狂牙
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■ 第6章 狂った牙19

 美由紀の記憶が無事に戻ったのも束の間、孝司の思い詰めた行動で、毬恵と孝司が死に晶子が天涯孤独になる。
 重い空気のまま一行は、ワンボックスに乗り込む。
 ワンボックスの最後列に、晶子とアリスが座り、運転席には晃が、助手席には魅夜が収まる。
 中列に良顕と魔夜が腰を掛けると車が走り出した。

 アジトに戻ると魔夜と魅夜が良顕の前に平伏した。
 良顕は大きく溜息をつき、うんざりしたような顔で
「で、今度は何だ? …」
 呆れながら問い掛ける。
 魔夜と魅夜は、お互いの顔を見合わせ、決意を固めて頷き合うと
「あ、あの…。ご主人様! 誠に無礼なのですが、私どものお願いを聞いて頂けないでしょうか!」
「どのような罰も、必ずお受けします! ですから、どうか…どうか…お聞き入れ下さい!」
 良顕に懇願を始めた。

 その声音の真剣さに、良顕はウンザリした顔を引き締め、真剣な表情で2人に向き合い
「何だ? 俺に出来る事なら、聞いてやるぞ?」
 2人の頼み事の内容を問い掛ける。
 魔夜と魅夜の顔が跳ね上がり、真剣な表情で良顕に向き直ると
「「私達に子種を頂き、孕ませて欲しいのです!」」
 その願望を告白した。
 魔夜と魅夜の言葉に、アジトのコントロールルームが凍り付く。
 良顕は呆気に取られて、魔夜と魅夜を見詰め、晃は呆然とし、優葉は凍り付いた。
(あらあら、面白そうな展開…、[孕ませてくれって]新参の奴隷が大胆よね〜…。さてと、お嬢ちゃんはと…。あはははっ。分かり易いわ〜…、そりゃ怒りもするわよね〜〜〜っ…)
 アリスの視線が乙葉を捉えると、乙葉は真っ赤な顔で、額に青筋を立てブルブルと震えている。

 アリスはクスクス笑いながら、その視線を良顕に向け
(なんて言うかな〜? 私の見立てでは、ご主人様はフェミニストだし、傷付けないように場を収めるのかな?)
 ワクワクしながら答えを待った。
 暫く呆けていた良顕が、魔夜と魅夜の真剣な表情を見て
「その目は、何か理由がありそうだな」
 表情を引き締め問い掛ける。
「はい、私達の父。宗治の願望です。[何よりも強い、雄の子種を受け継いで欲しい]それが、父の夢でした。」
「父は、自分の弱さを悔いながら、生きていました。組織を支え維持して行く為に、鬼畜に徹しながら、疲弊していました」
 2人が語る話は、天童寺宗治の苦悩の人生だった。

 魔夜と魅夜は幼少時代から、その殆どを組織の戦闘訓練所で過ごし、10歳に成って始めて天童寺に会った。
 父親としての天童寺は、毅然とした中にも優しさが溢れており、愛情など何も知らなかった2人に、懇々と注いでくれた。
 だがその反面、奴隷に対する態度は苛烈を極め、ミスをした奴隷は[普通に死ねるのが幸せだ]と思える程の罰を与える。
 しかし、それは仕方が無かったのだ。
 組織を支える為、その長が揺らいでいては、組織が維持出来ない。
 天童寺は苛烈な罰を与え続け、それを見せなければ成らなかったのだ。
 更に時折起こる母親、小夜子の発作にも天童寺は懊悩していた。
 記憶の混乱と錯乱が続き、精神が崩壊し掛けたのは1度や2度では済まない。
 天童寺は苦渋の選択として、小夜子を工作員にして[ゲーム]を行い、小夜子の精神を安定させた。

 だが、天童寺は自分の家族を守る為他者を犠牲にする事を[当たり前]だと、本気で断言出来る人間では無かった。
 しかし、組織の手前それは貫かねば成らない。
 天童寺は深いジレンマを抱え、それを持ち前の精神力で、ねじ伏せているだけだった。
 その心の内を話せる者は、天童寺グループの中では、実の娘達だけだった。
 そして、その中で天童寺は[強い子]を切望するように成る。
 あらゆる文献を読み漁り、研究に研究を重ね、ある可能性に到達した。
 特殊な処置を子宮に施し、始めて受けた精で必ず懐妊し、その遺伝情報の8割を受け継ぐ。
 天童寺の見つけた研究結果に、魔夜と魅夜はその身体を投げ出し、父の願望を叶えると誓った。

 そんな中、本部がある提案を天童寺に持ちかけた。
 本部としては、この達人姉妹を長く現役で使う為にも、老化防止剤を投与したいと言ってきたのだ。
 老化防止剤の投与は、排卵を阻害し妊娠が事実上出来なくなる。
 それだけは、自分の夢の為にも、絶対に避けなければ成らない。
 天童寺はその為に、魔夜と魅夜に人体改造を行った。
 強化系の人体改造は、その性質上老化防止薬を使えなくする。
 だが、本部はそれでも諦めず、[実験的投与]を前面に押し出し、老化防止剤の投与を迫ってきた。
 本部と組織とモラルに挟まれ、天童寺の精神力も悲鳴を上げ始める。

