緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第三話1

青山遥はつい一月半前まで住んでいた地元の街に戻って来ていた。しかし、県内の高校ではなく県外の高校を受験すると言って一人暮らしをする道を選んだ事で、実家には帰れなかったし帰りたくも無かった。

遥の家庭環境はあまり良いものでは無かった。両親は男の子が欲しかった様で、女の子である遥は大事にされず、更に4年後に男の子が生まれると厄介もの扱いされるようになってしまった。だからと言って殺すわけには行かないし、児童相談所が絡んだりすると後々面倒になるので義務教育終わるまでは仕方なく育てたという塩梅だった。
そんななので遥が最初に県外の高校を受験したい、と言った時には真っ先に反対した。何故なら県外と言えば普通に考えれば私立高校であり、私立になんぞ行かれたら金が掛って仕方ない。可愛くもない子供の為に金など掛けたく無く、そんな金があったら弟に良い塾に通わせた方が余程いいと思っていた。
遥は県外の高校の名前を2つ挙げた。ひとつはバトミントンの名門私立───声を掛けられていたので行きたかった。もうひとつは、結果的に退学したが今の高校であり、公立ながら進学実績もあり、運動部も弱くはなかった。そして制服はこちらの方が気に入っていた。
両親は即答で今の高校に入れと言ったのは言うまでも無かった。そして遥が入学試験を合格すると、親戚中に連絡して殆んどタダで入れる様なマンションは無いかと探したのだった。そこで見付けたのがなかなか良いマンションで親戚の一人が経営してるものだった。家賃はタダでいいよ、ということで月に1万円も掛けずに良いマンションに住めたのである。月に1万円で邪魔な娘を追い出せればそれはもう安いものだった───。繰り返すがその生活は入学を決めてから退学するまで約3ヶ月と短かったが───。

そんなだったので、自分勝手な都合で県外の高校を受けておいて、いじめを受けたから退学して実家に戻りたいなんて言い分が通用する筈が無かった。
「退学届に判は押してやる。辞めるのは勝手だが、そんな下らない理由で辞めてうちに戻って来れるなんて思うな。バイトでもして安アパートでも探すんだな」
と、これである。遥は落胆したが、言われた通りにアルバイトを見付け、アパートも契約を済ませた。アパートに関しては両親は自分達は金を払わなくて良いのですぐに判を押してくれた。そして銭別代わりに引越代は払ってくれた。

そういう経緯で今遥は自分が生まれた街に居た。たったの数ヵ月でガラッと変わってしまっても困るが、自分が見慣れた街並みに遥は安心していた。ここなら小夜子は追って来ない、仮に追って来ても勝手が全く分からないよそ者なので遥を見付け出す事は不可能だった───。
しかし、遥はただ逃げ帰って来た訳では無かった。オナニーをさせられ、おまけに乳房に火傷を負わされた後に真由羅に言った言葉───。
「生まれ変わったら幸せになろうね」
とこの言葉を言った時には退学する決心はついていたが、もう一つ決心していた。
この言葉は逆に言えば少なくても遥自身は生まれ変わるまで幸せになる事を放棄した、という事だった。それは家庭で冷遇されていた事もある。家族と幸せに生きていたならそこから先の人生を考えて転校なりして、幸せを放棄したりしない。しかし、遥は放棄してしまっていた───。

遥は街を歩きながら色々な貼り紙、ポスターを眺めていた。辞めた高校の制服姿で。服を持っていない訳ではなく、この日はそうしていたかったからだった。
平日の昼間にどう見ても女子高生が街をウロウロしていれば人目についた。警察に呼び止められもしたが、2日前までは高校生でした、と答えて現状を説明したら警察の人も同情して、
「学校通う事が全てじゃないから───、大学受けるなら高卒認定とかあるし頑張りなさい。でも真昼から出歩くのは誤解をうけるから気を付けなさい」
と言って解放してくれた。
それから暫く街中をウロウロしていると電柱に貼ってあるチラシが目に入った。それを見てみるとどうやら空手の道場の様だった。遥はそのチラシを食い入る様に見ていた。そして、これがいい、と思った。師範が女性だったというのもあるかも知れない。
弱かったからいじめられた。遥は思った。よく、いじめをなくすには、とか特番を組まれたりするが、要は弱いからいじめを受けるのである。いじめる側だって馬鹿ではない、自分がやり返されて怪我したり命を落としたりするような相手をいじめようなんて思う訳ないのである。テレビで綺麗事言ってる評論家にそう言ってやりたい───。

遥がしたかったのは特番批判でも評論家批判でも無かった。実態からかけ離れ過ぎてる議論などどうでもいい。兎に角力が欲しかった、力無き正義は無力だった───。決められた掃除当番をサボり注意した遥をいじめにかけ、クラスで話し合って決めた決め事を自分の気分一つで変えてしまう、そんなのが許されてしまうのは自分も含め他のクラスメートが弱いからである。だから力が欲しい───。

「お姉ちゃん、さっきからずっとそのチラシ見てるけど空手やりたいの?」
遥は突然声を掛けられたので驚いて振り向くと、そこに立っていたのはランドセルを背負った小学生だった。
「え……?あ……そ、そうだけど……」
遥は突然声掛けて来た小学生に驚き、我に帰ってつっかえながら答えた。すると女の子は、
「ふーん、高校生から空手なんだ。悪い奴に仕返しでもしたいの?」
と聞いた。遥はいきなり核心を突かれた気がした。
「え……?どうしてそう思ったの?」
仮にそう思っていたとしても、何処の誰だかも分からない小学生にいきなりそれを言うのも愚かだろうと思って遥は逆に聞いてみた。小学生なのだからただ適当に言ったかも知れない───。
「だって、凄い怖い顔だったんだもん───それに」
女の子は遥の首元を指した。そこについていたのはリボン。女の子は、
「従姉妹のおねーちゃんが同じ高校でさ。おねーちゃんの赤と違って青いリボンなんだけど、もっとずっと大きいよ」
と答えた。遥はハッとした。この女の子は観察力があるし、子供だからズバズバ言ってくる。しかし、観察力があるからこそ見えた事から勝手に想像しているだけなのかも、とも思えた。取り合えず女の子と話しているのも時間は幾等でもあるから結構なのだが、空手の道場に行かなければ話にはならなかった。
「で、貴方はこの道場の師範の娘───とか?」
遥が訊くと女の子は、
「娘じゃなくて妹だよ。年離れてるけどねー」
と答えた。そして、
「とりあえず、詳しく聞かせてよ」
遥は興味津々の小学生の女の子に全てを話すのも何だか馬鹿馬鹿しいと思ったが、師範の妹だという事なので師範に会わせて貰う為に話す事にした。

近くのファストフード店に入り、メニューを注文すると、
「あたしが奢るよ。大丈夫、金持ちだから」
と屈託の無い笑顔を見せて言った。事実金をあまり持っていなかった遥は助かったが、小学生に奢られるというのもなかなか恥ずかしかった。

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