狂牙
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■ 第6章 狂った牙26

 魔夜の背後に位置した魅夜の手元に、金色の武器が吸い込まれた。
 立てた人差し指で、クルクルと回る円盤は、直径20p程の[戦輪]と言う武器だ。
 只の輪に見えるが、遠心力を用いた合理的な武器で、魅夜の場合は特に切れ味を重視して居る。
 双方古代インドの武器で、現在では使い手が少ない物だった。
 それ故、対処方法も知られて居らず、キリングドールの名が広まった原因でも有る。
 2人は、次々に襲いかかって来る男達をほふりながら
(大陸系? どう言う事…。国家間を跨いでの行動は、通知が必要なのに)
(これだけの人員を内密に差し出す関係が、既に出来ている…。徳田は、この国を売ったみたいね)
 状況を理解し始める。

 10人の男達が屍に変わると、人海戦術の無駄に気付き、新手の出現が途絶える。
 魔夜と魅夜は、この歓迎で既に隠密行動は不要と判断し、正面から徳田の所有するビルに入った。
 エントランスに入ると、黒いスーツ姿の男が2人、両手を後ろに回し背後で組んで、立って居た。
「「李明紫! 楊翼徳!」」
 2人は、スーツ姿の男達を見て、直ぐにその名前に気付き、思わず叫んだ。
 2人の男達は、中国の十傑に名を連ねる達人で有り、その素性で、誰がこの件に関与して居るか直ぐに判断できる、有名人だった。
「黄秀明が、関与してるのね」
「極東エリア長が、ルール違反?」
 魔夜と魅夜が問い掛けると
「賤民の牝如きが、私に問い掛けるな」
 細身で神経質そうな、李が呟き
「問題有りません。死人は言葉を話さない」
 熊のような身体で、童顔に穏やかな微笑みを浮かべた楊がサラリと告げる。

 その言葉が合図のように、4人の姿が交差すると、激しい剣戟が響く。
 李の手には柳槍が握られ、楊の手には戦鎚が収まっていた。
 柳槍は、文字通りしなやかにしなる槍で、様々な角度から穂先が襲いかかる。
 戦鎚は30p程の鉄棒に、直径20p程の鉄球が付いており、鉄棒の延長上に10p程の穂先が飛び出していた。
 楊が魔夜の前に立ち、李が魅夜に矛先を向ける。
 2人の表情が引き締まり、お互い間合いの外で睨み合う。
 だが、直ぐに沈黙の睨み合いは、李と楊の無造作な動きで破られた。

 李の柳槍がしなり、穂先が蛇の頭のように左右に揺れながら、魅夜に迫る。
 縦横無尽に穂先が走り、斬り付ける横の動きに、突きの縦運動が組み込まれる。
 魅夜は、戦輪を手に持ち降り懸かる刃雨を弾く。
 急所を正確に襲う、無数の刃を魅夜はギリギリで逸らせた。
 魅夜は、李の隙を突いて至近距離から戦輪を投げたが、しなる柳槍が戦輪の最大の弱点を叩き、弾き飛ばす。
 空中で弾いた戦輪を絡め取り、器用に李が投げ返すと、間合いを外した魅夜が、人差し指で受け止める。

 魅夜のスーツは、前面が刃先に巻き込まれ、削り取られた。
 ジャケットは、七割方ボロ布に変わり、ブラウスもほぼズタズタで乳房が零れ落ちている。
 スラックスも左の太股を切られて、足に纏わりついた。
 李が切っ先を魅夜に向け、構えを取り
「全裸に剥いて、串刺しにしてやろう。精々悲鳴を張り上げて、楽しませろ。賤民の牝には身に余る栄誉だ」
 ニヤリと笑って、呟く。
 魅夜の唇が悔しそうに歪み、纏わり付く左足の裾を引き千切って捨てる。
 魅夜の戦輪に取って最悪の相性が、硬さとしなりを兼ね備える武器で、柳槍は最たる物だった。
 側面への打撃も、輪の中心を射抜く事も、可能な為である。

 楊の戦鎚が、音を立てて魔夜に襲い掛かった。
 魔夜の手が優雅にしなり、帯刀が閃きながら楊の身体に延びて行く。
 だが、その斬撃は戦鎚に弾かれ、軌道を変えられて、楊の身体に届かない。
 逆に間合いを深く踏み込むせいで、戦鎚の穂先が魔夜を掠める。
 その度に穂先に付いた返しが、魔夜のスーツを毟り取って行く。
 魔夜の着衣も、魅夜と同じようにズタズタに毟られ、形の良い美乳が闇の中に白く浮かぶ。

 魔夜の美乳に目を留めた楊が
「その乳房を、これで思う様打ち付けたいね。腫れ上がって巨乳に成るか、はたまたひしゃげて貧乳に成るか、楽しみだね」
 ニコニコと微笑みながら、魔夜に囁く。
 魔夜の目がキッと鋭く成り、楊を睨み付ける。
 魔夜の帯刀に取って、相性の悪い武器は大質量を持つ物だった。
 帯刀は、その柔軟性が最大の武器だが、致命的に軽い。
 そのため、大質量の武器に弾かれると、コントロールが出来ないのだ。
 単純な質量だけなら、弾かれる前に斬り付ければ良いのだが、楊の戦鎚は取り回しが早く、それが出来なかった。
 魔夜に取って、最悪の相性である。

