狂牙
MIN:作

■ 第6章 狂った牙17

 今度は出鼻を挫かれる事無く、良顕が全てを語り終えると
「なんとまぁ…。お前さんも、巻き込まれた口かい…」
 一也が大きな溜息を吐きながら、呟く。
「それじゃぁ、良顕さんの目的は、奥さんと妹さんを救い出す事に有るんですね?」
 昌聖が身を乗り出しながら問い掛けると、ふて腐れたような顔で話を聞いていた優駿が
「なら行くぞ。直ぐに救い出して、あんたは[マテリアル]と手を切り、今日から[紳士会]だ」
 ノッソリと立ち上がって、出て行こうとする。
「いや、待ってください。そんな一筋縄の力押しで、潰せる奴じゃない…。それに、奴は常に3つのアジトを移動して、1つにでも異変が起きれば、絶対に顔を出さなく成ります」
 良顕は、徳田の行動を説明し、優駿を止めた。

 優駿は、食って掛かりそうな表情で良顕を睨み付けたが、横に座るヘルマの心配そうな表情を見て、苦虫を噛み潰したような表情で座り込み、腕組みをする。
 優駿が座ると、ヘルマがホッとした表情を浮かべた。
 場が落ち着きを取り戻すと
「実は、お願いが有って来ました。毬恵と晶子の事なんですが…。この2人の身体は、もう元に戻せないそうです。[マテリアル]でも、最高峰の形成外科医の見立てですから、先ず間違い無い筈です」
 良顕が口を開き、毬恵と晶子を示して、辛そうに説明する。
 毬恵と晶子は拘束されて、藻掻いていた。
「ふむ…、と言う事は、葛西孝司の身柄の件じゃな?」
 痛ましそうな目で2人を見詰め、一也が良顕の依頼を先回りして問うと、良顕は顎を引き
「はい、何とか説得して、受け入れて貰いたいんです。そして、2人のためにも、俺の元に来て欲しいんです」
 一也に説明した。

 一也は暫く考え込むと、溜息を1つ吐き
「解った。儂から話してみよう…。しかし、まだ自分の気持ちを整理し切れとらん所も有る。期待はせんでくれ…」
 良顕に答え腰を上げると、道場を後にする。
 すると、優駿がスッと良顕に向き直り
「お前の事は、拳を合わせ、話を聞いて理解した。だが、お前の取ってる行動には、俺は納得行かん!」
 おもむろに切り出した。
「納得が行かないと申しますと、それはどう言う事ですか?」
 良顕は優駿に問い掛けると、優駿は魔夜と魅夜を指さし
「この2人だ。この2人は、お前の親父の敵だぞ! それを奴隷にするつもりか?」
 詰問するような声で、良顕に問い掛ける。

 良顕の視線が魔夜と魅夜に向くと、2人は歯を食いしばり決意を固めた視線で、良顕を見詰めた。
(許される筈が無い…。私達は、ご主人様の父上を手に掛け、両目と左腕を奪ったのよ…。許せる訳が無い…)
(私達は、どんな目に遭っても良い…。ご主人様に…、私達の願いを聞いて頂けるなら…、この身が引き裂かれてもそれは、本望…)
 魔夜と魅夜は微動だにせず、良顕の言葉を待った。
 そんな2人に、良顕がユックリと口を開き
「2人が親父の両目と左腕を奪ったのは、今日聞きました。戦って、瀕死の重傷を負わせたのもです…」
 静かに告げる。
 魔夜と魅夜の身体がビクリと震え、強ばりゴクリと唾を飲む。
 2人の間に緊張が漲り、その視線は良顕の目を見る事が出来ず、ジッと唇に集中する。

 息を飲む魅夜と魔夜、ただ黙り込みジッと見詰める優駿、耳をそばだてる宗介達。
 皆の意識が良顕に向き、次の言葉を待った。
 だが、次の瞬間良顕はフッと笑い
「それがどうしたんです? 魔夜と魅夜が、親父と敵対したのは組織間の都合で、戦うのは当然の事でしょ? ましてや、親父は武人ですよ。敗れれば、傷を負う事ぐらい承知で戦いに出ている。一歩間違えれば、死んでいたのはこの2人です。それを俺がとやかく言うのは、親父に対してそれこそ無礼です」
 淡々とした声で、優駿に語った。
「ぐぬぅ〜〜〜っ」
 良顕の毅然とした態度と、整然とした言葉に、優駿は言葉を呑み込み、二の句が継げない。
「俺は天童寺に勝ち、この2人は奴隷に堕ちて俺の所有物に成った。その奴隷を俺が処分したら、俺は死んだ親父に顔向け出来ませんよ。[この、恥晒しが!]と怒鳴る親父の顔が思い浮かびます」
 そして、更に付け加えられた言葉は、良遵を良く知る優駿を納得させるに十分だった。

