緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話3

その日の夜───。近くの川の河原の土手を歩いている女子高生がいた。彼女は何処か焦点が定まらない感じでフラフラ歩いき、そして土手を降り川の水が目の前に迫る護岸になっている所に立った。そこから真っ黒な川面まで高さは約二メートルあり、更に川の流れの外側である為底が深かった。飛込めば足は届かない。
「もう、終わりだから……」
彼女はそう呟き、鞄から一通の封筒を出して護岸の上に置いてそれから靴を脱ぎ、その封筒が風で飛ばない様に重石にした。

遺書

封筒にはそう書いてあった。彼女は、思い残す事が沢山ありまだまだ生きたい───本当は死にたくは無いのだがもう生きていても辛いだけなので死んでしまおうと思い、遺書を書いてここまで来た。川に飛込んでしまえば水はまだ冷たい、体温を奪われてゆっくりと静かに死ねる算段だった。

「中村和歌子さん───?」

その時声を掛けられた。そして死のうとしていたのは、中村和歌子。ツインテールにやや強気そうな顔が印象的な生徒だが、今は強気処か生きる事に疲れ果てている様子だった。昼間にされた仕打───、小夜子の「テントの刑」で思い切り恥ずかしい姿でイカされた後、更には下腹には火傷をさせられた。その為これ以上は生きられないと思って入水自殺を図っていたのだった。しかし、声の方に振り向く様はかつての和歌子だった。
「誰っ!?」
死にそうな声でブツブツと呟いていた今までとはうってかわり張りのある声で叫んだ。しかしそこには誰も居なかった。すると、
「死にたいのは止めないけど……同じ死ぬなら」
と声が聞こえた。和歌子はもう一度声の方を向いたが姿は見えなかった。和歌子は業を煮やし、
「陰でこそこそ見てないで姿見せなさいよ!私が死ぬ所見たいんじゃないの?」
と叫んだ。すると、
「隠れて……ないよ。目の前に」
と声が聞こえた。和歌子はもう一度声の方を向くと声の主は目の前に立っていて、和歌子は腰を抜かした。一体どうやって目の前に来たのか全く想像もつかなかった。
声の主は暗くて色の判別は難しかったが黒いスニーカーに紺の靴下、そして和歌子と同じだが見た目股下十五センチ位と和歌子よりもかなり短くしているスカートに同じブレザー、つまり同じ高校の制服に身を包んでいた。リボンも同色同柄なので同じ学年である。しかしその声は初めて聞く声だった。
そして更に視線を上げると、声の主はボブカットの髪型に顔をスッポリと隠す不思議な色を釀しだす面を着けていた。
「だ……誰?───新潟小夜子に私が死ぬ所でも見てこいと───!?」
和歌子は巻くし立てたが自分が言った今の言葉は間違っていることは直感的にわかった。何故なら小夜子グループにはこの様な声の人は居なかった事、見た目斉藤真由羅に体格が近いが真由羅以外に身長160代後半は居なかった事、そして小夜子は人に命令してやらせながらも必ず自分がその場にいて見届けていたからだった。見渡しても小夜子の姿は見えなかった。小夜子は隠れて見る様な性格では無く、ましてや隠れる必要等何処にも無かった───。
つまり、この見知らぬ同級生は小夜子とは無関係な人物、ということだった。
「違うよ。その新潟小夜子を何とかしたいと思わない?死ぬのはそれからでも遅くないよ」
声の主は小夜子の仲間である事を否定した。すると和歌子は笑った。
「何処の誰かも判らないあんたがあの女をやっつけるって?無理、無理よ。仲間が何人居ると思ってるの?」
そうまくし立てると、声の主は川面に視線をやり、
「知ってるよ───全て。新潟小夜子だけじゃなく仲間の顔も名前も何処に住んでるかも」
と答えた。和歌子はそれを聞いて呆れた。
「なら尚更敵わないじゃん。もう私は終わり、どっちにしろ」
とだけ言った。すると声の主は、
「そう……ならばもう話す事は無いよ。でも二日は我慢して様子を見てからにしたらいいんじゃないかな。何も起こらなかったら───好きにするといいよ」
とだけ言って和歌子の前から立ち去った。和歌子は気付いた、この人音を立てずに走った───だから自分はこの人が近付いても気付かなかったのだと。何をやってそれを身に付けたのかは知らないけど、それだけの事をやって来たのだろう。だから新潟小夜子をどうにかしてしまおう、とまで言えるのかも知れない。
和歌子は靴を履き直し遺書を拾って鞄の中にしまった。
「ならあんたの言う通り、二日間だけ死ぬのは延期するよ……」
そう言って和歌子は帰った。

次の日───。和歌子はああ言ったものの小夜子にまたいじめを受けると思うと気が重くなった。それでも何とか学校に行くと、何時もと様子が違っていた。
一人欠席がいる、とだけ言えばごくありきたりな事に過ぎないのだがその人の欠席理由が、
通り魔に暴行されて入院、犯人は制服姿で同校の生徒であり被害を受けた生徒が話した犯人の蝶ネクタイの色からも同学年と断定、という事だった。
という事で更に被害者が小夜子のグループのメンバーだったので大騒ぎになっていた。一方小夜子は表面上は落ち着いていて、
「私に逆らおうなんて何処の命知らずかしら」
と言っていたが、小夜子自身が知っていた事実───少なくとも市内の同学年には逆らえる人など居ない───この事が逆に犯人像を判らなくしていた。だとしたら市外から態々小夜子のグループを知らない人間が来て暴行をしに来るのだろうか?ご丁寧に同じ制服を着てまで───。
「誰にしろ、私に逆らうとどうなるか教えてやるわ」
小夜子は早速自分の影響力を誇示する様に、他校の仲間にSNSで一斉送信し、次々に帰って来る返信に満足そうに笑った。その後和歌子を見たが、和歌子は下を向いているだけだった。和歌子ごときに何か出来る筈が無い、小夜子は思った。

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