狂牙
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■ 第6章 狂った牙28

 一撃必殺の攻撃を、十数発受けている。
(死ね…ない…もんだ…な…。涼子…も…げんかい…ちか…い…)
 良顕は、フラフラに成りながら、涼子を見詰め判断した。
 攻撃を受ける良顕もボロボロだが、限界を超える攻撃をする、涼子も悲惨な状態だ。
 顔から下は、乳房の頂から2/3以外は、全て赤と黒と青で染まっている。
 全身の筋肉が、そこかしこで分断され、内出血を起こしていた。
 また、それが2人の苦しみを延ばしてもいる。
 筋肉が、断裂しているせいで、攻撃の威力が落ちているのだ。
 良顕の肋骨は、既に粉々に砕け、内蔵が直に打撃を受けている。
 そのため、数カ所の破裂を起こし、痙攣が止まらない。
 立っていられるのが、不思議なぐらいのダメージを蓄積している。
 痛みを堪えて歯を食いしばり、ふらつく身体を奮い立たせ、よろけながら壁から離れた。

 フッと視線をガラスの向こうに投げ掛け、妹の香織を見る。
 香織は、大粒の涙を流しながら、何かを呟いていた。
 香織も、何度か言い掛かりのようなペナルティーを受け、半分のワイヤーが巻き取られている。
 今は、直接体内に入り込んだワイヤーで、身体を吊られていた。
 次にペナルティーを受ければ、今度は内臓のどこかを引き千切られる事は明白だった。
(すまんな…。もうすこし…まってくれ…、いま…いたみ…から、かいほう…してやる…)
 良顕は、香織に謝罪しながら一歩足を踏み出す。
 次に視線を秋美に向けると、秋美が一番限界に近かった。
 力無くうなだれた秋美は、もう胸の半ばまで、白蝋色に成っている。
 それより下が、やっと蒼白と呼べる色だった。

 か細い呼吸で、胸元が微かに上下していて、秋美が生きていると判断出来た。
(アキ…。つらいめに…あわせた…な…。いま…、いますぐだ…)
 良顕は、済まなさそうに頭を下げ、視線を正面に向ける。
 視線の先には、狂おしい悲しみを湛えた、涼子の顔が有った。
 涼子の目からは、涙が止め処なく流れ、唇から苦しげな呼吸と共に、切れ切れの嗚咽が漏れている。
 良顕は、そんな涼子にフッと穏やかに微笑み掛けると
(また…なかせた…な…。おもえば…、いつも…なかせて…たな…。すまん…、おれは…おまえを…。だが、…もうじき…もうじき…おわる…)
 涼子に謝罪しながら、間合いを詰めた。
「良ちゃんの馬鹿! あんたが死んだら、みんなどうするのよ!」
 悲痛な声で晃が叫ぶが、その時には、涼子の身体が滑るように前に出て、良顕の懐に入り込む。
 涼子の足が踏み込み、必殺の一撃を放とうとした、その瞬間徳田のリビングが、闇に呑まれた。

◆◆◆◆◆

 エレベーターを降り、常夜灯の灯る薄暗いホールに出た瞬間、目の前の階段室から、恐ろしい程の殺気が吹き付けられ、李と楊は思わず武器を構え正面の闇に対峙する。
 陳と林は、殺気を感じても微動だにせず、涼しい顔で受け流す。
 魔夜と魅夜は、その殺気をついこの間に感じて居たが、その殺気の主が何故ここに居るのか、判断出来ずに驚いた。
 6人に緊張が走る中、李の正面に有る階段室に、ポッと白い物が浮かぶ。
 それは、[楽]の表情を浮かべた、[ペルソナ]とよばれる仮面だった。
 そして、直ぐ横にもう一つ[哀]の表情を浮かべる仮面が現れる。
「誰だ!」
 李が鋭い声で問い詰めると、哀と楽の面が、スルスルと李と楊に近付く。

 李の柳槍が哀の面に、真っ直ぐ伸びるが、穂先が当たる寸前、銀光が跳ね上がり穂先を逸らす。
 哀の面が、あっと言う間に李の懐に入ると、李の腹部に一撃を放とうとした。
 だが、その時陳の両手から強く硬い物を弾く音がし、哀の面が身体を翻しながら両腕を振る。
[キンキン]と金属同士がぶつかる音がして、哀の面が間合いの外で動きを止めた。

 楽の面が楊に近付くと楊の戦鎚が、唸りを上げて、振り下ろされる。
 楽の面は、フワリと戦鎚の軌道を超えて飛び上がるが、もう一つの戦鎚がそれを追い掛けた。
 確実に空中の影を捉える筈の戦鎚に、楽の面は足を伸ばして[トン]と軽く蹴って、空中で間合いを詰めながら楊に蹴りを放つ。
 蹴りが楊に届く寸前、林の手から銀線が伸び、楽の面を貫こうとした。
 だが、楽の面の身体がグニャリと空中で歪み、銀線をかわすと離れた場所にフワリと降り立つ。