 優駿の口がへの字に曲がり、顔が真っ赤に染まったが
「勝手にしろ!」
 一声怒鳴って立ち上がり、道場を出て行った。
 優駿が出て行くと、宗介がクスリと笑い、その宗介に
「済まん、俺はこの世界不勉強なんだが、さっきの方は誰なんだ?」
 良顕が問い掛けると、宗介は目を丸くして
「あ、あんた…、知らなかったのか? あの人は[紳士会]の[プライムミニスター]組織全体のbR、橘優駿さんだ…」
 驚きながら、良顕に答える。

 良顕は呆気に取られ
「アレが、組織のbR…。あんたの所も相当苦労してるだろうな…。あれじゃ、でっかい子供だ…」
 宗介に同情した。
「いえ、慣れてますよ…。長い付き合いですから…」
 宗介がはにかんだような笑みを浮かべ、良顕に告げると
「ところで、俺は堅苦しいのは嫌いだ。あんた、年は同じぐらいだろ? その物言いは、癖じゃないよな…」
 良顕に右手を差し出し、尋ねる。
「ええ、まあ…。兄弟子に対する礼儀だと思ったんですが、気に入りませんでしたか…。久能宗介、31だ」
 宗介は良顕の右手を握り、固い握手を交わすと、自分の名前を告げた。
「そうか、タメだな。俺も31だ、良顕で良い。出来れば、仲良くやりたい。これからも、頼む」
 良顕が告げると
「俺もそうして貰いたい。良顕の相手は、俺には無理だからな…」
 宗介は、ニヤリと笑って良顕に告白する。

 2人はお互いフッと笑い合い、握手を解いた。
 そこで、良顕は魔夜と魅夜の変化に気付き、踵を返すと
「暫くここは、開けさせて貰う。昌聖行くぞ、どうやら、大人の話が有りそうだ」
 昌聖に声を掛け、右手を上に上げてヒラヒラと振り、道場を出て行った。
 昌聖達も宗介の後を追って道場を出ると、道場には良顕、魔夜、魅夜、アリス、晃の5人だけに成る。

 すると、良顕の横に正座していた魔夜と魅夜がブルブルと震えだし
「ご、ご主人様…さ、先程の言葉…わ、私達は…お側に居ても宜しいのでしょうか…」
「な、何も…何でも…無い…とは…、お、お、お許し…頂ける…の…でしょう…か…」
 途切れがちな、辿々しい言葉で問い掛けてくる。
「何を言ってる? 俺はお前達に、恨まれる事は有っても、恨んだりはして無いぞ。さっき言った事が俺の考えだ」
 良顕は平然とした顔で、魔夜と魅夜に告げた。
 魔夜と魅夜は良顕の言葉に、驚きながら身を震わせ、ガバリと平伏して
「恨むなんて滅相も有りません! そんな事考えた事もありません! 私達は敗れ、ご主人様はお父様との約束を守り、私達を奴隷の端に受け入れて下さいました。そんな方を恨むなんてあり得ません」
「ご主人様は、正々堂々とゲームを行い、それに勝った結果お父様は、自らの命を絶ったのです。そこに、私達の恨みなどが発生する道理が御座いません」
 良顕に告げると
「なら、俺が言った事も解るだろ? 同じ、理屈だ」
 良顕は魔夜と魅夜にニヤリと笑う。

 それを離れて聞いていたアリスは、ウットリとした顔で見ながら
(器ね〜…。全部の力があるわ…、知力、体力、精神力、そして包容力…。お・と・こ・だわ…。それも、超一級よ。あ〜ん、惚れちゃった〜…)
 股を摺り合わせ、モジモジとする。
 アリスの淫らな考えとは別に
(駄目…駄目…。惹かれる…惹き込まれる…。この方の中に私の心が…)
(良いの…良いのよね…。全てを委ねても…、全てを任せても…良いのよね…)
 魔夜と魅夜は始めて、1人の男に心を奪われた。
 それは、初恋と言うには余りに歪な関係だったが、2人にとって間違い無く初めての恋だった。
「「ご主人様、私達の全ては、ご主人様に捧げます…」」
 2人の口から、自然とその言葉が溢れ出し、心からの服従を誓う。
 こうして、また乙葉に強力なライバルが現れる。

 アリスは2人の言葉に驚き
(あらあら、魔夜ちゃん魅夜ちゃん。恋心に芽生えちゃったのね…始めて見たわ、こんな可愛く恥じらう姿…。ここは、お姉さんがご褒美上げちゃおうかな…)
 ニンマリとほくそ笑むと
「ご主人様…。心からの服従を示しましたが、この2人は奴隷としては、失格ですわね…。だって、ご主人様を楽しませる事なんか出来ないんですもの」
 良顕に囁く。
 アリスの言葉に、魔夜と魅夜が顔を跳ね上げ、アリスを睨むが直ぐにその目から力が消える。
 アリスの言う通り、奴隷としての性技など2人は持ち合わせていないからだ。
 項垂れる2人に
「ふん、楽しませてくれなくても、この2人は俺の家族を守ってくれる。それで俺は十分だ」
 良顕は微笑みながら、アリスに答えると2人の表情に翳りが浮かぶ。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