 魔夜と魅夜は、苦戦を強いられ追い詰められた。
 李と楊は、ニヤニヤと笑いながら、仲良く並んだ2人に襲い掛かる。
 魔夜と魅夜は、李と楊に押される形でフットワークを使い、かわし始めた。
 徳田ビルのエントランスを、所狭しと動き回り、顔を引きつらせて魔夜と魅夜が逃げ、李と楊が追い回す。
 その姿をエントランスの2階から、2人の人影が見下ろし
「あ〜ぁ…。ヤッパリ仕事が出来ちゃいそうだよ。あんなんだから、二流だって言われるんだ」
 小柄な影が、ボソボソと呟く。
「良いんじゃ無い? これで、あの2人は俺の物に成るんだ。柳、あんまり傷付け無いでくれよ。お前の飛礫(つぶて)は、質が悪いからな」
 背の高い影が、嬉しそうに答え、釘を刺した。
 2人の会話が終わり掛けると、エントランスの中央で、追い詰められた魔夜と魅夜が、背中合わせにぶつかった。
「はい、出番だよ」
 背の高い影が告げて、飛び出そうとすると
「駄目、お仕置き」
 小柄な影が、背の高い影の手を掴み呟く。

 エントランスの中央で、背中を合わせた魔夜と魅夜を李と楊が、酷薄な笑顔で見詰める。
 その瞬間、引き締まって居た魔夜と魅夜の表情が、艶然とした微笑みに変わった。
 2人の表情の変化に、李と楊が驚きを浮かべると、魔夜と魅夜の身体がクルリと入れ替わる。
 入れ替わると同時に、同じタイミングで背中を離し、前に飛び出す。
 李と楊は、慌てながらも冷静に武器を振るう。
 だが、2人は目の前の武器に対応出来なかった。
 李の柳槍がしなりながら突き出されるが、それを絡めるように、魔夜の帯刀が絡み付いて、李の前手の腱を切り裂く。
 楊の戦鎚が、唸りを上げる前に、魅夜の手から戦輪が放たれ、楊の側面から襲い掛かる。
 楊が、両手の戦鎚で弾くが、既にその時には、魅夜の手から第三、第四の戦輪が放たれて居た。
 楊は両足の腱を戦輪に切り裂かれ、膝を着く。

 戦況は一挙に逆転し、李と楊は戦力を激減された。
 魔夜と魅夜の位置が再び、クルリと戻り
「誰を串刺しにすると?」
 魅夜が李に問い掛けると
「誰が貧乳ですって!」
 魔夜が楊に柳眉を逆立てる。
 顔を蒼白にした、李と楊が後退り、それを追い掛けようとした、魔夜と魅夜の表情が強張った。
 2人が、弾かれたように視線を上げると、エントランスの二階から二つの影が舞い降りる。
「はいはい。こんな所で手駒が減るのは、大人(たいじん)もお望みじゃ無い。悪いけど君達には、大人しくして貰うよ」
 小柄な影が、月明かりに身を晒しながら告げた。

 小柄な影は、まだ十代の少年のようだが、その醸し出す雰囲気は、老成している。
「「陳白竜!」」
 魔夜と魅夜が、同時に声を張り上げ驚愕の表情を浮かべた。
「俺達が出張って来てるんだ。どれ位大人も本気かって理解して欲しいな。死人を増やす事も無いだろ? 君達は、俺が貰って上げるからさ」
 長身の男が微笑みながら、小柄な影に並んだ。
「「林紅亀…」」
 魔夜と魅夜は、絶望に近い溜め息を吐きながら、中国の組織内で、bQとbRの暗殺者を見詰める。

 2人のどちらも、魔夜と魅夜が2人掛かりで戦って、辛うじて差し違えられるか、と言うレベルの達人だった。
 この2人を同時に相手をする状態に成った場合、魔夜と魅夜は迷わず全力での逃走を選ぶ。
 それは、暗殺者として目的を果たす為には、当然だからだ。
 だが、今の2人には、その道を選ぶ事は出来なかった。
 自分達の登場を信じ、上階で待って居る主人が居たからだ。
 手詰まりの状態に成った、魔夜と魅夜はうなだれる。

 2人の反応を見た林が、口笛を吹き
「へ〜っ。あのキリングドールズが、飼い慣らされたって聞いたけど、本当だったんだ」
 驚きを浮かべた。
「ふん、所詮は女だって事さ…」
 陳が皮肉っぽく笑って、無線機を取り出す。
「こっちは、制圧した。これからそっちに向かう」
 無線機に無造作に告げて、報告を終えると
「んじゃ、行こうか。上でご主人様の死に様でも見ようぜ」
 陳が顎をしゃくって合図を送ると、李と楊が2人に近付き、忌々しそうな視線を向けると、いきなり各々の武器で、スーツの背後に穂先を這わせた。

 2人が驚く間も無く、李と楊は魔夜と魅夜の着衣を剥ぎ取ると、全裸の2人に金属製の首輪と手枷を取り付けた。
 2人は、両手を甲が合うように背後に捻られ、手枷どうしが近付くとお互いが引き合って、ピッタリとくっ付き、腕を捻り上げた。
 更に捻り上げた手枷が首輪に近付くと、同じように手枷と首輪が引き合いくっ付いて拘束が出来上がる。

 魔夜と魅夜は両腕を完全に封じられ、大きく胸を突き出し形の良い美乳を晒す。
 李があざ笑いながら、柳槍の穂先で乳首を突こうとしたが
「調子に乗るな…。お前の命なんか、俺にとって路傍の石と同じなんだぜ」
 林の冷ややかな声で、慌てて引き戻した。
 楊も慌てて戦鎚を背中に隠し、鎖のリードを林と陳に差し出した。
 陳は鼻で笑って受け取らなかったため、必然的に林が二つとも受け取る。
 林は、リードを受け取ると嬉しそうに笑い、両手に一つずつ持った。

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