじゃが…。ちと、予定が…」
 ボソボソと言いながら、鼻の頭を掻き
「う〜ん…。済まんが、多少の怪我は、覚悟してくれ…。命の保証は、儂の名に掛けて約束する」
 気まずそうな顔で、良顕に伝えた。
 訝しげに首を捻る良顕に
「厄介な奴は、厄介な時期に現れる…」
 良顕に背中を向けながら、ボソボソと呟いた。
 良顕達は、一也に案内され、エレベーターに乗り込んだ。

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