狂牙
MIN:作

■ 第7章 それぞれの未来(さき)6

 何かと騒がしい優駿が居なくなると、道場は落ち着きを取り戻す。
「ふぅ〜…。あれも、隠密行動じゃから、自家用機を使えんで難儀しとったわ。あいつが動くと、動向を世界が探ろうとするからな…」
 一也が溜息を吐きながら言うと
「全くです。裏も表も大忙しですよ…」
 宗介が笑いながら、グラスを煽った。
 宗介のグラスが空くと、直ぐに左右からビール瓶が同じタイミングで差し出され、同じ量を注いで消える。
 魔夜と魅夜は宗介の斜め後ろで、ジッと宗介の動きを目で追っていた。
 宗介は、その視線を感じ、首筋が寒くなる思いをしながら、精一杯の笑顔を作っている。
 そんな宗介を一也はクスクスと意地悪い笑顔を浮かべ、酒の肴にしていた。

 その時、良顕の携帯電話が鳴り、良顕は慌てて携帯電話を取る。
 携帯電話の呼び出し音が、緊急時の物だった為だ。
 良顕が携帯電話を取ると、晃が慌てた声で
『良ちゃん、一大事よ! アリスがとんでも無い物見付けたの! 物は直ぐに持って来て、チェックは終わったわ。直ぐに、帰って来て!』
 一方的に話し、通話を切った。
 呆然とする良顕に
「なんじゃ? 緊急事態か?」
 一也が問い掛けると
「みたいです。私の主治医が、[早く帰って来い]と…。妻達の事かも知れません、今日はこれで帰らせて頂きます」
 挨拶を済ませて、その場を辞した。

◆◆◆◆◆

 アジトに帰った良顕は、晃の案内で処置室に入り、信じられない物を目にした。
「こ、これは…。どういう事だ…」
 良顕の言葉に
「ねっ、ねっ、凄いでしょ…? アリスがね、徳田のデーターベースを調べてて、池内の研究所で見つけたの。しかも、短期培養じゃないから、普通の細胞並みに寿命がある。これが有れば、奥さん達治せるわ」
 晃が興奮を隠せず、良顕に告げる。
 良顕が目にしている物は、陵辱前の涼子と香織の裸体であった。
 良顕の前に、懐かしい寝顔が2つ並んで居る。
「これは、クローンなのか?」
 良顕が問い掛けると
「はい、池内が徳田に対する嫌がらせ用に作成したみたいです。あの2人は、折り合いが悪くいつも争っていました。この2人が、徳田のお気に入りに加わったのを知り、家具にするつもりで、培養していたようです」
 アリスがファイルを紐解きながら、説明する。

 すると、晃がその会話に入り込んで来て
「細胞の出所は劉の奴よ。あいつが、奥さんと香織ちゃんをあんな風に改造したの。それに、本当はこんな横流しみたいな事、平気でするのはあいつぐらいだし」
 忌々しそうに、付け加えた。
 良顕はそんな晃の説明を聞きながら、震える手を伸ばし、優しく頬を撫でながら
「これは、動かないのか?」
 誰とは無しに問い掛けると
「うん、基本的な生体反射は行ってるけど、知識なんかが全く無いし、筋肉の培養も人工的に行われてるから[生きた肉の人形]が現状ね。これに、知識を与え経験をさせれば、普通の人間のように動けるらしいけど、現在その技術は机上の空論の域を出てないわ」
 晃が明確な答えを良顕に告げる。
「じゃぁ、これは…」
 良顕が言葉を選んで問い掛けようとしたが
「はい、移植用に使わなければ、何の意味も持たない肉の塊です」
 アリスが、質問の内容を察し、端的に説明した。

 良顕はアリスの歯に衣を着せぬ言葉に、キッと睨み掛けたが、その功績を思い出し
「アリス良い子だ! ご褒美は何が良い?」
 アリスの身体を抱きしめ、頭を撫でながら問い掛ける。
「あっ、あっ…。あの、アリスにエッチな事…いっぱいして、エッチなアリスにお仕置き…して下さい…。アリスを躾けて下さい」
 子供のような声音で、甘えながらおねだりした。
「ああ、解った。今夜は、アリスをお仕置きしてやる」
 良顕がアリスの耳元に囁くと、それだけでアリスの背中がブルリと震え、膝からカクンと床にへたり込んだ。
 アリスは俗に[ピーターパンシンドローム]と言う精神疾患と同じ、症状を持っていた。
 通常[ピーターパンシンドローム]は男性のみに現れる疾患だが、アリスはその疾患と全く同じ症状を持ちながら、女性と言う理由で認定されていない。
 幼い頃から、精神異常を指摘され、ねじ曲げられたアリスがコンピューターの世界に籠もるのに、そう時間は必要なかった。
 そして、その世界で驚異的な能力を発揮し、組織に関係して行ったのだ。

