狂牙
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■ 第6章 狂った牙15

 エレベーターに乗り、辿り着いた先で良顕は信じられない物を見た。
(な、何だここは…、どうして…。ここは、まるで…俺の家…)
 良顕は、その道場の特異性に驚きを浮かべる。
 通常、こう言った道場に奉られる物は、神棚で有るがこの道場には無い。
 代わりに、護摩壇のような物が置かれ、仏具の独鈷杵が奉られていた。
 そして独特な字体で書かれた、仏神の名を綴った掛け軸。

 良顕は、この道場を見て昌聖が何故[雷神]を使えたのか、理解した。
「あの爺…。一子相伝じゃ無かったのかよ…」
 良顕は、ボソリと呟いて獰猛な笑みを浮かべ
「御老…。あの生臭さ坊主…どこに居るんですか…」
 一也に問い掛ける。
 すると、一也は苦しそうな表情で
「ここには…。いや…、もうこの世には居らん」
 良顕に伝える。

 良顕の顔が驚きながら跳ね上がると
「死んだよ! 一昨日な!」
 道場を震わせるような声が響き、一人の男が現れる。
 途端に、背後に控えるアリス・魔夜・魅夜の3人が緊張する。
 当然で有る。
 特に魔夜と魅夜に取っては、仇敵中の仇敵で何度煮え湯を飲まされたか分からない相手だからだ。

 良遵が死んだ今、自分達を最も脅かす敵が現れたからだった。
「貴様! 良くそいつ等を連れて現れたな! いや、良くそいつ等を奴隷にしたな!」
 優駿は、鋭い視線を良顕に向け、怒鳴り散らす。
 良顕は、優駿の凄まじい殺気を正面から受け止め、その目を睨み据える。
 そして良顕の背後で、優駿の最初の言葉に魔夜と魅夜が小さく息をのむ。
(ばかな! 一昨日だと)
([雷帝]は5年前に私達が…)
 2人は、同時に驚き、同時に納得した[あり得る]と。

 そこに、もう1人男が現れ優駿にしがみ付き
「優さん! まだ駄目だって!」
 優駿を必死に止める。
「退け宗介! こんな奴は、話しなどいらん! 師匠の言葉通り、俺が叩き潰してやる!」
 優駿は、宗介を振り解き、良顕の前に進み出た。
「あ〜っ! もう! 段取り滅茶苦茶だ!」
 宗介が頭を抱えると
「その2人は、お前の父親の左腕と両目を奪い、瀕死の重傷を負わせた、当の本人だぞ!」
 優駿は魔夜と魅夜を指差し怒鳴ると、激情のまま更に間合いを詰めた。

 優駿の言葉を聞いて
(えっ! 父親の左腕と両目を奪ったって…)
(ウソ! そんな…。ご主人様が…)
(あらあら…、[雷帝]の息子? 毛並みも一流ね…)
 3人は更に同時に驚きを浮かべ、良顕の素性を知る。
 そして、知ったと同時に、3人の瞳が輝いた。

 戸惑いを浮かべる良顕は、目の前に迫る優駿が脱力した瞬間、同じく力を抜き、優駿と同じ方向に飛んだ。
 優駿はうつ伏せで、良顕は仰向けで床スレスレを移動する。
 2人が着地して態勢を整えると、お互いの距離は1mを僅かに切る位置だった。
 良顕が、優駿の体型と動きから、筋力を推定して跳躍を調整したのだが
(見た目以上か…。10cmのズレが有る。修正しないと、命取りだな…)
 その予想より、拳一つ分良顕の予想を上回る。

 優駿は立ち上がる力を利用し、右の拳を良顕の鳩尾目掛けて突き出す。
 良顕が腕を交差し、右拳を受けると、身体が天井付近まで浮き上がる。
 良顕も同じように、立ち上がる勢いを利用し、宙に浮いて衝撃を逃がしたのだ。
(ぐぅっ! 間合いを外し、[浮き雲]を使ってこの威力か…。まともに食らえば、[金剛衣]を使っても、骨が逝きかねん…、一撃でも食らえば命取りだな…)
 良顕は優駿の動きの鋭さと、圧倒的な腕力から繰り出される破壊力に、背筋を冷たくする。

