夢魔
MIN:作

■ 第21章 暗躍2

 竹内家の使用人は、全て売れ残った奴隷達で構成されている。
 竹内のオモチャで、責めに有って死なず、生き残った奴隷は売られて行くか、見せしめで殺されるか、朽ち果てる迄竹内家で働かされるかのどれかだった。
 売られた者は買った人間により、マシな生活を送る事は可能だが、使用人になった者はいつ自分が死ぬか解らない。
 竹内家の使用人の全て、生殺与奪に関するまで、執事の佐山が握っている。
 佐山の命令・指示は絶対なのだった。
 何故なら、佐山は催眠術という特技を使い、更に薬物を与え、使用人の精神を雁字搦めに、掌握している。
 佐山が言う事は、どんな非現実的な事でも、使用人に取っては、それはリアルなのだ。
 佐山が[腕が折れてるぞ]と言えば、その瞬間腕が折れ、[熱くて火傷するぞ]と言えば、指摘された部分の肌が爛れる。
 それが、催眠術と薬物を使った、佐山の支配だった。

 佐山の支配の元では、使用人の命は皿一枚より軽かった。
 現にこの運転手の友人は、皿を割ったせいで、佐山に命じられるまま、全身の皮膚が爛れ狂死した。
 そんな支配の中、運転手の彼女もたった今、自分の命を拾ったのだ。
 運転手は、このコンマ数秒で、廃棄処分から免れ、代償を支払う事になった。
 運転手が差し出した代償[快楽]とは、文字通りの物だ。
 だが、佐山に制御された脳は、それを際限なく増大させる。
 気が狂う程の快楽が、際限なく続くオナニーをしながら、佐山の前であらゆる体液を流す。
 それが彼女の差し出す代償だった。
 気が触れなければ、生き続けられる。
 そんなレベルの事が、佐山の支配する使用人達には、日常だった。

 沙希の宿舎があるマンションの前で、庵と沙希は別れる。
 庵の背中を見詰める沙希が、突如崩れ落ちた。
 佐山はその光景を見詰め、ニヤリとほくそ笑む。
(何かショックを受けたな…それが大きければ大きい程、俺の催眠術は入り込んでゆける…)
 ベンツを降りた佐山は、音を立てずに沙希の背後に忍び寄る。
 ショックのために、佐山が近付いた事にも一切気付かない沙希。
 佐山は沙希の前に回り込み、しゃがんで沙希の目線に顔を合わせる。
 突然現れた、佐山に沙希が警戒すると
「久しぶりだね…今朝は解らなかったようだけど…。こうすれば思い出してくれるかな…」
 そう言いながら、携帯電話を取り出し、沙希の目の前でダイヤルする。

 訝しむ沙希が、自分の携帯電話が鳴っている事に気付き、取り出して受信の番号を見る。
 沙希は番号を読み取った瞬間、目線がぼやけボーッとし始めた。
 虚ろな表情を浮かべ、携帯電話を耳に持って行く沙希を、佐山は笑いを噛み殺しながら見詰める。
 佐山は携帯電話を持ち上げると、沙希を目の前に話し始めた。
「さあ、立ち上がって黒い車に乗るんだ…。車に乗ったら、電話を切って指示されている行動を取り、眠りに着け…深い深い眠りだ…」
 佐山がそう言うと、沙希はフラフラと立ち上がり、呆然とした目で辺りを見渡す。
 佐山は立ち上がり、後ろで控えていた車を呼び寄せる。
 ベンツが寄ってくると、沙希は後部座席に乗り込み、携帯電話を切って、着信履歴を消す。
 携帯電話をポケットにしまうと、沙希は糸が切れたように眠りに着いた。

 佐山が後部座席に乗り込むと、ベンツは音もなく滑り出す。
 佐山の横で沙希は丸くなり、スヤスヤと眠っている。
 佐山は腕を組みながら、沙希を見下ろし
(いい女になったな…俺が初めて見た時は、まだ尻の青いガキだった…母親共々、あの爺さんに買われた自分を呪うしかないんだ…。まぁ、売らせたのは俺だがな…)
 佐山は、可笑しくて堪らないと言う、顔で笑い始める。
 運転手はその笑い声を聞き、自分の身体を締め付けられるような恐怖感に襲われる。
(ご主人様が…この笑いをする時は、誰かが必ず破滅する…私でありませんように…)
 ブルブルと震えながら、車を竹内の家に向けた。

 竹内家に着いたベンツは、そのまま車庫の有る使用人棟に向かう。
 2階建ての白い校舎のような建物は、竹内家の使用人達が寝起きする場所であり、牢獄でもあった。
 この時間竹内の住む本館には、10人程が詰めているが、この棟には更に倍の20人以上が控えている。
 ベンツを降りた佐山が、玄関に立つと扉が開き、使用人達が頭を下げて出迎えた。
 佐山の後ろには、薄目を開けた沙希がボンヤリとした表情で、追従している。
 その姿はフラフラと揺れ、まるで夢遊病者のようだった。

 佐山が廊下を進むと、姿に気付いた使用人達は、作業の手を止め深々とお辞儀をする。
 竹内家の使用人は、必ず身体のどこかが欠損していた。
 眼帯をしている者、マスクをしている者、びっこを引いている者、腕のない者様々である。
 みんな竹内の暴虐により、その身体を欠損させていた。
 運転手をしていた女性は、車を止めた後、左足を引き摺りながら、急いで佐山の元に戻り、佐山に追いつくと呼吸を静かに整えながら付き従った。
 目的の扉に近付くと女性はスッと進み出て、部屋の扉を開け緊張した面持ちで、横に控え頭を下げる。
 その扉の奥は、佐山の自室だった。

 佐山の自室は異様だった。
 部屋の中には全裸の美女が、10人程様々な格好をしている。
 だが、その女性達は、そのポーズのままピクリとも動かないのだ。
 催眠凝固。
 身体が緊張し、自分の意志では動かす事が出来なくなり、石像のように固まってしまう催眠。
 彼女達は佐山によりそれを掛けられ、自由を奪われていた。
 彼女達も身体に欠損がある事から、竹内の家の使用人だと推測できる。
 生き地獄以外の何物でもない境遇の中、彼女達は命に固執するよう暗示を刷り込まれ、自ら死ぬ事も出来ず、ただただ存在し苦しみ抜いていた。

 佐山が上着を脱ぐと、運転手をしていた女性が、スッと進み出て受け取り、それを両手を差し出したまま立ちつくす、女性の腕に掛ける。
 この女性はハンガーだった。
 佐山は無言のまま、踞った女性の背中に座り、手を差し出す。
 佐山の差しだした手の指に、運転手をしていた女性が煙草を挟み、素早く火を付ける。
 この部屋には10人以上の人間が居るが、動いているのはこの2人だけで、声や物音を立てる者は、誰1人居なかった。
 それは、この館に入ってから、誰1人口を開く者が居ない事から、なにがしかのルールなのかも知れない。
 痛い程の沈黙の中、煙草を吐きだす佐山の息の音だけが、妙に響き渡る。

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