狂牙
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■ 第6章 狂った牙27

 ビルの屋上で1人の青年が、作業服でパラボナアンテナを調整している。
 パラボナアンテナは、側に置かれた小型発電機に繋がっている。
「んっと、爺ちゃんそこ、お願い…。あっと、そこは負荷が掛かるから、赤のケーブルで…」
 青年の指示に
「ったく、人使いが荒いわい」
 老人がブツブツと呟く。
「人使いが荒いのは、僕じゃ無いでしょ。自分の元カノじゃん…」
 老人の呟きに、青年がぼやき返す。
「あん? 何じゃと! なんか言うたか!」
 老人が、青年に怒鳴りながら問い掛けると
「何でも無い! でも、どうしてこのジャマーの事知ってたんだろう。まだ、実用登録して無いのに」
 青年が、不思議そうに老人に問い掛ける。
「どうでも良いわい!」
 老人は、慌てたように、強く言い放った。
(畜生アリスの奴め…、いつの間に儂のパソコンにバックドアを仕掛けたんじゃ…。帰ったら、直ぐに内緒でチェックさせんと…)
 老人は、ブツブツと文句を言いながら、作業を続ける。
[紳士会]の元日本支部長も、過去のプライベート上の秘密を握られているため、形無しだった。
 午前中にアリスから連絡が入り、半強制的に協力させられた。

 その上、昌聖が開発したばかりのジャマー[ハイテクキラー]まで、駆り出された。
 電気の+極を−極で覆い、強制的に電気の流れを止める機械で、ジャマーの効果内では一切の通電が消える。
 それは、磁力を応用した物にも作用し、結果ハイテク機器と言われる、電気を使用する物は全て無効化されるのだ。
「まぁ、僕は実地試験を兼ねられるから良いけど、あの2人のテンション高過ぎだよ…」
 昌聖が視線を向けると、黒い全身タイツのようなスーツを着込み、白いペルソナを付けた優駿と宗介が、合金製の手甲を入念にチェックしながら
「こんなビルが、アジトとはな…。どこにでも隠れてやがるぜ」
「優さん。壊して良いのは、あのビルだけですからね。それと、なるべく非戦闘員には手を出さないで下さいね」
 嬉々として、隠密行動の準備をしている。

 昌聖が溜め息を吐くと、優駿達と同じ格好をした[ナイト]の2人が
「ミニスター、[ドールズ]がビル内に入りました」
「あれ? 変です。[ドールズ]の歓迎に出てるの、日本人じゃないよ…。私の国の者ね」
 報告した。
「どこの国でも構わん! 粉砕有るのみだ」
 優駿は押し殺した声で告げると、踵を返して闇に同化し、気配を消した。
 宗介は、2人のナイトに肯くと優駿の後を追い、同じように気配を消す。

 4人の男達が闇に消えると
「どうでも良いけど、僕はどのタイミングでジャマーを発動させれば良いんだろう? 確か、何の説明も受けて無いんだけど…」
 一也に問い掛けるが、一也は不機嫌そうな顔で
「知らん、知らん。設置が終わったなら儂は帰るぞ!」
 昌聖に宣言し、いそいそと階段室に向かった。
 昌聖は、呆気に取られながら一也の背中を見送り
「爺ちゃん、何か僕に隠してるな。みんな勝手なんだから! コレ作戦行動じゃ無いの。僕も勝手にやっちゃうよ!」
 昌聖はブツブツと1人で怒りながら、機械の最終点検を始める。

◆◆◆◆◆

 徳田ビルに侵入した優駿達は、ペルソナを操作し多重視機能を作動させる。
 多重視機能とは、光量増幅式と赤外線感知式の暗視機能に、データにより3D化したマップ情報とソナー機能によるリアルタイムデータを摺り合わせ、表示する機能であった。
 昌聖の眼鏡を暗視機能優先にした物である。

 4人の侵入口は3階の壁面に有る、排気ダクトで、唯一壁面に存在する開口部だった。
 それ故セキュリティーは、万全を期している。
 だが、それに対する技術も日進月歩で有り、その最先端を開発する天才が、優駿サイドに居た。
 感圧式と赤外線遮断式のセキュリティーを騙し、4人がダクトを潜るのに、3分掛からない。
 大型のダクトに入ると目の前には、80p四方のダクトが六っつずつ左右に延びている。
 右側の右上のダクトに入れば、リビングに真っ直ぐ行けるのだが、真っ先にダクトを潜った優駿は、躊躇う事無く、正面の点検口を蹴り抜く。

