夢魔
MIN:作

■ 第21章 暗躍3

 佐山の自室の中で沙希は、半目を開けた状態でフラフラと揺れながら、立っている。
 佐山に掛けられた催眠術で、沙希は既に自由意志を無くしていた。
 扉の前でフラフラと揺れる沙希を、ジッと見詰め佐山は、初めて沙希を見た時の事を思い出す。
(もう1年半になるのか…あの女が死んでから…。中々、良い女だったが、最後は酷かったな…。あんまり破損が酷すぎて、処分に困ったが…あの女のお陰で、今の死体処理システムが出来たんだ…俺にとっても役には立った…)
 佐山は沙希の母親の死亡理由を知っている、数少ない人間の1人だった。
 沙希の母親の死亡理由を知っているのは、刑事の榊原と伸一郎だけだ。
(まぁ、あのおっさんは、多すぎてもう忘れてるだろうけどな。あの刑事も揉み潰した本人だし、俺は後催眠を掛けた手前、ライブラリーに残してた。それに、家庭一つ潰したんだから、忘れるわけにもいかんだろ…)
 佐山はクククッと含み笑いをすると、沙希を見る。

 佐山は沙希を手招きすると目の前に立たせ、ユックリと口を開く。
「さあ、どうしたんだ…あんな所で座り込んで、何があったか教えて呉れないか…」
 低く響き渡るような声が、目の前で佇む沙希の耳朶を打つ。
 沙希はフラフラと揺らぎながら
「庵さまに…わすれろ…っていわれたの…」
 寝言のようにブツブツと呟き、佐山に答える。
 佐山は更に尋問を繰り返す。
 沙希は問われるまま、寝言のように呟き、全てを佐山に語った。
 全て聞き終えた佐山は、ニヤリと笑い沙希を手招きする。
 沙希は佐山の指示通り、佐山の腕の中に身体を投げ出した。

 佐山は沙希を抱えながら、ユックリと声を掛けて行く。
「そうか、辛かったね…悲しかったね…ショックだったね…」
 佐山の声を聞いている沙希は、コクン、コクンと頭を振り、ハラハラと涙を流し始める。
「小父さんが聞いて上げよう…何でも話してご覧…話すと心が軽くなるよ…。さあ、話してご覧…」
 佐山は沙希を優しく撫でながら、耳元に囁く。
 沙希の口から、佐山が与えたキーワード[辛かった][悲しかった][ショックだった]に対する言葉が、次々とこぼれ落ちる。
 佐山は沙希の口から漏れる言葉をニヤニヤと笑いながら拾い集めた。

 ある程度の情報を得た佐山は、次に言葉を変え
「悲しい事は記憶の底に沈めてしまおう…。楽しい事を考えて、悲しい気持ちを追いやるんだ…。さぁ、気分を変えてご覧…」
 沙希の心を誘導した。
 沙希の涙がピタリと止まり、薄く笑顔が浮き始める。
「ほら、楽しい事…嬉しい事…気持ちいい事を話してご覧…」
 沙希は佐山の誘導に従い、薄く笑って、キーワードに対する言葉を次々に紡ぎ出した。
 佐山はそれらの言葉も、拾い集め情報を溜めて行く。

 沙希の告白が終わると、佐山は拾い集めた言葉を、頭の中で繋ぎ合わせ、ある形を作る。
 沙希の中で多大な影響力を持つ、2人の人物像。
 沙希の持つイメージの柳井稔と垣内庵。
 佐山はその人物像を、少しずつ歪め始める。
 沙希の言葉を使い、それを繋ぎ合わせ、沙希の持つ人物像を歪めて行く。
 柳井稔に対しては負のイメージ、垣内庵に対しては、稔に引き摺られて、愛する自分から離れて行くというイメージ。
 そのイメージに導く言葉を、頭の中で組み上げ、シナリオを形作って行く。

 佐山はこう言った作業が得意だった。
 稔のように、精神的に傷を負った者を、治療する催眠の用法ではなく、自分の思うままに人の記憶を操作する催眠が、佐山の最も得意な、催眠だったのだ。
 それ故、表舞台から追い出されたにも係わらず、佐山は自分の欲望のため、その技術を磨き続ける。
 現在の佐山の催眠技術は、あらゆる者のあらゆる記憶を書き換えられる程、研ぎ澄まされていた。
 そう、佐山の自室にいる女性達が、人ではなく物だと思い込む程、佐山は人の精神を弄ぶ技術を身に付けていたのだった。
 彼女達は、佐山の欲望を満たす玩具であり、佐山の邪な技術を磨くためのモルモットである。
 彼女達は佐山の支配の中で、決して安息する事を許されない、憐れな人形でしかなかった。
 その陳列棚に、沙希は今並べられようとしている。
 自分の母親が死ぬ事に成った、男の手によって。

 数十分を使い、その道筋とシナリオを作り上げた佐山は、ニヤリと笑って沙希を見詰め、口を開く。
 佐山はシナリオ通りに沙希の言葉を誘導し、結び合わせ、沙希の記憶をねじ曲げて行く。
 それは時に優しく、時に強く叱咤し、形作られていった。
 その結果、沙希の記憶は、佐山の言うとおり、変貌を遂げる。
 1時間が過ぎた頃、沙希の記憶の中には、柳井稔は極悪で狡猾なサディストになり、垣内庵は自分が眼を覚まさせなければ成らない、愛する人と成っていた。
 佐山は更に、沙希に1年半前掛けた催眠を元に、自分の記憶を植え付け始める。
 更に1時間半が経過した時、佐山の催眠は完成した。
 その結果、催眠を掛けた佐山は、沙希にとって理解ある恩人で、沙希が[全てを掛けても従う人]と言う、位置付けに成っていた。

 沙希に掛けた催眠を定着させるため、佐山は沙希を眠らせ、頭の中で疑似体験をさせる。
 沙希の記憶の中で、稔は佐山の言うとおり極悪で狡猾なサディストを演じ、庵はそれに騙されている人間に変わる。
 沙希自身が愛する感情はそのままに、庵の言動の記憶が変えられて行く。
 佐山の都合の良いように、沙希の記憶は、沙希自らの手で書き変えられて行く。

 佐山はユラユラと揺れる沙希を見ながら、運転手を呼びつける。
 運転手の女性は、佐山に呼ばれるまま、その足下に跪く。
 佐山は手振りで、女性に洋服を脱ぐように示す。
 女性は、指示のまま身に付けている物を全て脱ぎ去り、全裸になった。
 女性の身体は、とても正視できる物では無かった。
 細身の身体に、たわわな乳房を持っている女性の裸身には、無数の傷が有った。

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