 そこまで話した時、魔夜と魅夜は大きく息を吐き、スッと顔を持ち上げ良顕を見て
「そこに現れたのが、ご主人様でした」
「父は、ご主人様があの屋敷を拠点に、新藤を追いつめた手並みを見て、いたく感心されました」
 ハッキリとした声で告げた。
「何! そんな前から、俺の事を見ていたのか?」
 良顕が驚くと、魔夜と魅夜は大きく頷き
「そこからの2年間は、父は実に生き生きとされ、ご主人様が為さるゲームを全て、観戦されました」
「去年の末、ご主人様のお店に行かれた時は、本当に楽しそうにされておりました」
 父親の思い出を語る娘の表情で、俯き勝ちに柔らかい笑みを浮かべている。

 その顔が再びスッと持ち上がると、真っ直ぐに良顕を見詰め
「そして父は、ある計画を立て、本部にご主人様との対決を申請しました」
「父は、ご主人様を力で手に入れ、自分の後継者として跡を任せるつもりでした」
 この[ゲーム]の意味を教えた。
「な! なに…、ちょ、ちょっと待て…どういう事だそれは…」
 良顕は余りの言葉に、愕然として魔夜と魅夜に問い掛ける。
「父はこの[ゲーム]で勝てば、ご主人様を奴隷として扱いながら、全ての業務を取り仕切らせ、次のbPに推挙するつもりでした」
「万が一負けても、父の全てはご主人様に委ねられ、結果的にはどちらも同じ状態に成るよう、計画されたのです」
 淡々と語られる裏事情に、良顕は呆気に取られ
「なら何か…。俺は、最初から天童寺の掌の上で踊ってたって事か?」
 呆然と呟く。

 そして、良顕は有る事に気付き
「ちょ、ちょっと待て。もし、俺が負けていたら、お前達は奴隷には成ってないぞ。その時は、まだ本部とやり合わなきゃ成らないだろ?」
 魔夜と魅夜に問い掛ける。
「いえ、それも計画されていました。私は両目を…」
「私は両手を…」
「「それぞれ、戦闘中に失う予定でした」」
 魔夜と魅夜は、キッパリと言い切り頭を下げる。
「ちょ、ちょっと待て。そこまでして、俺に妊娠させられたかったのか?」
 良顕は呆れ果てて問い掛けた。

 すると、2人は顔を見合わせて、頷くと
「いえ、正直に申しますと、私達が始めに考えた殿方は、別の方でした」
「とても実現するのは、難しいと思いましたが、私達を凌駕出来るのは、あの方しか思いつきませんでした」
 良顕に気まずそうに告白する。
 その態度に訝しさを感じ
「おい…、実現が難しくて、お前達を凌駕するって…。まさか…」
 ボソボソと問い掛けると
「「はい、[雷帝]です」」
 2人はハッキリと良顕に答えた。
(うをい! こいつらの野望が叶ってたら、俺は弟妹が2人出来てたのかよ! あぶねぇ〜…)
 良顕は驚きを浮かべ、背筋に冷たい物が流れ落ちるのを感じた。

 しかし、魔夜と魅夜はその後、モジモジとしながら、良顕にとって重要な話をする。
「5年前、私達はある男の作戦行動のヘルプとして、[雷帝]と戦いました。その時、実は[雷帝]を捕獲する予定だったんです」
「そして、そのまま洗脳なり、懐柔なりをして…。思いを遂げられるまで…」
(親父…よくぞ逃げ延びた…。子種捕虜なんて、恥以外の何物でもないぞ…)
 良顕は物騒な話を、まるで初々しい少女達のように話す、双生児に辟易する。
「その時の、作戦行動に一緒にいたのが、由木です。もう1人は、霧崎と言い、2人は古くからの知人のようでした」
「その霧崎が言っていたのを耳にしたんです」
 魔夜と魅夜は思い出すように、視線を宙に彷徨わせながら、良顕に言った。

 良顕の頬がピクリと跳ね上がり
「ちょっと待て、霧崎って2年前新藤に付いてた奴だよな? あの黒ずくめで、陰気そうな奴…」
 魔夜と魅夜に告げると
「正確に言うと新藤付きとは違うんですが、黒ずくめの陰気な奴です」
「今は、序列を上げて徳田に付いてますわ」
 2人は頷いて答える。
(何故だ? 親父は[紳士会]の筈だ。その親父の情報を[マテリアル]メンバーが…、有り得ない…情報操作は、半端無く徹底されてる筈だ、その上で家族の情報なんか、知る余地が無い…。どういう事だ)
 良顕は、[マテリアル]サイドから[紳士会]の情報を何度か見た事があるが、それはどれもおざなりな情報で、身元まで分かっているのは、極一部の有名人の表面的な情報か、只の雑魚しか居ない。

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