緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第一話1

青山遥は高校生というものに夢を持っていた。テレビや雑誌では可愛らしい制服姿がもてはやされたり、甲子園やインターハイを始めとするスポーツや文化系でも高校生は注目される。
自分がそういう世界に行けるかどうかは分からないけど、少なくともそういう世界に行けた人達と同じ時間を共有することの出来る短い3年間だと思っていた。だから大切にしようと思っていた。
遥は小学生の時は地域のドッジボールチームに、そして中学生の時はバトミントン部に所属しどちらも一回戦負けレベルとはいえ関東大会まで行けてたので高校でも頑張って全国を目指そうとしていた所だった。




しかし、その夢は高校入学後僅か一ヶ月で突然終わりが来る事になってしまった───。




「あ、新潟さん。掃除ちゃんとやって下さい」
遥は掃除をやらずに仲間と帰ろうとした新潟小夜子に注意した。遥は真面目な性格で、スポーツをやっていたので後片付けの大切さを分かっていた。そういう事をおろそかにする人は決して強くなれない、とそう信じていたからだった。
「分かったわ」
小夜子はその場ではそう言ってモップを手に掃除を始めた。そして2人で掃除を順調に進めて終わると思った時───、

「あら、ごめんなさいね」

小夜子は屈んで雑巾を絞っていた遥の頭に、床を拭いて汚れた濡れモップを押し付けた。遥のボブカットの髪は泥水で汚れ、その水がブレザーも濡らした後、床に滴り落ちた。
そして小夜子が指笛を吹くと何処に隠れていたのか、先程一緒に帰ろうとしていた仲間が教室に入って来た。そして口々に遥を罵り、暴行をした。
「小夜子さんに命令するなんて死ねばいいのに」
「高校入って一ヶ月でオワコンなんて涙出るぅ〜」
「中学の時だって何人か学校来れなくしたからな」
「バーカ!」
突然牙を剥いた小夜子とそのグループに遥は困惑した。兎に角頭は守らないと死んでしまうという本能がただひたすら両腕で頭を守りながら亀のように蹲る体勢をとらせていた。
「顔は駄目よ。後殺さない程度に」
普通いじめなら顔は真っ先に標的になるが、小夜子はそうしなかった。また、最初の一撃───モップを押し付けた後は後ろに下がって仲間が遥をいたぶるのを眺めていただけだった。そして遥が動かなくなったことを確認すると仲間の間に割って入り制止した後、遥の汚れた髪を掴んだ。
「私───人に命令されるの大っ嫌いなの。解った?」
小夜子は遥が意識を失っていない事を確認してから顔を自分の方に向けさせて柔らかく、そして強い意思を込めて言った。
「……」
遥は痛めつけられて思うように動かない体を何とか動かして髪を掴まれたまま顔を小夜子に向けて見据えたが何も言わなかった。小夜子はそんな遥の態度が気に入らなかった。
教室中に鳴り響く位の強烈な張り手を食らわした。そして、
「まあいいわ。そういう態度をいつまで取っていられるかしらね。必ず降参させてあげるわ」
と言い、仲間を引き連れて帰っていった。その時一人だけ心配そうに遥を見ていた。すると、
「真由羅、早くしなさい」
と小夜子に呼ばれた。呼ばれた斉藤真由羅は、
「ごめんね」
と小さく言ってツインテールを翻して小夜子達の方へ走って行った。
教室には遥一人が残された。暫くして体が動くようになると、仕方ない───、掃除前より却って汚れてしまった教室を綺麗にしてから帰った。


それから暫くの間は、暴行を受けた事など無かったかの様に平和な毎日だった。勿論本当の意味で平和では無かった。小夜子は掃除だけではなく全ての係を人任せにして、自分は好き勝手に振る舞う女王様であり、その分の負担は小夜子グループ以外の生徒に回った。
しかし、誰も小夜子グループには逆らえなかった。このグループは少なくとも市内では有名であり、他県から入学した遥の様な例外を除いて知れ渡っていた。つまり、違う中学の出身者であっても、小夜子と同じクラスになったとわかった瞬間に一年間は終わった様なものだと諦めるしか無かった。

遥は暴行を受けた後、小夜子に直接関わるのを避けてクラスメートを観察してみた。何日か見ているうちに、最初は特定の人が小夜子に遠慮しているのかと思っていたが、クラス中がそういう諦めの中で暮らしている事に気付き始めた。
6月に社会見学という名の事実上の遠足があるが、その時の行き先の話し合いが行われ、色々な場所が意見として出た。そして多数決で決まったのが小田原だったが、その直後───。
「小田原は先週行ったわ。私は鎌倉に行きたいんだけど」
話し合いでは一言も発し無かった小夜子が言うと、今までホームルームまるまる使って話し合った事など全く無かったかの様に鎌倉に決まってしまった。
グループのメンバーは大声で騒ぎ立て、小夜子は満足そうに笑った。
ここで逆らってしまっては高校生活はなくなってしまう───。他のクラスメートは諦めて服従するしか無かった。


「小夜子さん」
その時小夜子にグループの一人が耳打ちした。小夜子が聞くとその生徒は窓側に離れた席を指差した───。

やっぱりどう考えても間違っている、納得行かない。このクラスは新潟小夜子が黒でも白と言ったら白なのか。鹿の絵を出されて馬と言ったら馬になってしまうのか───?遥はそう思いながら苦々しい気持ちを噛み殺していた。しかし文句を言うとこの間の様に暴行されてしまう。
テレビや新聞でどれだけ報道されているか───?暴行死なんてしょっ中だ。自分もそんなの受け続けたら一月生きる自信は無い。だからと言って……。真面目な遥は世の中そういうものだと受け入れてその中でうまく渡って行く器用さも無ければ術も知らなかった。

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