狂牙
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■ 第7章 それぞれの未来(さき)5

 狼狽える宗介に、優駿が笑いながら
「がはははっ! その組み合わせも面白いな。確かに、キリングドールズなら、早々誰かに後れを取らない。いや、それ以上にこの2人が駄目なら、お前の言う相手は、一生出来ないぞ」
 優駿までが賛同し、宗介は辟易する。
「私は、お気に召しませんか…?」
「どのような事でも致します。ご恩返しを…」
 魔夜と魅夜は、女の色香を放ちながら、宗介に迫った。
 堪らず宗介が音を上げ
「ちょ、ちょっと待った! 待ってくれ。今言われて[解った、じゃあこっち]なんて、単純な物じゃないだろ?」
 半分以上、承諾の答えを返してしまう。
「じゃぁ、暫くお前達は、宗介の世話をしろ。その上で、相談して決めろ。俺は、どちらが戻って来ても相手をしてやる」
 良顕が魔夜と魅夜に告げると、2人は複雑な表情を浮かべながら、承諾した。
 実際宗介に迫りはしたが、2人の心の中には、既に良顕が居り、宗介には惹かれ始めた状態だったのだ。
 27年の人生で始めて[揺れる乙女心]を感じる2人だった。

 宗介は罠に嵌められたような感じを受けながらも、優駿の微妙な変化に気付き、不思議に思っていた事を優駿に問い掛けた。
「所で、優さん…。なんで、今回はヘルマが一緒なんです? いつもは、絶対ロンドンから出さないのに」
 宗介の問い掛けに、当のヘルマも不思議そうに首を捻ると、優駿がガリガリと頭を掻き
「おい、昌聖。俺の上着持って来い」
 昌聖に命令する。
 昌聖は突然の指名に驚き
(えっ! 何で僕? 他に美咲とか、居るのに…)
 不思議そうに首を傾げると、ヘルマが困った顔で優駿を見、昌聖に頭を下げた。

 優駿の上着を持ってきた昌聖が、元の場所に腰を下ろすと、その上着を抱え込んで、ポケットの中からジュエリーケースを2つ取りだし
「今度、俺はこいつに子を産んで貰う事にした。で、俺の唯一の肉親、美咲に合わせに来たんだ…」
 右手の親指でヘルマを指し、そのまま手首を返して人差し指で美咲を指して、淡々と告げる。
 その言葉を聞いて、全員が[えーーーっ!]と大声を上げ驚き、ヘルマは両手で口を押さえ固まった。
「へ、ヘルマ。それ、本当?」
 宗介が慌ててヘルマに問い掛けると、ヘルマは首をブンブン左右に振る。
「んっ? ヘルマ。嫌なのか?」
 優駿が眉を寄せて問い掛けると、再びヘルマはブンブンと頭を振った。

 そこに美咲がピンと来て
「お兄ちゃん…。それ、誰か知ってる?」
 静かに問い掛けると
「いや、誰にも言ってない。って、言うかサプライズだから、言う訳無いだろ」
 優駿が悪戯小僧のように[ニカッ]と笑い、美咲に告げる。
 美咲は大きく息を吐き、吐き切ると今度は大きく吸い込んで
「この馬鹿兄貴! そう言う事は、ヘルマさんにちゃんと話してからする物よ!」
 出せる限界の大声で、優駿を怒鳴りつけた。

 優駿は美咲の余りの怒りにビックリして、目で昌聖に助けを求める。
「ま、まあまあ…。美咲、落ち着いて…」
 顔を引きつらせながら、美咲を宥めると
「ご主人様。これだけは、この馬鹿兄貴に言わせて下さい! 女はね、物じゃないのよ! 子を産め、はいそうですかって訳には、いか無いの!」
 美咲は昌聖に懇願し、優駿に捲し立てた。
 すると、みんなの視線が、ジッと優駿を睨み付け、無言で美咲の意見を後押しする。
「まっ、ば、馬鹿…。俺でも、それぐらい解るわ! だから、これを用意してきたんだ!」
 そう言って、黒いジュエリーケースを開き、ヘルマの前に差し出す。

 それは、ピジョンブラッドの輝きを持つルビーで、華の形にデザインされた年期を感じさせる指輪だった。
「あっ! それ…。ママがしてた奴ね…その指輪を嵌めてる写真を、見た事がある」
 美咲が誰とは無しに呟くと
「これは、橘宗家の嫁が嵌める指輪だ…。サイズは直した。ヘルマ、お前にやる」
 優駿は指輪の説明をし、ヘルマに向かってジュエリーケースを差し出す。
 ヘルマの大きな目に、涙が溢れ全身がブルブルと震えている。
「これで、公的にもお前の場所はズッと俺の横だ」
 優駿がヘルマに告げると、へたり込んだヘルマは指輪を押し抱き
「ああぁ〜マイロード…。恐れ多い…12歳で組織に買われ…奴隷として、生きて来た私に…。こんな…身に余る物を…」
 思わず号泣した。
「気にするな、お前じゃなきゃ俺の相手は勤まらん。何せ、我が儘大王らしいからな」
 優駿が宗介に視線を向けながら、言い放ち昌聖にもう一つのジュエリーケースを放り投げる。

