狂牙
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■ 第6章 狂った牙23

 良顕達は、2台の車で移動をして居る。
 1台は黒いベンツSEで、防弾ガラスは勿論、多数の特殊装備が満載されていた。
 外装も特殊合金製で、時速100kmで衝突をしても傷一つ付かない性能だ。
 勿論防弾性にも優れ、対戦車砲にも耐えられる。
 言ってみれば、ベンツの形をした装甲車だ。
 元々は、天童寺の所有で、魔夜と魅夜の愛車である。

 もう1台は、黒のワンボックスだが、これも天童寺の所有車で特殊な改造車だ。
 ベースはウニモグで、最大登坂角55°を誇り悪路でもコンピューター制御のスタビライザーと四輪独立サスペンションで、時速200km迄、安定して走らせられる。
 後部座席は、シートを全て跳ね上げ、カーゴスペースを確保し、重要な物を輸送する専用車だ。
 この車が、本気で逃走すると、追い付ける車両は存在しない。
 ベンツを由木が運転し、助手席に晃、後部座席に良顕が座る。
 ワンボックスの運転席に啓介、助手席には忠雄が収まり、後部座席に魔夜と魅夜が座っていた。
 徳田の事務所ビルが近付くと、良顕達のベンツSEはそのまま走り、ワンボックスは停車する。

 ワンボックスが止まると、後部座席から魔夜と魅夜が素早く下車し、闇に紛れ込む。
「ふぅ…。やっぱり、慣れませんね…、あの二人の雰囲気…。金玉が縮み上がって、下りてこないや…」
 啓介が溜め息混じりに、呟くと
「潜ってる修羅場の数と質が、俺らとは圧倒的に違うんだ。あいつ等に太刀打ち出来るのは、ご主人様だけだ…。乙葉さんも、とんでも無いのが相手に成っちまったな」
 忠雄が助手席で、ボソボソと呟いた。

 二人とも、前日のコントロールルームの一件は、耳に入っている。
 その上での会話だった。
「でも、組長…。ご主人様、本当に子供を作るんですかね…。乙葉さん、可哀想だな…」
 啓介が再び呟くと
「ご主人様は、忠を尽くす者にぞんざいな仕打ちをする人じゃ無い。ましてや、ギリギリの死線を、何度も共に越えたんだ…」
 忠雄は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「でも、見た目はスッゴい美人で、スタイル抜群ですよ…」
 啓介が、忠雄を覗き込むように身体を起こして告げると
「んじゃお前、アレ相手に勃か?」
 忠雄が問い掛ける。
「無理っす…」
 忠雄の問い掛けに、啓介は即答を返した。
「どんなに良い女でも、ありゃ[獣]だ。俺らとは、種族が違う」
 忠雄は、達観した声でボソリと呟く。
 二人の間に、沈黙が流れ重苦しい雰囲気が漂う。

 一方、走り去った良顕のベンツは、徳田の事務所ビル地下駐車場に滑り込む。
 良顕達が車を降りると、徳田の自室専用エレベーターの前に霧崎が立っていた。
 霧崎は、運転席から降りて来た由木を見て
「これは、これは…。珍しい同行者だ…。いや、意外と言った方が良いかな? これは、プライベートの会見ですよ…」
 戯けた口調で由木に告げる。
 だが、その視線は刺すように鋭い物だった。

 霧崎の言葉に、由木は無表情で頷くと
「約定は、代償が有って成り立ちます。今の私には、それも無関係です」
 鋼のような声音で、霧崎に告げる。
 由木の言葉を聞いた霧崎は、小さく歯噛みをし、少し何かを考え
「今更だと思いませんか? 何をしようと、時は返りませんよ」
 薄い、爬虫類のような笑みを浮かべ、静かに告げた。

 由木の頬がピクリと跳ね
「言われ無くても、判って居ります。ですから、何も言っては居りません」
 硬い声で、霧崎に答える。
 良顕は、二人の遣り取りを目の端で捉えながら
「内輪の話しは、後にしてくれ。俺は、先を急ぎたい」
 低く響く声で、霧崎を促せる。
 霧崎は、ジロリと良顕に視線を向け
「徳田様がお待ちです」
陰気な声で呟き、体を開いて良顕をエレベーターに招き入れた。

