哀妹:芽衣
木暮香瑠:作

■ 子供と大人の境の誕生日1

 一階のダイニングには芽衣の朝食が用意されていた。他の三人は、もう、食事を終えたらしい。母は食器を片付けている。父と兄の桂は、リビングでコーヒーを飲んでいる。桂と顔を合わせるのが恥ずかしかった芽衣は、少しほっとしてテーブルに着いた。
(おにいちゃん、何もなかったようにお父さんと話、してる……)
 芽衣は、リビングの父と兄の横顔をそっと眺める。ふと、寂しさが芽衣の心をよぎった。
「芽衣、顔が赤いわよ。熱でもあるの?」
 芽衣の顔を見て、心配そうに母が訊ねた。
「ううん、なんでもない。大丈夫だよ」
「そう? なんか眼も赤いし……、夜更かしでもしたの?」
 芽衣は、今朝の出来事が気づかれるのではないかと気が気でない。母の顔を、まっすぐに見ることが出来なかった。昨夜の母の声が、まだ、耳に残っていた。
(おかあさん、いつもと変わらない……。昨日のことは、夢?)
 普段とまったく変わらない母の態度を不思議に感じた。気にしている自分だけが、卑猥なのかと気になった。

「芽衣、早く朝食を済ませてしまいなさい。プレゼントを買いに行こう。
 明日は、芽衣の16歳の誕生日だからな。一日早いけどな……」
 食事をしている芽衣に、父の恭一が言った。
「ほんとぉ。きゃっ、やったー」
 芽衣は嬉しそうに、満面の笑顔を浮かべ言った。
「あら、大丈夫そうね。プレゼントと聞いて、元気が出たみたいね」
 母の彩子も笑顔を芽衣に向けた。

 テーブルについて、食事を取りながら芽衣は、リビングの恭一に尋ねる。
「今回はいつまでこっちにいるの? いつ帰るの?」
「明日の日曜日には大阪に帰らなくちゃいけないんだ。だから今日、誕生日をお祝いしよう」
「うん!服、買ってね。黒のTシャツとキュロット。今年は黒がはやるんだよ。
 待っててね、すぐ食べるから」

 家族揃っての外出は久しぶりだ。芽衣は、気分が高揚していた。昨夜のことなどすっかり忘れている。デパートの婦人服売場で、あれやこれやと服を探した。
「どれにしようかな? ねえねえ、これなんかどう?」
 芽衣は、黒のTシャツとカーキ色のチノパンツを選んで言った。Tシャツは、ビーズで大きな花が胸に刺繍されている。パンツは、膝上5cmくらいの、裾がダブルになっているボーイッシュなものだ。
「かわいいんじゃない。芽衣に似合うわよ、きっと」
「でしょう、でしょう。このビーズの刺繍、かわいいでしょう。芽衣、これにしようかな?」
 迷っているように言うが、芽衣はもう決めていた。一週間前に、友達と来たときに、お小遣いが貯まったら買おうと決めていたのだ。
「芽衣は、また、子供だな。Tシャツにショートパンツが欲しいなんて」
 桂は、微笑みながら芽衣に言った。
(えっ、昨日は大人だって言ってくれたのに……)
 兄の一言が、芽衣には引っかかった。それと同時に、昨晩の出来事が蘇る。
(……昨日は、あんなに強く抱きしめてくれたのに……。大人だって言ってくれたのに……。
 ……おにいちゃんは、どんなのが気に入るのかな……)
 芽衣は、桂の顔をそっと覗き込んだ。桂の目線を追うと一体のマネキンを見ていた。そのマネキンは、白のキャミソールと黒のミニスカートを纏っている。キャミソールは胸がV字に開いていて、細いストラップで肩から吊られている。マネキンの身体にピタッとフィットしていて、女性らしいラインをことさら強調している。裾がレースで飾られていて、それも女らしさを醸し出している。レースの部分がシースルーになっていて、お臍が見えている。ミニスカートも、膝上20cm以上あるだろう。芽衣には、均整の取れたマネキンはとても大人っぽく見える。

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