虜囚にされたOL
木暮香瑠:作

■ 寂しさと愛しさの狭間3

 営業部の部屋は、今日も活気と喧騒に満ちている。電話で取引先と打ち合わせをする者、資料を抱え部長の席へ説明に向かう者、各々がやる気と気力を顕示している。

 亮輔は、デスクでパソコンの画面に向かっていた。『取引先企業再生計画プログラム』の立案に全勢力を注いでいた。取引先の不良品率を下げ、生産性向上を目指すものだ。このプログラムの試行先に、太田産業を充てる事で、太田産業との取り引きを引き伸ばし、あわよくば太田産業の再生を図り、永劫的な取り引きに持ち込むことが出来るかもしれない。

 新規プログラムの試行先には、太田産業は最適であると思われた。まったく新しい計画に問題があった場合、優良企業では相手先に迷惑が掛かるし自社にとっても痛手だ。しかし、取り引き停止を計画していた太田産業なら、そのことをちらつかせプログラムの導入を促すことも出来るし、プログラムが成功すれば優良企業を増やすことになる。自社にとって、益は在っても損はない。もし失敗しても、太田産業との取り引きを停止すれば良いだけだ。取り引き停止は、すでに決まったようなものだったのだから……。

 しかし、亮輔には失敗することは許されなかった。もし失敗すれば、麻希の痴態が会社中の噂になるだろう。会社の中だけではない、世間の噂になるだろう。愛する麻希が、辱めを受けることだけは避けたかった。その為に亮輔は、プログラムの立案に必死になっていた。昨夜、麻希を抱いて、亮輔は麻希を愛していることを再確認した。どうしても麻希を手放したくなかった。

「亮輔さん……」
 麻希は、営業部の通路を通る時、亮輔に視線を送った。亮輔は、資料とパソコン画面を交互に見、キーボードを打っている。近寄りがたい緊迫感を、亮輔は背中から放っている。自分の為に、全神経を集中して考えを巡らせている。そう思うと、仕事に没頭する亮輔を頼もしく思った。愛する人は、この人しかいないと確信する。と同時に、太田社長に絶頂に追い込まれた自分が恥ずかしく、悔しかった。
(わたしは亮輔さんに似合う女なの? 亮輔さんの為に何が出来るの?)
 自分は、亮輔に愛される価値のある人間なのだろうか? そんな不安と共に、亮輔に対し償え切れない罪を負った気がした。

 麻希は、亮輔の仕事の邪魔をしないようその場を後にした。労務課に戻る途中、人目に付かない踊り場に差し掛かった時のことだ。ブリーフケースを手に男が、階段を上って来た。その男は、太田産業の副社長・太田隆一だった。

「こんにちは、麻希さん。会社でもお美しい、昨晩はもっとお美しかったですが……。昨晩は、いい物を見せていただきました」
 隆一は、薄笑いを浮かべながら麻希に近づいてきた。笑っているが、蛇のような鋭い視線を麻希の身体を舐めるように這わせている。
「ど、どうして……?」
 麻希は、隆一の視線の圧迫に負け壁際に押し遣られた。昨夜の記憶が蘇る。亮輔の後ろから、同じような視線を投げかけていた隆一の姿が脳裏に浮かぶ。麻希の恥ずかしい姿を見つめていた時と同じ視線に、麻希は壁に背中が付くまで押し込まれた。
「どうしてって……。一応、わたしは取り引き会社の副社長ですよ。お伺いしても何の不思議もないでしょう」
 相変わらず発せられる鋭い視線に、麻希は蛇に睨まれた蛙のごとく身動きできず壁に背を預け貼り付いていた。

「小林さんに呼ばれましてね。製作工程や検査方法の詳しい資料が欲しいと言われましてね。我が社のことを真剣にお考え頂けるみたいですね」
 隆一は、鋭い視線を貼り付けたまま言った。取引先の副社長が麻希の会社を訪れるこは、不思議なことではない。しかし麻希には昨晩のこともあり、隆一の出現に驚きと恐怖を抱かずにはいられなかった。

「わたくしも、お相手願いたいですな。親父ほどではないですが、わたしもいい物を持ってますよ。それに若い……。麻希さんをきっと満足させられると思いますよ。フフフ……」
 隆一の手が麻希の胸に伸びる。麻希は、顔をイヤイヤと横に振るが、身体は硬直し逃げることが出来ない。
「いい乳だ! 大きくて張りがある」
 隆一は、露骨に張り出した膨らみをぎょっと揉む。服の上から、柔肉の隆起に指が食い込む。
「うっ、やめてください。こ、こんな所で……」
「じゃあ、会社の外、夜ならいいのかな?」
 隆一は、悪びれる素振りも見せず指先に力を込める。そして、膝を麻希の脚の間に割り込ませ、徐々に上に持ち上げていく。

 隆一の膝は、麻希のスカートを擦り上げながら股間に向かって揚がっていく。すらりと伸びた脚を露にしながら、ついには隆一の膝は麻希の股間にまで達した。
「うっ、ううっ……」
 麻希の口から、呻き声が漏れる。隆一は胸を揉みながら、膝をグリグリと恥丘に押し当てた。
「ここが疼いてるんじゃないですか? すけべな麻希さんのことだから……」
 会社の中で甚振られる恥辱に、麻希は真っ赤に顔を染めた。
(だめっ! 負けちゃだめ!)
「ううっ、ひ、人を呼びますっ!」
 麻希は、キッと鋭い視線で隆一を睨みつけた。
「それは困った、フフフ……。夜にでも電話をしますよ、ハハハ……」
 隆一は、ニヤッと笑うとその場を後にし営業部に向かって歩き出した。
「はあ、はあ、はあ……」
 麻希は天井を見つめ、一人荒い吐息を吐いた。

 自分の席に戻っても、麻希の胸はドキドキと高鳴っていた。息も荒い。
「麻希、どうしたの? 顔色が悪いよ」
 隣の席の佳奈子が、麻希の顔を覗き込み言う。
「だ、大丈夫。何でもない……」
 麻希は作り笑いを浮かべたが、胸の鼓動は治まらないままだった。

 会社の中に太田隆一がいると思うと、恐怖感にも似た緊張が麻希を悩ました。終業の時間が来ても、胸の鼓動は高いまま続いていた。

■つづき

■目次

■メニュー

■作者別


おすすめの100冊