 李と楊は、目を見開き戦慄した。
 流れ出る冷や汗が、背中をグッショリと濡らしている。
 今の一合で、助けが無ければ、自分達が致命傷を負っていたからでは無く、この2人の実力が計れなかったからだ。
 これは、命のやり取りを行う者の間では致命的で、即座に全力で逃げるのが鉄則だった。
 だが、李と楊は立場は同じだが格が違う、陳と林が同じ作戦行動中のため、逃げるに逃げられ無い。

 たじろぐ2人に、暴風のような殺気が襲い掛かり、凄まじい速度で喜の面が迫る。
 李と楊は、それを悪夢のように見詰め、硬直した。
「チィッ」
「愚昧!」
 林と陳が鋭く叫び、各々の武器で攻撃する。
 林の流彗星が喜の面の足元に走り、陳の飛礫が間を外しながら、左右五発ずつ放たれた。
 しかし、その事如くを突如現れた怒の面が弾き飛ばし、喜の面が李と楊に迫る。
 棒立ちの李と楊が、喜びながら死を運ぶ影に、終焉を悟った。
((ああ、終わるんだ))
 李と楊が感じた瞬間、辺りがフッと闇を強めた。
 覚悟を決めた、2人の前から突如死の影が消える。
「下がれ! 逃げるぞ!」
 陳の声が鋭く響いて、李と楊は反射的に身を翻した。
 その目の片隅に、ペルソナを抑える四っつの影と、解放された[キリングドールズ]の姿を捉える。
 完全に劣勢を判断した、リーダーの命令に、李と楊は有無を言わず従った。
[マテリアル]中国支部長が誇る、十傑の4人は突如現れた影に為す術も無く逃げ出した。

 陳達が消えた徳田ビルのエレベーターホールで、動きを止めて居た影が、ペルソナを外す。
 優駿が、外したペルソナを見ながら
「何だ昌聖! 急に壊れたぞ。不良品か?」
 不機嫌そうな声で怒鳴ると
「多分、ジャマーでしょ。電子機器が如く逝かれてます」
 宗介が、自分の装備品を見せて優駿に答える。
「じゃあ、あの機械本当に電気を使う、総ての物を無効化したんですか?」
 碧眼のナイトが宗介に問いかけると
「みたいね。この2人の[電磁枷]も外れてるし」
 痩身のナイトが、魔夜と魅夜を見ないように枷を示しながら告げた。
「これって、実用したらとんでも無いですよ。やっぱあいつは天才だわ…」
 宗介がボソリと呟き
「当たり前だ! 俺の義弟だぞ」
 優駿が楽しそうに笑った。
 その様子を助けられたら、魔夜と魅夜が呆然と見詰める。

 魔夜と魅夜は、突然起きた事態に呆然としたが、直ぐに間合いを取りながら、警戒を強め
「こ、こんな事してる暇は有りません」
「助けて頂いて有り難う御座いました」
 緊張しながらも深々と頭を下げて礼を告げ、踵を返す。
 引き締まったお尻が、プルリと揺れ、美乳が暴れる。

 背を向ける魔夜と魅夜に
「ちょっと待て! 俺達も目的は同じだ!」
 優駿が魔夜と魅夜を引き止め
「良顕を死なせる訳には、いろんな意味でいかないからな」
 宗介が補足する。
 2人の言葉に、魔夜と魅夜が驚きながら振り返り
「「本当ですか!」」
 目を丸くして驚き、自分の耳を疑った。
 優駿の不敵な笑みに、一瞬だけ視線を止め、直ぐに宗介に向き直り
「有り難う御座います。本当に心強いです」
「このご恩は、生涯忘れません!」
 縋り付いて感謝を告げる。

 2人の反応に、ふてくされた優駿は
「おらっ、行くぞ。良顕が死んでたら元も子も無い」
 言い捨てると通路を急ぎ始めた。
「あっ! そっちは、扉が開いてません」
「非常用の通路の筈で、ロックが…」
 頭に叩き込んだ、ビルの設計図を思い浮かべ、優駿を制する。
「間抜けな事言ってんじゃねぇ。このビルの電子ロックは、全部死んでるし、機械的な物ならぶち壊せる」
 優駿が視線も向けずに進むと、ナイトの2人が直ぐに後を追った。
 宗介が慌てて、その後を追いかけ魔夜と魅夜も続く。

 優駿が言った通り、通路のロックは総て外れていた。
 ソレばかりか、隠し通路の隔壁も開いている。
 しかし、様々に開く扉のせいで、宗介達は先行していた優駿達と、はぐれてしまった。
「ちっ、完全にはぐれた。機械が使えない今、あの人の動物的勘が、一番役に立つのに…」
 優駿が舌打ちをすると
「あっ…、方向的にはコッチです」
「距離的には、14〜5m程です」
 魔夜と魅夜は、自分達の移動してきた距離と方向を、頭の中の図面と照らし合わせ、良顕が居るで有ろう部屋を示した。
 魔夜と魅夜の案内で、宗介は通路を進んだ。

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