狂牙
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■ 第6章 狂った牙16

 それを良顕は、一見無造作な突きで弾き、良顕の拳が優駿の胸を突く。
(んっ? 少し違うが…近いぞ…。今の感覚だ…)
 良顕が自問自答していると、優駿の表情が曇る。
(んがっ! な、何しやがった…。[金剛衣]を抜けてきたぞ…まさか、この攻撃の中で[意]を…馬鹿な、出来るはずが無ぇ…)
 優駿は頭に浮かんだ疑念を振り払いながら、全霊を込めた拳を良顕に打ち込んだ。
 しかし、良顕はそれを優雅とも言える拳檄で逸らせ、拳を伸ばす。
 良顕の拳がスーッと優駿の胸に吸い込まれると[パキーン]と乾いた音が、道場内に響き渡った。
(これだ…。出来た…。解ったよ、親父…。この手合わせの意味…、俺にこの人達と錬磨しろって言うんだな…)
 良顕が何かを悟り、良遵の思いを理解した時、優駿の右膝が床を突いて両手が落ちる。

 優駿の固く閉ざされた口から血が滴り、良顕を睨み付けた。
 良顕は優駿の前に静かに直立し、胸の前で両掌を合わせ、静かに頭を下げる。
 良顕達が身に付けた武術の、手合い終了の挨拶だった。
 優駿の顔がニヤリと歪み、そのまま優駿は床に突っ伏した。
 優駿に駆け寄る宗介に
「多分、胸骨が折れ肺に刺さった…。内臓も衝撃を受けてる筈だから、安静にさせて下さい」
 良顕が静かに告げると、宗介は良顕を睨み付けながら
「解りました。ですが、何故これ程の貴方が[マテリアル]何ですか!」
 激情をぶつける。

 睨み合う2人に
「言うな宗介! 儂の口から言えんが、良顕にも引き下がれぬ、理由がある!」
 一也が宗介を一喝し制止する。
「ご存じなんですか? この人が、何故あそこにいるのか?」
 宗介が一也に視線を向け、問い掛けると
「儂の口からは、言えんと言うた筈じゃ!」
 一也が更に繰り返すと
「何故、ご存じなんですか? その話は、ゲーム関係者か、私の身内しか知らない筈です…」
 良顕が一也に問い返してきた。
「うっ! わ、儂のは、推測の域を出とらんし…、聞かされた者にも…、喋るなと言われたんじゃ…」
 良顕の問い返しに、一也は口ごもった。

 すると、今までへたり込んでたアリスが、満足そうな表情で立ち上がり
「[古狐]のカマ掛けですわご主人様…。どさくさに紛れて、情報を引き出そうなんて、相も変わらず姑息ね…」
 良顕の肩にしなだれ掛かって、潤んだ瞳を向けて、一也の企みを告げる。
「え〜〜〜い、煩いわい! 儂も、気になって仕方が無いんじゃ! 何で、こ奴程の男が、あんな[クソ溜]に居るのか! 知りたいんじゃ!」
 一也が地団駄を踏むと
「あらあら、爺に成ると子供に戻るって言うけど、本当みたいね…。まるで駄々っ子よ…ジ・ジ・イ…」
 アリスが完全に小馬鹿にして、一也をからかう。
「別に隠すつもりも有りません。良ければ、お話ししますが宜しいですか?」
 アリスの顔を押しのけ、突き飛ばして一也に頭を下げる。

 良顕の仕草と言動で、アリスは自分に分が無い事を知り、掌を返したように一也に頭を下げ
「大変ご無礼いたしました」
 艶の籠もった声で、謝罪した。
 アリスは最早、良顕の奴隷としてひれ伏す事を完全に決めていた。
 こう成ったアリスは、少しでも主人の気分を害する事は、一切しないのだ。
 一也はアリスを睨み、良顕に視線を戻して
「なら、奥の部屋で聞こうか…。ここは、年寄りには堪えるからの…」
 腰を叩いて、踵を返すと
「御老…。いつから、腰を悪くされたんですか…? どこに行こうと、俺も飛んで行きますよ」
 床から身体を起こして、優駿が立ち上がる。
 一也は[チッ]と小さく舌打ちし
「あ〜っ、解った解った。昌聖、もう入って来て良いぞ。全員呼べ…救急箱もじゃ」
 悪戯がバレた子供のように、頬を膨らませてその場に胡座を掻いた。

 今の遣り取りの理由が、全く分からなかった良顕が首を傾げると
「恐らく、意地悪をしようとしたんだと思いますわ…。それが、上手く行かなかったから…拗ねた…。あの方の性格だと、恐らくそれで全てで御座います」
 アリスがスッと良顕の耳元に唇を寄せ、耳打ちをする。
「え〜い! いちいち、報告せんで良いわい!」
 忌々しそうに、一也がアリスに文句を言うと
「誠に申し訳御座いません」
 アリスは、直ぐに一也に謝罪した。
 アリスの良顕に服従する徹底振りに、一也は頬を膨らませ、そっぽを向く。

