狂牙
MIN:作

■ 第6章 狂った牙30

 全一は、それでも何の反応も示さず、口元に笑みを浮かべるだけだった。
 驚いた良顕が、全一を揺さぶるが、全く変わらない。
「どう言う事だ? さっきまで動いて居たのに…」
 良顕が呆然として呟くと
「恐らく、霧崎です」
「鋼糸の技で、人体を操る物が有ります」
 魔夜と魅夜が良顕に説明する。
「全一迄も…。じゃぁ、霧崎が黒幕なのか…。いや、そこまで連絡員に力は無い…一体誰が…」
 良顕が判然としない表情で呟く。

 晃は、そんな良顕を尻目に秋美の元に駆け寄ると、秋美の状態を診察し
「アキちゃん、痛いけど我慢して」
 短く告げて、細胞活性剤を塗った手を子宮に突っ込む。
 霧崎に裂かれた部分に薬を塗り、止血した。
 応急処置を施すと、宗介が降ろした香織の診察を始める。
 魔夜と魅夜が、秋美の身体中に付いた鎖を外そうとするが、溶接されて外す事が出来なかった。

 香織の診察が終わる頃、2人のナイトが現れ
「ミニスター来ませんでしたか?」
「片腕の男、追い掛けて、居なくなったね」
 宗介に問い掛ける。
「あの人は…。本当に美味しい所に当たる人だ…。良顕、間違い無く、逃げた奴は報いを受けてる。あの人の追跡は、悪夢以外の何物でも無い」
 宗介が笑いながら告げると、2人のナイトが無言で大きく肯く。

 ナイトが現れた事で運び手が出来たので、地下の駐車場に移動し、忠雄達を呼んだ。
 忠雄は、秋美の変わり果てた姿に驚き、生きていた事に涙した。
 ワンボックスに、良顕と晃以外の全員が乗り、アジトに向かう。
 ベンツの運転席に晃が座り、後部座席に良顕が収まる。
 良顕が窓を開けて
「この礼は、近々必ずさせて貰う。優駿さんにも伝えておいてくれ」
 身を乗り出しながら、右手を伸ばす。
「ああ、俺はまだ暫く日本に居る。優さんは明日帰るがな…。ああ見えても、国際的なコングロマリットの代表だ。表の仕事も忙しい」
 宗介も握り返しながら、良顕に告げる。

 その時、駐車場に灯りが戻った。
「おっ! 昌聖、ジャマーを切ったな…」
 宗介が呟くと[ズズズッ]っと独特な振動が伝わる。
「マスター!」
「これ、やな感じ」
「マジで、ヤバい!」
「早く乗れ!」
 4人が同時に叫び、素早くベンツに乗り込むと、晃はタイヤを軋ませ発車する。
 通風口から、バックファイアーのような火柱が伸び、絡み合ってベンツを舐める。
「ひえぇぇぇ〜」
 情け無い声を上げ、晃が首を竦めながらアクセルを踏む。

 ベンツの鼻先が、出入り口に向くが、いつの間にか鉄格子のようなシャッターが閉まっていた。
「どうしょう良ちゃん!」
 晃が問い掛けると
「こいつは、壊れない。行け!」
 良顕が叫ぶ。

 出入り口が近付くと、シャッターの前に黒ずくめの男が立ってのが分かった。
「優さん!」
 良顕と宗介が叫ぶが、アクセルを全開にした晃は、衝撃に備えて目を閉じ、前を見ていない。
 車の音に気付いた優駿が、振り返り迫り来るベンツと火柱に目を丸くする。
 優駿は、真上に飛んでベンツを鮮やかにかわした。
 そして、晃以外の4人は目の前に片腕の男を見つける。
 霧崎はベンツの突進をまともに喰らい、シャッターとベンツに挟まれる。
 霧崎の身体は、10p×20pの鉄格子の升目で心太(ところてん)にされた。

 ベンツが駐車場を飛び出すと、助手席に座ったナイトが、素早くギアを抜きサイドブレーキを引く。
 彼がその操作をしなければ、間違い無くベンツは正面のビルに突き刺さっていた。
 車が止まって、ギアが抜けてもアクセルを踏んでいた晃は、空ぶかしの音に驚き目を開ける。
「ギャ〜〜〜ッ」
 目を開けた晃は、フロントガラスいっぱいに広がる鮮血を見て、悲鳴を上げた。

