MS-T
百合ひろし:作

■ 序文

「出来た!出来たぞ!!」
とある山の中の研究室───。まだ日本にこんな所があったのかと思いたくなる様など田舎で一人の博士が声を上げた。
今までの数多くの実験が行われただろうこの部屋の壁は所々ドス黒く染まり、更に異様な臭いも漂っていた。しかし、博士はそんな事は意にも介さず赤いスイッチを入れる。するとコンピュータからベッドの上へと繋がる配線に電流が流れ、ベッドの上に横たわる人間の頭に被せられたヘルメットの様な物を通じてその者の意識を何処かから此方の世界へと呼び寄せた。
「……う……ん……」
僅かに声を上げ、手足の指を動かす───。脳波正常、心拍数正常、心電図も体温も正常───。
声の主はゆっくりと体を起こした、いとも簡単に。そして博士のヘルメットを外す指示を受けると両手でヘルメットを脱いだ。その間に両腕両足その他につけられていたセンサーやら生命維持装置も外された。

博士は、
「フンフンフン……アイドルみたいじゃな……」
と女性アイドルの様なその者の顔を眺めて目覚めた顔も自分好みだと満足そうに笑った後、
「お前の名前は高橋伊織じゃ、これからワシのいう任務をやるために山を降りてもらうぞい」
と伊織の髪に指を通しながら言った。
「私は───高橋……伊織……」
声帯が話すことに慣れていない為か話し方はぎこちなく少しガラガラ声だった。上半身を起こしていたが、その姿勢で見下ろしたベッドは僅かに残る記憶を辿るともう少し近かった気がする。それがどういう事か理解できなかったのとそれ以外の記憶と呼べるものは幾ら探しても、誰かにに手を引かれていた事しか見付からなかったのでそこで探すのをやめた───。

山を下りて二週間後、伊織は大都市でもなく田舎でもない、いわゆる中核都市A市にあるB高校に編入した。毎日話す訓練はしていたのでその頃には話し声もガラガラが取れて普通に話せる様になっていた。その高校はA市の中でレベル的には中の下なのでそれも丁度良かった。中の下とは言っても習った覚えの無い事でも試験でスラスラ出来たが何故だろうと考える事は出来なかった。

編入生は珍しい為か伊織は早速色々と聞かれたが、それの答えも『きちんと用意されていた』ので誰も不審に思わなかったしそれ自体が伊織の正しい記憶に刷り変わっていた。
一方博士の方は伊織の状態をモニタリングしていた。いくつかの大きさ数ミリという小型カメラを付けるように伊織に指示を出していて、伊織は忠実に守ってそれを付けたので伊織の今の様子がPCで見ることが出来た。学校の机に付けたカメラには伊織の姿が無いので席にはついてない事がわかる。また、鞄に付けられたカメラの画像は上下左右に揺れている事から伊織は鞄を持って歩いているとわかる───鞄にカメラが剥き出しでぶら下がっていたらどう見ても不審なのでそうならないように鞄にぶら下げている熊の縫いぐるみの目がレンズになっている、という仕掛けである。この時縫いぐるみは明後日の方向を向いていたので、伊織の姿ではなく道路脇の電線や街灯をゆらゆらと映していた。
「ガタッ、ゴトッ……」
同時にそのPCからは熊の縫いぐるみが揺れたり鞄にぶつかったりするノイズも聞こえていた。熊の縫いぐるみの耳にマイクが入っているという徹底振りであった。

伊織は外れのボロアパートに向かい、そこに着くと軒下に自転車を置き、金属製の階段を登って二階の奥の部屋のドアを開けた。
「ただいま」
と言うと奥から、
「おかえり」
と博士の声が返って来た。そう、ここが今の博士の研究所である───山の中の方は取り敢えず閉鎖して。博士はモニタの並ぶ部屋から出て来て、
「どうだ?学校は楽しいか?」
と他愛もない話題を振った。伊織は肩まである髪を手で軽く後ろに流して笑顔で、
「うん、楽しいです」
と答えた。友達も出来たようでこれから充実しそうな予感だ。博士はそれを聞いて、
「それは良かった」
と笑って言った。それから色々と伊織から学校の話を聞いたりしていたがその時は既に笑っていなかった───。

伊織が風呂から上がり寝たのを確認し、それからモニタを見たが、そのモニタが何を意味するかは解らなかった。示している内容は全て正常だったが、neckと記されたモニタの波形が僅かに動いていた。博士はそれを見てから何やら呟き、メインのPCのキーボードを叩いた。

アパート出る時に、帰りに河原に行くように指示を受けていたので伊織は授業が終わった後友達と別れ、河原沿いの土手を歩いていると、ワイヤーの様な物が腕に絡まった。伊織は本能的に身の危険感じ、ワイヤーを引っ張りその方向を見た───しかし誰も居なかった。兎に角危ないのでワイヤーの出ている方に二歩歩き警戒した。すると攻撃が飛んで来て、避けたが思わず尻餅を着いた。その時に放り出された鞄───それについている熊の縫いぐるみは、短いスカートはあわれにも捲れその役割を果たして居ない様子を鮮明に捉えていた。

「白丸出しの癖に───随分落ち着いてるわね」
相手はマスクを着けていて顔が判らない女性だったが丸出しになっている伊織のパンティの色を呟いた後、
「覚醒して間もない人間の動きじゃ無いわね……」
と呟いた。伊織はパンティが丸出しになってると言われて恥ずかしくなり顔を赤くしながらも、
「貴方は誰!?」
と声を上げた。覚醒して間もないとは何の事を言ってるのか理解出来なかったので考えることをしなかったが相手が誰だかは知って置いた方が良いと思ったので聞いた。しかしここで相手が答えてくれる訳が無い───。それから相手は伊織が立ち上がるのを態々待った。伊織はスカートの裾に指を入れて軽くパンティを直しそれからスカートを叩いた。そして相手を見据え間合いを取った。

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