狂牙
MIN:作

■ 第7章 それぞれの未来(さき)1

 良顕が目覚めると、そこは自室のベッドの上だった。
(ん…、ここは…。そうか、戻って来たのか…)
 良顕はベッドから出ようと、右手を動かす。
 ズキンと脳天まで駆け抜ける痛みが走り、息を飲むと記憶が戻り始める。
(そうか…。俺は、涼子にズタボロにされたんだな…。そして、帰りの車の中で気を失った…。情けない限りだな…)
 良顕は苦笑を浮かべると、自分の今の状態を把握し始めた。
(んっ! と…。両手は動く…、足も大丈夫だ…。身体は…ちぃっ…。腹の中が、引きつってるみたいだ…、そうか、破れた内臓を薬で戻したんだな…。多分、癒着か何かだ…あててて…。うおっ! 肋がフニャフニャのゴムみたいだ…。何だ? 再生中か? 何じゃこのシール?)
 良顕が身体中に張られたシールを外し、モソモソとベッドの中で動いていると、[パシャーン]ガラスが割れ、液体が飛び散る音がする。
 その音に顔を向けた良顕は、目の下にうっすらと隈を作った乙葉を見つけた。

 乙葉はグラスを取りこぼし、床に落として割ってしまったが、それに対して一切気を払わず、良顕を見詰めている。
 大きく見開いたその目に、涙が溢れボロボロと零れ落ちた。
「よっ。おはよう」
 良顕が、軽く右手を挙げ乙葉に挨拶すると、乙葉はそのまま駆け寄り、良顕の身体に抱きつく。
 声にならない嗚咽を漏らしながら、乙葉は泣き続け、良顕は乙葉の髪を優しく撫でた。
「乙…心配したか?」
 乙葉に問い掛けると、乙葉はしがみついて泣きながら大きく頷き、何度もしゃくり上げる。
 良顕はソッと乙葉の頬に手を添え、顔を持ち上げると正面から見詰めた。
 乙葉の目の隈と少し痩せた頬が、乙葉の気疲れを物語り、良顕の心に甘い感情が広がる。
「心配掛けたな…」
 優しく囁きながら、乙葉の頬を伝う涙に唇を近づけ、掬い取った。

 乙葉は[あっ]と小さく息を漏らし、良顕に身を委ねる。
 良顕は両頬の涙を拭い終えると、そのまま唇を重ねた。
[んっ]乙葉の甘い声が漏れ、頬を赤く染める。
 良顕の舌が唇を割り、侵入してくると
「んっ、ご主人様…だめです…まだ…ああん…」
 乙葉は必死に儚い抵抗を示す。
「ん? 俺を拒むのか?」
 良顕が意地悪く問い掛けると
「そんな事は…。ですが、まだお身体が…」
 乙葉の表情は蕩け切り、甘く切ない声で良顕の身体を案じる。

 良顕は乙葉を引き寄せ、首筋に唇を押し当て
「大丈夫だ…。乙葉の顔を見たら、元気が出てきた…」
 乙葉に囁くと、身体を抱きしめた。
「あぁ〜…ご主人様…。本当に…お許し下さい…」
 乙葉が抵抗にならない抵抗を口にし、言葉とは逆に良顕の身体に手を回す。
『このバカップル! あんたね、2日前死に掛けたのよ! 死・に・掛・け・た! 日本語解る? それを目が覚めた瞬間に…。ったく、馬鹿としか言いようがないわ!』
 良顕の部屋に、晃の声が鳴り響いた。
「うおっ! 覗きか? 趣味悪いぞ晃」
 良顕が驚きながら、晃に文句を言うと
『あんたのバイタルデーター、こっちでモニターしてんのよ! 急に全ての数値が消えたら、そりゃ驚きもするわ!』
 逆に晃が文句を被せて来た。

 良顕は先程外したシールを摘み。
「何だ、これってそう言う役目なのか?」
 呟くように言うと
『普通、内臓が5カ所破れて、多臓器に深刻な打撲を受けて、肋骨が粉々になった人は、2日で目覚めていきなりSEXしようなんて思わないわよ』
 晃がズケズケと指摘する。
「おいおい、SEXなんて…。ただ、心配させた乙葉をだな…」
 良顕が弁解しようとすると
『お黙り! それだけ元気が良いなら、今すぐコントロールルームに上がって来て。先に報告を受けたら、SEXでも何でもすれば良いわよ!』
 晃は良顕に捲くし立てると、通信を切った。
 乙葉はシュンと項垂れ、良顕は肩を竦める。