 斜めに弾き飛んだ良顕が、床に着地すると
「もう! 優さんただの手合わせの筈だろ! 師匠が頼んだのも、それ以上は言ってない」
 宗介が優駿に怒鳴る。
「やかましい! どっちでも一緒だ! 手合わせの最中、事故が起きた。ただ、それだけだ![マテリアル]に入る、クソ野郎は、全てぶっ殺す!」
 優駿は憤怒の形相で、ジリジリと間合いを詰め始めた。
「親父の遺言か…。なら、俺も遠慮は要らんな…。相手になろう…」
 良顕はスッと左半身の自然体で、優駿を迎え撃つ。

 2人の間に殺気が膨れ上がり、大気がたわむ。
 それに押されるかのように、優駿の足運びが少し遅くなる。
 優駿は長いリーチを利用して、良顕の間合いの外側から、右拳を無造作に突き込んだ。
 その右拳が伸びきる前に、良顕の身体が間合いの内に入り、左手の掌打が優駿の鳩尾を掬い上げる。
 完璧なタイミングで入った筈の掌打は、[ポン]と音を立ててはじき返された。
 驚く良顕に、ニヤリと獰猛な笑みを向けて、優駿が両腕で抱え込み、良顕を捕まえようとする。
 だが、優駿の手が抱え込む前に、良顕の身体は優駿の腕の外に移動して、良顕は腰を入れた右拳を優駿の脇腹に叩き込んだ。
 優駿の巨体が浮き上がり2m程飛ぶが、優駿の右手が横殴りの裏拳で、良顕の頭を薙ぐ。
 しかし、優駿の裏拳が良顕の頭を捉える前に、良顕はその射程から離れていた。

 2人の間合いが開くと、再び対峙し良顕は先程と同じ、左半身の自然体を取る。
「馬鹿みたいに固い[金剛衣]ですね…。銃弾でも弾き返しそうだ…。だが、そんな戦い方じゃ、俺は殴れませんよ…」
 良顕は自分でフッと笑ったつもりだったが、その顔は、眉間に何重もの深い皺が寄り、持ち上がった口角の隙間から、食い縛った歯列が覗く。
 その表情は、まるで野生の狼が、牙を見せ呻っているようだった。
「お前も、逃げ腰の拳じゃ、俺の鎧は貫け無ぇぜ…。もっと打って来いよ…、怖いのか?」
 優駿も獰猛な笑みを浮かべて応酬し、お互いの身体がぶつかり合う。
 2人は、小刻みな運足でお互いの位置をより安定した足場に運び、必殺の一撃を放ち合った。
 優駿の重い拳檄を良顕が逸らしながら受け、カウンターを打ち込む。
 双方の拳は、お互いに威力を削りながら、2人の身体にダメージを刻んだ。

 良顕を見詰める、魔夜と魅夜の身体が震える。
 それは、恐怖に寄る物でも無く、歓喜に寄る物でも無い。
 2人の震えは、明らかに快感による物だった。
(凄い…凄い、ご主人様…。あ、あの[狂獅子]の攻撃を全て…いなすなんて…)
(橘の拳は燃えさかる火…。でも、ご主人様の拳は、全てを呑み込む水…。綺麗…)
 2人は両掌を合わせ指を絡め合い、ウットリと良顕を見詰めている。
 その2人の横では、更に女に目覚めたアリスがへたり込み、股間に手を当て夢中で動かしていた。
(凄い…凄い…。これが雄よ! これこそが、雄なの! あぁ〜〜〜っ! 犯して! 私をひれ伏せさせて〜…あふぅ〜ん…ご主人様ぁ〜…)
 アリスは頬を興奮で真っ赤に染め、何度も何度もアクメを極めている。

 そんな中、お互いの拳檄を浴びせ合う2人も、笑い合っていた。
(この野郎! いい加減、くたばりやがれ! まだか! まだま! まだか! かははははっ!)
 豪快に笑いながら、拳を繰り出す優駿に対して、良顕は涼しげな笑いを浮かべ
(思い出す…。この人の拳は、親父と一緒だ…。無頓着で精妙。豪快で緻密…。本当に、おかしな拳だ…)
 必殺の攻撃の中で笑い合う。
 だが、そんな中その手合わせにも終焉が近付く。
 良顕の表情がスッと何かを探るように、笑いを掻き消すと
(この感覚…、覚えてるぞ…。確か…、俺が出来なかった…[意]の奥義…。そうだ、こんな感じだ…)
 良顕の動きが徐々に遅くなり始める。
(んっ? 疲れたのか…? スタミナ切れとは、情けない…。名残惜しいが、地獄に送ってやる…)
 優駿が獰猛な笑顔を強め、優駿に更に重い一撃を放った。

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