 絶頂を迎えたアリスを放置し、良顕達は涼子達の寝室に行き、状況を話すと
「嘘…。本当なの? 元の姿に戻れるの…? 陵辱を忘れられるの?」
 涼子は大きく目を見開き、呟くように言った。
「ああ、だがどちらか選ばなくちゃいけない。記憶を消すか、身体を戻すかだ。どちらも、一長一短だ。記憶を消した場合でも、脳が経験した快感に対する、脳内麻薬の分泌は止められない。だから、快感中毒の発作は無くならない。身体を戻した場合は、幻肢痛等から記憶を思い出す為、記憶操作は行えない」
 良顕の説明を聞いた涼子は、暫くジッと何かを考え
「記憶を消したら…、貴方の事を忘れてしまうの…?」
 泣きそうな顔で、良顕に問い掛ける。
「いや、俺の事は別の記憶で残る。感情までは操作出来ないし、出会った背景や関係が書き換えられるだけらしい」
 良顕の答えに、涼子は涙ぐみながら
「こんな私でも…また、愛してくれる…?」
 必死な目で問い掛けた。

 良顕は大きく力強く頷き
「ああ…。どんな涼子でも、俺の涼子だ…。俺はお前を愛してる」
 静かに告げる。
 涼子は、良顕にしがみついて泣き
「ごめんなさい、貴方…。私…私…、陵辱されてた私を殺したいの…。私の過去を…、惨めな過去を殺したいの…。楽にして欲しいの…」
 ブルブルと震えながら、懇願した。
 その、涼子の姿を見て、良顕は気丈な涼子がここまで成る生活を想像出来なかった。
 良顕は優しく涼子を引き寄せ
「解った…。お前が望むような過去をみんなで考えよう…。そしてこれからも、ズッと一緒に居ような…」
 優しく、背中を抱いて静かに告げる。

 方針が決まり、処置の準備に取りかかり始めると、涼子が乙葉を引き留めた。
 驚く乙葉に、涼子は穏やかな目を向け
「乙葉さん、あの人の事をお願いします。私は、こんな身体に成ってしまったから、もうあの人の横には居られないの…。あの人ね、ああ見えて凄く子供好きなのよ…。だから、私の変わりに…あの人の赤ちゃん…産んで上げて…」
 心の思いを告げる。
 乙葉の目が大きく見開かれ
「お、奥様…」
 思わず声を漏らすと、涼子は首を静かに左右に振り
「私は、もう奥様じゃない…。あの人の愛玩動物…。その人生を生きて行くわ…。奥様は、貴女が成って上げて…」
 しっかりとした口調で、乙葉に言った。

 乙葉は、込み上げる涙を堪えながら
「は、はい…。ご主人様が…許して下さるなら…私は…奥様の…ご希望に添いたいです…」
 涼子に答えると
「うふふっ…あの人なら大丈夫よ…。あの人、乙葉さんの事間違いなく好きだし、私が最後のお願いで、頼み込むから…」
 涼子は笑いながら、乙葉に告げる。
 乙葉はその言葉を聞いて、もう限界だった。
 涼子のベッドに覆い被さり、ワンワンと子供のように号泣し、何度も感謝を告げる。
 涼子は優しい顔で、乙葉を見詰めていた。

 乙葉が涼子の寝室を出ると、扉の影に良顕が立っている。
 驚く乙葉に、良顕が人差し指を当てて、口を封じると
「済まん、全部聞いた…」
 静かに乙葉に告げた。
 乙葉は目を丸くしながら、何かを言い掛けたが、良顕が強く乙葉を引き寄せ唇を合わせる。

 驚く乙葉の口の中に
「まさか、女房に次の妻を決められるとわな…。俺としては、意見を聞いてやりたいんだが…。乙葉はどうだ?」
 低く静かな質問が響き渡った。
「あっ、ご主人様…。でも、私…、奥様に…」
 乙葉が涼子を気遣おうとするが
「その本人の依頼だ…。それとも俺じゃ嫌か?」
 良顕が逃げ道を潰しながら、更に問い掛ける。
「い、嫌じゃなくて…あの…でも…」
「[でも]が多いな…。お前は、俺の何だ? お前は誰の物だ?」
 良顕が乙葉の抵抗を握りつぶし、抗えない問い掛けをすると
「ああっ…。乙葉はご主人様の奴隷です。ご主人様の持ち物です…。全てご主人様のご意向に沿います…」
 崩れるように良顕に身を預けた。

 良顕は乙葉の身体をしっかりと抱きしめ、更に舌を蹂躙すると
「これは、夢ですか…? 夢なら醒めないで欲しい…。ああぁ〜…幸せ…」
 蕩け切った視線で良顕を見詰め、問い掛ける。
「うん? これでも夢か?」
 良顕が嬲っている乙葉の舌に歯を当てると
「きゃふぅ〜〜〜ん…。ああっ、夢だわ…痛くない…気持ち良いですぅ〜…」
 乙葉は身体をくねらせ、良顕に甘え付く。
「たくっ! 馬鹿やってんじゃないわよ! 早くシナリオ決めなきゃいけないんでしょ!」
 通路の真ん中で、晃が腰に手を当て仁王立ちして怒鳴る。
 2人は、ビクリと驚いてバツが悪そうに、通路を急いだ。
 晃は乙葉の横にスッと並び掛けると
「おめでとう。まあ、乙ちゃんが奥さんなら、諦めて上げるわ」
 ウインクしながら、祝福を告げる。
 乙葉は涙ぐみながら頬を赤く染め、コクリと小さく頷き[有り難う]と小さく言った。

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