 良顕と乙葉がコントロールルームに入ると、仏頂面の晃、沈んだ表情の魔夜と魅夜、ニコニコと微笑むアリスが居た。
「優葉は?」
 姿の見えない優葉に気付き、良顕が問い掛けると
「優ちゃんは、あんたの[奥さん]と[妹]に付きっきりよ! どっかの馬鹿は、乳繰り有ってたけどあの子はズッと付き添ってるわ」
 鋭い嫌味を乙葉に投げ掛けながら、良顕を睨み付ける。
「まぁ、まぁ、そう怒るな乙葉も反省してる」
 良顕が、乙葉に罪を擦り付けながら晃に告げると
「あんたが悪いんでしょうが!」
 晃は間髪を入れずにツッ込んだ。

[ハハハ]と明るく笑う良顕を訝しそうに見ながら
「ねぇ…。良ちゃん…だよね…?」
 晃が恐る恐る問い掛ける。
 良顕はケロッとした表情で晃を見詰め
「ああ、俺だ。何か変か?」
 明るい表情で身を乗り出し、顔を近づけながら[ニヤッ]っと悪戯っぽく笑った。
 晃の胸が[ドキン]と高鳴る程の無邪気さと色気と獣性を秘めた微笑みに、乙葉、魔夜、魅夜、アリスが息を飲む。
 コントロールルームが、一瞬ピンクに染まったのかと思う程、女達は発情する。

 晃が強ばった顔で
「や、いや…変…じゃ無いけど…。何か…、反則っぽくない? …あっ、もう違う…」
 ドギマギと答えると、直ぐに俯いて
「と、取り敢えず、私の方の報告ね。あんたは、もう自分でも解ってると思うけど、命に別状はない。肋骨が再生するまで、1週間は安静だけどね。次に、香織ちゃん。香織ちゃんの傷は、あんたと同じような物だけど、命に別状迄は無いわ。ただ、改造された感覚が問題ね…。彼女、快楽ジャンキーにされてる。有る一定時間は、精神を保たせられるけど、それを越えたら精神が崩壊しちゃう…。これは、強い快感に晒され続けて、脳がその快感を求めちゃうの。だから、供給を止めると禁断症状のようなストレスを感じて、自分で追いつめちゃうのよ…。これは、涼子さんも同じ…」
 診断結果を良顕に伝える。
 良顕はその結果を聞いて[ふ〜ん]と小さく返事をしただけで、さしたる反応も見せなかった。

 晃は良顕のリアクションに、意外さを感じ
「香織ちゃんは、手足が完全に欠損してるし、涼子さんは…その…陵辱が強くて…。あの姿を…、戻す事は出来ないし…」
 良顕に説明する。
「アキはどうなんだ?」
 良顕が問い掛けると、晃は意外そうな顔を強め
「アキちゃんは正直、一番軽いけど一番時間が掛かる。アキちゃんは、極端に体力が落ちてる状態で、何度も細胞活性剤を使われたみたいなの。細胞の治癒力が極端に落ちてる…。だから、暫くは美味しい物を食べて、体力を回復して治療に入らないと…、今はまだ、治療にも掛かれないわ」
 秋美の治療プランを良顕に知らせた。
「そうか、アキは美味しい物を食べさせれば良いんだな。それぐらいなら、俺にも出来そうだ」
 ニッコリと微笑みを浮かべ、大きく頷く。
 そして、微笑みをスッと消しながら
「で…。さっきから避けてるが、涼子の具合はどうなんだ?」
 良顕が静かに問い掛けると、晃は言葉を呑み込み、項垂れる。

 暫く押し黙った晃は、一つ息を吐いて
「正直良くないわ…。陵辱生活もそうだけど…、最後の爆薬がかなり効いてる。胃から直腸に掛けて、殆どの細胞が毒素に侵されてるわ。その上、肝臓、脾臓、腎臓の機能が、著しく落ちてる…。[五臓六腑]って言うけど、正常に機能してるのは、心臓と肺だけよ。栄養を吸収分解出来ない上に、毒素も処理出来ない…、このままじゃジリ貧…。老化防止剤を使われて、ここまで酷使されてる人…、始めて見たわ…。体力は回復出来ないし、蝕む毒素の浸食も止められない。その上快楽中毒の発作を押さえる為、馬鹿みたいな体力を要求されてる…。助かる理由がないわ…」
 晃は沈鬱な表情で、良顕に状態を語る。
「そうか、そこまで酷い状況か…。[具合が悪い]のは、徳田の所で何となく感じた…」
 良顕は、静かに晃に告げた。

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