 2人のやり取りの反応に、何か気に成る物を感じたが、結果が怖くなって良顕は聞くのを止めた。
 良顕が腰を落ち着け、口を開こうとすると奥の扉が開き、ワラワラと昌聖達が入って来た。
 キラードールズやアリスの顔を見知る、デュディェが[ヒッ]と声を詰まらせ、顔を引きつらせたが
「大丈夫じゃ、今日は敵じゃない…」
 一也がボソリと告げて、恐る恐る近付いて来る。
 そして、再び良顕が口を開こうとすると
「マ、マイロード…直ぐに! 直ぐに傷の手当てを!」
 1人遅れて、救急箱を両手で持って駆け込んで来た、アリスに負けぬ金髪美女のヘルマが、泣きそうな顔で優駿に取り付く。
 完全に出鼻を挫かれた良顕は、もう次の動きが無いか周囲を見渡すと、心配そうな顔で美由紀を見詰める、昌聖を見つけ
「おお、ご老人。話しの前に、彼に話しをさせて頂けませんか?」
 慌てて、今日の本題に入ろうとする。
 早く良顕の話を聞きたかった一也だが、美由紀の事も気掛かりで有り、良顕の言葉を受け入れた。

 良顕に呼ばれた晃は、ヘルマの手際の良さに舌を巻きながら、美由紀の横に並び説明を始める。
 一頻りの説明が終わると、ディデュェが手を挙げ
「って事は、この子の記憶は、大脳皮質のシナプスのラインを壊された事が原因ね?」
 晃に問い掛けると、晃はディデュェの声に、ギョッとしてマジマジと見つめながら頷く。
 ディデュェは、クスリと笑うと
「うふっ、私達気が合いそうね…。でも、今は置いといて。その前に、この子が何を喋ってたか解る?」
 晃に問い返す。
 良顕が、教授の話を始めると、ディデュェは目を見開き、クスクスと笑い始め
「昌聖ちゃん…、私に感謝しなさいよ。うふふっ、この子戻るわよ…。貴方の美由紀に…」
 昌聖に宣言すると、身体ごと顔を寄せ
「自分の名前を告げ、あの子の名前を呼んで、そして[愛してる]って言って上げて…」
 耳元に囁いた。

 昌聖は弾かれたように立ち上がり、美由紀の両肩をしっかりと掴むと
「近藤昌聖は、松山美由紀を愛してる!」
 美由紀の呆けた目を覗き込み、ハッキリとした口調で告げる
 美由紀の身体が、[ビクッ]と大きくはね、頭が小刻みに揺れた。
 目は固く閉ざされ、悶えるように身体をくねらせる。
「美由紀! 僕だよ、昌聖だよ!」
 昌聖が肩をしっかり掴んで、ブンブンと力強く振ると、美由紀の揺れが徐々に収まり、瞼がプルプルと震えて開いた。
 開かれた美由紀の猫のような目は、涙を湛えて潤んでいる。
「ま…昌聖…様…。ご主人様…怖かったよ〜〜〜っ…」
 美由紀は昌聖の身体にしがみ付き、胸に顔を埋めて泣き崩れた。
 昌聖は美由紀の身体を抱きしめ、頭をかき抱いて優しく撫でながら
「馬鹿…。何で、言う事を聞かなかったんだ…。本当に馬鹿だな…」
 慈愛に満ちた声で、何度も囁く。

 その一部始終を見ていた、良顕と晃がポカンと口を開いてると
「うふふっ…。この子達はね、もしものために自白剤系の薬物を投与されると、昌聖の記憶を奥底に押しやって、偽の記憶が覆うように催眠を掛けてるの。今回みたいに掴まった時、他の者を危険に晒さない為にね…」
 ディデュェが説明する。
 晃が我を取り戻し
「そ、それじゃ…。消えたのは…」
 問い掛けると
「そっ、偽の記憶よ。昌聖の存在を知らなかったのが、功を奏したわね」
 ディデュエがコロコロと笑いながら、告げた。

 良顕は、昌聖の存在をひた隠しにして、心の底から良かったと、安堵の溜息を吐く。
(しかし、結局は昌聖君が、俺を勝利させたんだな…。葛西を助け、隠し通す事で美由紀さんを救い、美由紀さんのお陰で、天童寺が反則負けに成った…。全部が彼に関してる…、これは、彼の持ってる運か…。本当に、助けられた…)
 良顕が真っ直ぐ昌聖を見詰めていると
「ぐぐぐぅ〜っ! ちぃ〜っ…」
 苦鳴を漏らして、起きあがり良顕を睨む。
 だが、起きあがった優駿は、それ以上何もしようとせず、目だけで語っていた。
(フッ…解ったよ…)
 良顕はその目の要求に応え、事の経緯を語り始める。

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