 晃の悲鳴に
「おいおい、お前医者だろ…。こんな血ぐらいで悲鳴を上げるなよ…。だが、お手柄だ。褒美の一つでもやりたい気分だ」
 良顕が笑いながらいった。
 晃がさっぱり要領を得ない顔で首を捻ると、運転席の窓ガラスが[コンコン]とノックされる。
 晃が音に気付いて振り返ると、優駿が[ビルから離れろ]と獰猛な顔で指示を出した。
「あっ! そうだ。ここから直ぐ離れて」
 宗介が慌てて晃に告げた。

 晃は訳も解らず、車を発車させると、天井に[ドン]と振動が伝わる。
 晃がアクセルを踏み込むと、ガラスがビリビリと震え、腹の底に響く爆発音がした。
 徳田ビルの至る所に仕掛けられて居た、爆弾が爆発したのだ。
 メインの柱全てに仕掛けた爆薬は、徳田ビルを跡形も無く粉砕した。
 徳田も、全一も、徳田の家族の遺体も、全てが焼き尽くされ、瓦礫の下に消えた。
 そして、地下駐車場入り口で果てた霧崎も、同じ結果を辿る。
 現場から人を屋根に乗せ走り去るベンツを目撃した者も居たが、一瞬で消えたビル同様、都市伝説の端に加わっただけだった。

◆◆◆◆◆

 徳田ビルの向かいに建つビルの屋上で、昌聖は突如火を噴いた徳田ビルを見詰め呆然とする。
 昌聖の手には、実験を終えた[ジャマー]のコントロールボックスが持たれていた。
「えっ? えっ? えっ? な、何? 僕は、何もしてないよ…。スイッチ切っただけだよね…」
 昌聖は今まで見た事のない、火柱に驚き思わず呟いていた。
 徳田ビルを包む火柱は、まるで炎の蛇のように、くねり、絡み合い、合わさってビル全体を覆い尽くす。
 金属が、ガラスが、飴のように溶け崩れると[ドン]と言う大きな音と共に、大気が震えビル全体が中心に吸い込まれるように崩れ始め、瓦礫の塊に成るまで10秒と掛からなかった。
 昌聖が見詰める中、徳田ビルは瓦礫の山に変わり、炎の蛇を押さえ封じ込める。
 あまりの予想外の光景に、昌聖は顔面を蒼白にして後ずさり
「ぼ、僕は…悪くない! 何もしてないよ!」
[ジャマー]のコントロールボックスを抱え、その場を脱兎の如く逃げ出した。

◆◆◆◆◆

 優駿達と軽い挨拶を交わし別れた良顕は、一路アジトに戻る。
 戻る車中で、良顕は大きな溜息を吐き
「終わったな…。これで、終わった…」
 ボソリと呟いた。
「ん? そうね。奥さんも、妹さんも、アキちゃんまで助けられた。やっぱり良ちゃんって凄いわね」
 ハンドルを握る晃が、上機嫌で良顕に答える。
 その視線が、ルームミラー越しに良顕に向けられ、眉がしかめられた。
 訝しそうな視線は、引きつり始め、驚愕に変わると、晃は車を止めて後部座席に身を乗り出し、良顕の腹部に触れる。
 晃の顔が蒼白に成り
「良ちゃん! ここまで酷かったの!」
 悲鳴のような声で、良顕に叫ぶ。

 良顕は薄く笑うと
「確かに、今まで感じた事が無い…痛みだ…。そこまで酷いのか?」
 良顕が細い笑いを含ませて、晃に問い掛けると、晃は無言で前に振り返りアクセルを踏み込む。
「どうした…?」
 良顕が問い掛けると
「馬鹿! 本当に大馬鹿よ! こんな傷で普通に振る舞うなんて、どんな身体の構造してんのよ!」
 晃が捲し立てるように、良顕を罵る。
「ははは…。俺的には…至って…普通のつもりだがな…」
 良顕が笑いながら軽くいなすが、その声に力は無い。
 晃の顔が更に引きつり、形相は鬼のように変わる。

 良顕の身体が、ズルズルと下がり呼吸が荒くなり始め
「晃…悪いが…少し疲れた…。着いたら起こして…くれ…眠る…」
 晃に告げて、後部座席に横たわった。
「駄目! 良ちゃん! 寝ちゃ駄目よ! 何か喋って! 何でも良いから! しゃべり続けて!」
 晃は必死に声を掛けながら、夜の町を猛スピードで駆け抜ける。
「ん…ああ…。大丈夫だ…おれは…だい…じょう…ぶ…」
 良顕の声がユックリとした物になり、途絶えてしまう。
「良ちゃん!」
 悲痛な晃の声が、ベンツの車内に響き渡った。

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