 良顕達が、最上階の徳田のリビングに着くと、リビングの灯りは間接照明のみだった。
 良顕は、2年前の会見を思い出し、思わず奥歯を噛み締める。
 膨れ上がる獣の雰囲気に
「叶様、穏便な話し合いをご希望です」
 霧崎がボソリと良顕に告げた。
 良顕は鋭い視線を霧崎に向け
「それを決めるのは俺だ…。何なら、その身体で俺を止めてみるか?」
 雰囲気を更に鋭い殺気に変え、獣の唸り声のような声音で言い放つ。

 霧崎は顔面を蒼白にし、顔を歪めながら、指の数が足りなく成った左手で、右腕が無い肩を押さえ後ずさる。
 今の霧崎は、良顕の相手どころか、身に付けた暗殺術すらまともに使えない。
 致命的な身体の欠損で連絡員としても、引退を余儀なくされている。
 霧崎が下がるとほぼ同時に
「そう、虐めないでやって下さい」
 間接照明の届かない暗がりから、徳田の声が届く。

 だが、良顕はその声に違和感を感じ、暗がりに浮かぶシルエットに目を凝らす。
 良顕の鋭い視線に、シルエットは一切動ぜず
「約束通りに贈り物は、お渡ししますよ…」
 徳田は[おい]と合図を送る。
 すると、徳田の背後から二つのシルエットが、モソモソと這い出して来た。
 一つの影は、四つん這いの細身の成人女性で、動く度にジャラジャラと鎖の音が鳴り、もう一つの影は、成人女性の上に腰を下ろした二人分の影だ。
 良顕が、身体の向きを変え
「涼子! 香織! 秋美!」
 三人の名前を呼ぶと、二つの影はピクリと震える。

 良顕が、身を乗り出し掛けると
「良ちゃん! 違うわ。偽者よ!」
 晃が鋭い声で、良顕に告げた。
 良顕は、一瞬動きを止め晃を振り返ると
「精巧に作られてるけど、顔の骨格に歪みが出来てる。整形手術をしてるわ」
 晃は、キッパリと言い切る。

 晃の声と同時に
「何だ、つまらんな…。折角用意したのに、もう見破られたのか」
 徳田が落胆を示す。
「「「ひぃ〜っ…。お許し下さい〜」」」
 三人の女性の声が、必死で許しを請うが
「役立たずが」
 スポットライトが照らし、映像で見た三人そのままの女性が、顔をひきつらせていた。
 背後に居た霧崎の左手の指がせわしなく蠢くと、女性達の周りでキラキラと何かがスポットライトを反射し光る。
「「ぎやぁ〜〜−っ」」
 四つん這いの女性達の口から、悲鳴が上がり四肢が細切れに成って落ちる。
「止めろ!」
良顕が、顔を険しく歪め制止するが、霧崎は後退りながらも指を動かした。

 女性達の身体は血飛沫を上げ、ただの肉片に変わり、意図的に残した三人の生首が、ゴロゴロと転がって徳田の足元に集まり良顕を見つめる。
「霧崎! どう有っても、死にたいらしいな」
 良顕の鋭い視線が、霧崎を射抜く。
 だが、この時良顕は有る違和感に気付き、後退る霧崎から視線を徳田に戻す。
「あっ、あれ? あの徳田…人形?」
 目を凝らしていた晃が呟くのと、霧崎の足下からガラスが迫り出すのがほぼ同じだった。
 ガラスは、霧崎の前だけで無くリビングの中央にも現れ、良顕達は閉じ込められる。

 良顕が、鋭い視線を周囲に投げ掛けながら
(徳田…。どういうつもりだ?)
 強まる疑念に首を傾げるが、直ぐに有る答えに行き着く。
(いや…。徳田じゃない…。あいつは、曲がり成りにも[マテリアル]のメンバーだ。最低限のタブーは心得てる。とすれば答えは一つ、全一だ)
 良顕は、この一連の仕掛けにある仮説をたてる。
「全一…。徳田は消したのか?」
 呟くように、しかしハッキリとした声で、問い掛ける。

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