 昌聖がそれを受け取り、蓋を開けて確認すると
「何じゃ! お前が持っとったのか」
 一也が呆れた声で、優駿に告げた。
「ええ、昌也さんに頼まれてて、保管していました」
 優駿が胸を張って言うと
「嘘付け、その言い方じゃと、忘れとたんじゃろ」
 一也が即座に突っ込んだ。
「そう言う言い方もありますね。まぁ、本人に渡ったんだから、気にしないで下さい」
 優駿は悪びれる事もなく、一也に告げると顎で示しながら
「お前の母親の形見だ。昌也さんの家に伝わってた物らしい」
 そのジュエリーケースの中身を教えた。

 昌聖は指輪を摘むと、しげしげと見詰め
「ふ〜ん…。これが、母さんの形見か…」
 呟くと、美咲の顔に視線を向け
「美咲、左手」
 美咲に左手を差し出すように告げ
「じゃぁ、これは僕がどうこうする物じゃない。美咲のここに収まるのが一番だ」
 美咲の薬指に嵌める。
 その指輪は、ピッタリと美咲の指にフィットした。
 昌聖がニッコリと笑って
「古くさいデザインだけど、我慢してね」
 美咲に告げると、美咲は胸の前で手を握りしめ、ブンブン首を左右に振った。
 目に溜まった涙が、左右に流れる。

 乙葉は目の前で繰り広げられる、2人の幸せな光景に羨ましさを感じていた。
 そんな、乙葉に思いも掛けない言葉が掛けられる。
 良顕が乙葉に振り返ると
「乙葉です。一番最初のゲームで、私の奴隷に成りました。これが、私の最大のウイークポイントです。これからも、皆さんとは顔を合わせますので、以後お見知りおき下さい」
 乙葉を一也達に紹介し、グッと抱き寄せた。
 乙葉はその言葉で、目が点に成り幸せが胸の奥から溢れ出す。

 宴が始まると、様々な取り決めが為され、連絡員として千佳が昌聖の家に出入りする事に成った。
 そして、そんな中話は涼子と香織の話に成り
「そうか…。奥さんと妹さんそんな状態に成ってたのか…。ディディ、何か手はないのか?」
 宗介がディデュェに振ると
「う〜ん…。健忘催眠でも、ちょっと難しいわね…。有る程度は、忘れさせられても、完璧には出来ない。それに、時間が経過して何かの切っ掛けで、フッと蘇る可能性も高いわ。記憶を完全に消す物が有る訳じゃないし…」
 ディデュェが形の良い額に指を当て、手段を模索する。
「あ、有るぞ。記憶を消す薬。確か、シナプス回路を切断するとか言ってた」
 良顕が口にすると、ディデュェの顔が引き締まり
「あぁ〜…、アレね。美由紀に使われたヤツ。う〜ん、そうねアレをベースにして…」
 なにやらブツブツと考え込み、一つの結論を出す。

 ディデュェは真っ直ぐ良顕を見詰め
「結果から言えば、100%の記憶消去は出来る。だけど、その為には有る事が第一条件よ」
 考えた結果を良顕に話し始めた。
「先ず、最初に絶対条件なのは、関係者全員の記憶操作を行う事。これが、重要。これが無いと、関係にストレスが溜まって、過去の記憶を呼び覚ます事が有るから。全員が構築した疑似記憶を共有すれば、ストレスは無くなってそのリスクを回避出来る。次に共有するシナリオを全員が、最初に知る事。これは、より近くにいる人には、より深い催眠が必要。細かな、感覚に至まで記憶に焼き付けなきゃ行けないし。ここまですれば、ほぼ記憶は蘇らないわ。ただ、身体の状態から考えると、そのシナリオはどうしても人体改造を受ける、奴隷でしか構築出来ないけどね…」
 ディデュェが説明を終えると
「幻肢痛とかは、治せないのか?」
 良顕が溜まらず問い掛ける。
「う〜ん…。アレねぇ〜…、多分出来ると思うけど、記憶の操作と併用は難しいわ。幻肢痛が消えなかった時、記憶はその元を探そうとするから、下手に弄らない方が良い。まぁ、選ぶならどっちかよ…」
 ディデュェが、ハッキリと良顕に告げた。

 良顕はディデュェの言葉に、暫く項垂れたが
「いや、道は開けた。あいつらが望む記憶を、あいつらに作ろう。俺もそれを受け入れる」
 気持ちを切り替え、力強く頷いた。
「どうする? 早めに対応するなら、このまま行っても良いわよ」
 ディデュェが申し出るが
「いや、まだ妻の容態が芳しく無い。容態が落ち着き次第、医師(せんせい)には正式な招待をさせて頂く」
 良顕は涼子の容態をおもんばかって、後日の依頼をする。
 それから、2時間程歓談は続き、ヘルマが優駿に耳打ちした。
 ヘルマの耳打ちに、優駿は顔をしかめ
「良顕。悪いな、本当にタイムリミットが来た。飛行機の時間だ…、また今度ヨーロッパにでも遊びに来い」
 良顕に言い放つと、返事も待たずに道場を出て行った。
 その後を追うように、2人のナイトも席を立ち、挨拶をしながら道場を出る。

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