[ガンガランガッシャン]と派手な音を立て、点検口がボロ屑のように床に転がる。
 宗介達は、首をすくめペルソナを押さえながら、溜め息を吐く。
「優さん…。今回、隠密行動だって言ったよね?」
 宗介が囁くと
「それがどうした? お前、俺にあれが通れると、思っているのか」
 優駿は、さも当然のように分岐したダクトを指差す。
(だから、今回は止めろって言ったのに…。台無しだ…)
 宗介は肩をすくめて、背後の2人に合図すると、2人は全くの無音で左右に別れて、周囲を索敵する。
 2人は無言で親指と人差し指を使い、円を作って合図を返す。
(あの轟音で誰も気付かない? 有り得ないだろ…)
 宗介が訝しむ。

 その宗介の肩をいきなり掴み、優駿が強く引くと、宗介は目を見張る。
(この構造は、サーモバリック爆薬! こんな所でこんな量を爆発させたら、このビル全体が、焼却炉に成るぞ…。徳田は何を考えてる)
 サーモバリック爆薬は基本的な成分はハロゲン酸化剤、ホウ素、アルミニウム粉末などから構成されており、爆発するまで爆薬では無い、気体爆薬を瞬間的に合成する唯の反応物質の塊である。
 だが、一旦爆発すると粉塵爆発を起こし、長時間熱で炙り続けるのだ。

 宗介は、何かの裏を感じながら、通路に飛び出す。
 先行していた2人が戻り
「この先に人の気配は有りません」
「こちらもそうね。誰も居ないよ」
 宗介に報告する。
「宗介、こっち見て見ろ…」
 優駿が、宗介を呼び付け柱を顎で示す。
 優駿が示した柱には、セムテック火薬が仕掛けられて居た。

 優駿が示した別の柱にも、同じようにセムテック火薬が設置されて居る。
「どうやら、この会見を画策した奴は、[燃やし]て[壊し]たいみたいだな…。理由は何だと思う?」
 優駿が宗介に問い掛けると
「[ここで]見つかる[死体]の[死因]ですかね…。とすれば、死体の中に[徳田]が入ってますね。人が居ないのも、そこら辺りに理由が有りそうですね」
 宗介は分析結果を告げながら、優駿に視線を向け
「作戦変更ですね。チマチマやってると、ペッチャンコに成りそうです」
 ニヤリと笑って告げる。

 優駿は、獰猛に笑い
「良い判断だ! 俺も同意見だ」
 宗介を誉め、バシバシと宗介の背中を叩く。
 宗介が咽せながら、顔を歪めると
「エレベーターが、動いてる。上まで行くよ!」
 痩身のナイトが、報告する。
 その声に、優駿が踵を返し走り出すと、宗介達も従った。
 4人は、一陣の風のように階段を駆け上る。

◆◆◆◆◆

 上階のリビングで、魔夜と魅夜を制圧した連絡を受けた霧崎は、全一に耳打ちする。
 全一は、大きく頷くと
『叶さん。叶さんが待ってた2人組、捕まったってさ。今こっちに来るよ』
 全一が、良顕に告げた。
(つかまった…。あの…2人…がか…。なにが…あった…。どちらに…しても…うつてが…、もうない…)
 良顕は、床に倒れていた身体を、ゆっくりと持ち上げる。
 身体を持ち上げた良顕が、激しく咳き込み、口から鮮血を吹き出す。
 金剛衣を意識的に使わず、筋肉を弛緩させ涼子の攻撃を受け続けた結果だった。
 筋肉の弛緩と緊張をコントロールするのは、良顕の身に付けた武術では、基本で有り奥義に繋がる。
 良く[身を強ばらせる]と言う言葉が有るが、これを瞬間的に行う事により、衝撃を[迎え撃ち]、[逸らせ]、[緩衝する]それが金剛衣の原理だった。

 良顕は、涼子の攻撃を弛緩のみで受け止め、涼子の身体を守る。
 全一は楽しそうに、コントローラーを操り、必殺の連撃を涼子に放たせた。
 涙でグショグショの涼子が、棒立ちの良顕の懐に入り、左手の掌打を突き上げる。
 その一撃を顎に受けた良顕は、脳みそを揺らされこの時点で、意識が飛び掛けた。
 だが、伸び切った腹部にそのまま、涼子の左肘が突き刺さり意識を引き戻す。
 血を吹きながら、崩れ落ちそうに成る良顕の胸に、流れるような動きで、涼子の左肩がめり込み良顕の身体を棒立ちにさせる。
 涼子の右足が鋭く踏み込まれ、身体を沈めながら腰骨の少し上に、両手の掌打が吸い込まれた。
 良顕の身体は、くの字に折れ曲がり、車に跳ねられたように吹き飛んで、壁に激突する。
 良顕の身体は、既にボロボロだった。

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