緑色の復讐
百合ひろし:作

■ 第四話6

友近は遥の指を見てからあるものに注目した。それは───カウンター。各ページの閲覧者数が出ていたが、ギャラリーが断トツで多かった。表のサイトではギャラリーに載っているものは校舎の写真だったが、裏サイトは───。
「これは……呆れたな」
友近は呟いた。日付順に並んでいてそこをクリックすると顔にモザイクが掛った女子が制服を脱がされて何かをやらされている写真が沢山載っていた───。顔にモザイクが掛っているものの、一番新しい写真集にはご丁寧に『中村和歌子が』と名前があったのでモザイクの意味が全く無かった。和歌子は最初は英語の補習をやらされてた様な感じで下着姿で教科書を持って読んでいる様子だった。
それが段々エスカレートしていき、遥と同じ様に保健の授業もやらされていた。そこにはこう紹介されていた───。
『中村和歌子が教えるオナニー』
と。自分が受けた仕打やこの手口から九割九分九厘新潟小夜子の仕業であると思ったが、何処かで違っていて欲しい気持ちがあった。しかし、最後に残った僅か一厘の希望も絶たれた───。
「まだ……やってたんだ……」
遥の声は震えていた。新潟小夜子の姿は勿論名前も何処にも無かった。遥が見たのは和歌子を取り囲んでる小夜子グループのメンバーらしき者達の中に映っていた自分とほぼ同体格の大柄な生徒の姿───。
和歌子の制服を持って隣に座っている彼女は顔にはモザイクが掛っていて建前上は誰だか判らない様になっていたが、真面目にかつ可愛く着こなした制服とツインテールの髪型で斉藤真由羅だとすぐに判った。真由羅がそこに居るという事は、完璧に小夜子の仕業であった。
遥は両手で顔を覆って座り込んだ。友近はパソコンの画面から視線を外し、遥を見た。ただ見ているだけで声は何も掛けなかった。この遥の様子を見て声など掛けられるだろうか?答えは否───。
友近は顔を覆ったまま座り込み小さく肩を震わせている遥を暫く見ていた後、パソコンの画面に視線を戻し、今まで見ていたページを閉じてギャラリーの過去をたどっていった。すると他の投稿写真の合間に時々小夜子のグループのいじめ画像が投稿されていた。流石裏サイトを名乗るだけあって小夜子グループ以外の写真もどれも非常に質の低い、低脳な連中が上げたものとしか思えなかった。これが全てではないにしろ青山遥が目指して行った県外の公立進学校の姿なのかと───。そしてたどり着いた二年前の日付───。
「これが……青山さんがやられた件か」
友近は声に出さずに思った。下着姿の遥がハンドボールの補習という名目でボールをぶつけられる等好き放題やられているものや苔まみれになりながらプールで泳がされたもの、そして───。

「いいだろう。このグループの事は一つ残らず調べてやる」
友近は言った。彼にとって同じクラスだった遥は憧れでもあった。自分は勉学など知識の豊富さしか誇れるものが無かった、いや───無いと思い込んでいたが、彼が一人で図書室で自習してた時に声を掛けてきたのが遥だった。
『萬田君が仕切ってくれたら多分うまく行くよ……でもそう言うだけだと無責任だから、私もやるよ』
友近は何処か斜に構えていた学校生活だったが、この件で自分の知識を初めて周りの為に使った気がした。仕切るのは初めてでなかなかうまくいかなかったが、遥がサポートしてくれて文化祭でのクラスの出しものは表彰される程の完成度になった。
青山遥は決してクラスのムードメーカーだったり、明るさを前面に出したりするような人では無いが、一生懸命さが友近を動かしそして友近を通してクラスも動かした───。友近はその時の経験が今でも活きているのである。
そんな遥が、そういう姿勢とは真逆のグループによってこんなに酷いことをされ、退学してしまったのだ。
「今度、その高校の近くに行ってみる。何か掴めるだろう」
友近は言った。遥はそれを聞いて顔を上げた。
「ごめん……」
そう謝った。それから立ち上がってから画面に向かって指をさした、
「このコ、斉藤真由羅って言うの。可哀想な奴隷───」
遥は感情の込もっていない声で開かれていた『青山遥のオナニー教室』と題された写真の一枚に写っている真由羅の姿を指して言った。遥は僅かに復讐に走らずにいようといった気持ちが残っていた。自分が弱いからいじめられたという現実から、桜流忍術を身に付け、そこそこ強くはなったのでこれからも修行を続けてもっと強くなれば良い、そして自分は決して人をいじめたりしない───それでいいじゃないか、それでいじめを無くす運動に参加して行けばいい、という気持ちもまだ残っていた。しかしそれでは小夜子の暴走は止まらない事を思い知らされた───誰かが成敗をしてやらなければならなかった。元々忍術を始めた時点で自分の将来と引き替えたのだからここは行動に移すべき、と最後の決断をするには充分だった。友近は遥のその声、可哀想な奴隷、との言葉に並々ならぬ決意を感じ、
「解った───」
と答えた。


そして一週間後に友近から連絡を受けた遥は全ての情報を手に入れた。彼は更に小夜子によっていじめを受けた全ての犠牲者の名前も入手していてそれも遥に渡した。因みに真由羅は三人目、そして遥は五人目だった───。
アパートに戻るとクローゼットとはとても言えない、押し入れの中に一本棒を通しただけの様な所に掛っている数着の服の中から、ここ最近全く着ていなかった一着の服を出した───かつて自分が通っていた高校の制服。そしてタンスからはワイシャツと半分になったネクタイを出して着替えた。
カーディガンとブラウス、そして赤いミニスカートを脱いで白地に赤いリボンの付いたセットの下着姿になった後、ワイシャツ、ネクタイ、スカート、ブレザーと身に着け、久し振りに制服姿になった。桜流に行き始めの頃までは制服を着てる事もあったのだが、それから二年近く経っていた───。
クリーニングに出した後カバーを掛けて吊していただけだったので汚れは無かったが、有り難みの無い懐かしさやちょっとした古着感がありそれが二年の歳月を感じさせた。しかし、その制服を着ることをやめさせた新潟小夜子は二年経っても相変わらず一人の生徒をいじめ抜いて、特に遥の後にターゲットになった人は哀れ───自殺していたのである。
しかし遥はその人を可哀想だとは思わなかった。何故ならその生徒は遥を裏切った二人のうちの一人であり遥の最後の居場所を奪った存在だったからである。とは言ってもざまあみろ、といった感情も無かった。遥の頭の中からその人との思い出等が過去のもの処か消去していたので何も感じなかった───。
因みに遥の知る所の話では無いが小夜子にとって彼女は遥をおとす為に利用し、それが終わったら───いや、遥をおとす事が失敗に終わったので利用価値が無くなり、全ての責任を押し付ける感じでいじめ殺してしまったというのが真相だった。
つまり、小夜子の性根───二年経ってもそれだけは何も変わっていなかった。

遥は脱いだ普段着を綺麗に畳んでタンスにしまった。それから高校に行く時使っていた鞄を手に取りその中に面を入れてアパートを出たのだった。制服だけでなく鞄まで取って置いたのは全てはこの日の為───向かった先は川の土手だった。

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