狂牙
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■ 第6章 狂った牙24

 暫くの沈黙後、耳障りな哄笑が響き、ピタリと止まると
『やっぱり、No.1に成る人は勘の鋭さが違うね』
 偽物の徳田から、全一の声がした。
「ゲームの間中、色々茶々を入れてたのもお前だろ?」
 良顕の問い掛けに
『ふ〜ん、そんな事まで気付いてたんだ』
 全一は、あっさりと認める。

 良顕は、油断無く辺りに視線を巡らせ
「ポイントの使い方が、セコい徳田らしく無かった。あの時点で、ポイントを注ぎ込むメリットは、オークションの発言力程度しか無い。なのに、大量のポイントを注ぎ込んだのは、俺が負けるのを見越して、尚且つ俺の所有する誰かが欲しい人間の仕業と言う結論に達する。間違えてるか?」
 良顕の問い掛ける言葉に、パチパチと拍手が響いて
『凄い、凄い。良くそこまで解りますね。そうですよ、オークションで僕の玩具を取り返すために、どうでも良い露出調教を要求したんです』
 全一が、認めた。

 すると、良顕が[クッ]と噛み殺した笑みを漏らし
「良い事を教えてやろう。あれが、全ての始まりだったんだ。あれが有ったから、葛西の自殺を止めた彼が異変に気づき、天童寺は要らぬ[パブリック]を使い、更に余計なベットが嵩んで、最後のポイントが足りなく成った。詰まり俺は、お前のサポートで勝てたんだ」
 良顕は、全一に事の経緯を説明した。

 良顕の言葉に全一は沈黙し、リビングに静寂が流れる。
 だが、直ぐに押し殺した声で
『僕を馬鹿にしてる? そんな風に聞こえるんだけど…』
 全一は、良顕に問いかけた。
 良顕はニヤリと笑い
「そう聞こえたのなら、お前の判断は正しい。お子ちゃまには、お子ちゃまに相応しい舞台が有るんだぜ」
 全一を面と向かって嘲る。
 スピーカーの奥から、全一の息を呑む気配が伝わって来た。
『その状況で良く、そんな大口が叩けるね。あんたも、徳田の爺さんと同じようにしてやりたいよ…』
 全一が良顕に告げると、リビング全体に明かりが灯った。

 リビングの中央にテーブルが置かれ、その周囲にソファーが配置されている。
 部屋の上座の位置にある、一人掛けソファーに一体のマネキンが置かれていた。
 それは、全裸の徳田のマネキンで、ソファーにふんぞり返ったポーズで座っている。
 肌の全面は、マネキン独特のプラスチック光沢で、胸の中間から下腹部に掛けて、解剖標本宜しく内臓のディテールが、透明のボディ越しに見えている。
 そのリアルな内臓模型に、良顕が眉をしかめると、背後に居た晃が息を呑む。
「ほ、本物!」
 晃の声に、良顕が目を見張ると、微動だにしないマネキンの目から、涙が頬を伝って居た。

 すると、半開きの口から
『何? 人形だと思った…。徳田の爺さん、グチグチ細かい事言うからさ、半年ぐらい前に処分してやろうと思ったけど、本部に知られると死因が煩いからさぁ、取り敢えずこうやって生かしては居るの』
 全一の楽しそうな声が流れ、ガラスの向こう側に、霧崎を伴って全一が姿を現し、ソファーに腰を掛けながら良顕に説明する。
「半年前? 今朝の映像は、誰だったんだ?」
 良顕が問い掛けると、全一はクスクスと笑い
『最近はさ、映像の加工技術が、半端じゃないんだよ。自分の好きな映像が、直ぐに合成出来るんだ』
 アリスが言っていた違和感の正体を告げた。
 良顕の目が暗い色をたたえ
(徳田、全一を見誤ったな。自業自得だが…)
 徳田の成れの果てを見下ろす。

 ガラス越しにソファーに腰掛けた全一は、良顕の表情に調子付くと
『徳田の爺さん、他人には極悪な事してたのに、自分ではちゃんと家族を作って、良いお爺ちゃんしてたんだぜ。虫が良すぎ無い? だからさ、僕がお仕置きしちゃった』
 言葉を続ける。
 良顕は、全一の言葉を聞き女性達の残骸に視線を向ける。
(確か、四十近い息子と二十代の娘が二人…。どれも、結婚して家庭を持っていた筈だ)
 徳田の表の情報も、良顕は知っていた。
 だが、良顕は、それを無関係な情報として、処理していたのだ。

 静かに生首を見つめる良顕が
「まさか…」
 呟くと
『そうだよ、牛女は爺さんの長女、雑巾女は次女、抱き枕は長男の娘だよ。3ヶ月程遊び倒した僕の玩具達さ。後の玩具はね…』
 全一が、女性達の素姓を明かし、言葉を切る。
 それとほぼ同時に、リビングの収納庫の扉が開いて、六体分の肉片が転げ落ちた。
『長男とその嫁、娘の旦那達と、孫二匹』
 全一が楽しそうに教える。

 遺体の中には、まだ3才程の幼女も居た。
 幼女の遺体には、何かの獣の歯形が生々しく残り、惨たらしい死を迎えた事を物語っている。
 良顕の肩が小刻みに震え、殺気が爆発的に膨らむ。
「糞餓鬼が…。やって良い事と悪い事の判断も付かないのか…」
 押し殺した声が、口の端から絞り出された。
 すると、徳田の口から[クスクス]と笑い声が漏れ
『こんな、狂った組織に居るのに、叶さんってヒューマニスト? それこそ笑えない?』
 全一が、良顕を嘲笑う。

 良顕の顔から表情が消え、刺すような殺気だけがこぼれ出すと、無造作に仕切ったガラスに近付き、右手を当てて腰を落とす。
 良顕がガラスに向かって、何かしようとした時
『おっと! そのガラスに衝撃を与え無いで。もし万が一そのガラスが割れると、凄く後悔するよ』
 全一がおどけながら良顕に告げる。
 良顕の顔に怪訝そうな表情が浮かぶと、全一が背後の霧崎に顎で合図をし、何かのリモコンを操作した。
 霧崎が背後の扉に消え、徳田の背後の扉が開く。
 扉の奥には、ガラスが填められており、その中に涼子が立って居た。

 涼子の歪に整形された身体には、各関節付近にリベットのような物が付けられ、首には見覚えの有る首輪が填められて居る。
『覚えてるかな? その首輪。2年前僕の父さんが、してた物だよ。そのスイッチは、このガラスが割れたら入るからね。叶さんの技には、強化ガラスでも割る技が有るんだってね』
 全一がニヤニヤ笑って、良顕の秘技の1つを指摘した。
 良顕の顔が引き締まり
「どうして、それを…」
 驚きながら呟くと
「霧崎は、辛の一族です」
 それまで、黙り込んで居た由木が口を開く。

 良顕は由木の言葉に、鋭い視線を向け
「やっぱり、由木さんもそうだったんですね。辛の名は一族しか知らない」
 由木に問いかける。
 由木が、うなだれ視線を逸らすと
『それだけじゃ無い。由木さんは、立場的にはあんたと同じだったんだ』
 戻って来た霧崎が、機械を操作しながら告げた。
「俺と同じ立場…。宗家の嫡子…、まさか恭観(きょうかん)さん…」
 良顕は驚いた表情で、由木を見詰め、鹿児島に住んでいた死んだ叔父の名を呼ぶ。
 由木がうなだれたまま、顔を背けると、ゴロゴロと車輪が転がる音に振り返る。
 振り返った良顕の視線が、音の主を認めた瞬間
「香織! 秋美!」
 良顕の口から、反射的に二人の名前が飛び出す。

 二人は、1.5m四方で高さ3m近い、鉄パイプで出来た直方体の中に吊られていた。
 秋美は手首を背後に拘束され、乳房を貫通した鎖でぶら下げられ、その鎖に膝から延びたワイヤーで開脚状態に固定されている。
 秋美の全身には、裂傷や火傷、打撲跡や穿孔跡、ありとあらゆる傷、中にはどうやって付けたのかすら分からない傷が、ビッシリと覆っていた。
 力無く揺れる顔だけが、ほぼ無傷で、秋美本人の素姓を明らかにしていた。
 秋美のケージの下は、20cm程の水槽に成っており、何かを溜める意図が感じられた。

 香織の状態は、秋美より明らかに酷い。
 手足の無い香織は、身体中にフックを引っかけられ、それを引くワイヤーで、宙に浮いている。
 しかも、そのフックは皮膚に掛かって居るのでは無く、骨や身体の奥深くに掛けられているのが皮膚の伸び方で解った。
 ワイヤーは、それぞれ単体のウインチに繋がれ、全一の悪意が、手に取るように分かる。
 その、凄惨な姿に良顕が顔を歪めると
『ぶっちゃけ、僕はあんたが嫌いなんだ。だから嫌がらせを兼ねたゲームを考えたの。牛女はファイターで、抱き枕はペナルティーボード、雑巾女はタイマーだよ』
 全一は、嘲るように良顕に告げ、ゲームのコントローラーを手にし、霧崎に合図した。

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