夢魔
MIN:作

■ 第22章 教師8

 招集は解散に成ったが、校長室には5人の人間が残っている。
 校長、教頭、指導主任の3人に、稔と黒澤だった。
 教頭と指導主任が3人掛けのソファーに腰を掛け、その正面に置かれた一人掛けのソファーに校長が座り、稔が上座に置かれた一人掛けソファー、その正面に黒澤という配置で席に着いている。
 黒澤は浅く腰を掛け、両膝に両肘を乗せ、5指の指先を合わせて力無く垂らし、ジッと正面から稔を見つめていた。
 稔もまた同じような格好で、黒澤の視線を受け止めている。
 3人の教師達は、ピリピリと高くなる校長室の雰囲気に冷や汗を掻き、ただ黙って成り行きを見守る。

 そんな中、稔の口が開き言葉が流れ出す。
 その言葉は流暢な米語で
「僕だけが、貴方の素性を知っているのは、アンフェアですか? でしたらお調べ下さい。但し、僕はNSAの監視下に置かれている事を理解して、調べて下さいね…下手に調べられると、黒澤先生にご迷惑が懸かります」
 早口に黒澤に告げられた。
「ほう…君は夢のような話しが好きだね…。まあ良い、忠告は受け取るとしよう。私も以前の職業柄、そこら辺の知り合いが居ない訳でもない…。まぁ、君の口振りから察すれば、充分承知しているようだがね。では、遠慮無く調べさせて貰うよ」
 黒澤は丁寧なクィーンズイングリッシュで、稔に答える。
 3人の教師はその言葉の意味が、全く理解できずにキョトンとしていた。

 稔と黒澤はジッと見つめ合い、どちらからとも無く緊張を解き、身体を深くソファーに凭せ掛ける。
 2人は殆ど同時に、クッと顔を笑みの形に変えると、笑い合った。
 校長達は何が起きて、笑い合っているのか全く想像できず、頭を捻る。
「では、説明させて頂きます」
 稔が笑いを止め、身を乗り出して紙を拡げ、今後の説明を突然始めた。
 黒澤はその言葉にいち早く反応して、身を乗り出した。
 それを見た校長達も、稔が拡げた紙を覗き込む。

 稔が拡げた紙には、チャートのような組織図が書かれている。
「これを見て頂くと解ると思いますが、先生方には3つのグループに分かれて頂き、それぞれ長を決め統制を取って頂きたい。この補佐と言う所には、校長、教頭、指導主任に入って頂きます。そして、グループの長に対して指示や方針を伝えて頂きます。」
 それは、軍隊のような完全なトップダウン型の組織図だった。
 稔は黒澤を見つめ、組織図の中の一部分を指し
「黒澤先生には、このグループ長の1人を担当して頂きたいんです。そして、今日お集まりに成られた先生方の内の3人を、指揮統制して欲しいんです」
 その役割を依頼する。

 黒澤はその図を見ながら
「まるで軍隊だな…。さしずめ私は小隊長…、統制する3人は分隊長…、体罰否定派の教師は末兵…」
 呟いた。
「まぁ、この部分を見る限り、そう言う見方になりますが、全体図はこうなります」
 稔が別の紙を取り出すと、それを拡げる。
「ほう…。そうか、これは看守のシステムだね…。君はここを監獄にするつもりかい?」
 黒澤が問い掛けると、稔は静かに首を振り
「いえ、あくまで学校です。ただ、絶対的な秩序の元、行わなければ成らない事を、しようと企んでいますがね…」
 黒澤に答える。

 黒澤はニヤリと顔を歪め
「おもしろい…。面白いな…」
 笑いながら呟く。
「気に入って頂けましたか? この計画…」
 稔が黒澤に問い掛けると
「いや、私が面白いと言ったのは、君だよ柳井君…。こんな馬鹿げた事を思いつくのは普通だ…、だがここまで話しを煮詰めると、それは異常…。そして、実現にまで漕ぎ着ける行動力は、賞賛に値する。それを見て、面白いと言ったんですよ…指揮官殿」
 黒澤は稔に向かって、真剣な表情で答えて、頭を下げた。
 黒澤は稔を認め、非礼を詫びたのだ。
 元イギリス特殊空挺部隊所属の軍人上がりの教師は、こうして稔のシンパに成った。

 一方庵は沙希を問いつめるべく、その姿を探していた。
 テニスコートに顔を出しても、見あたらず庵は困惑する。
 すると、テニスコートに居た教師が庵に気付き、コートから出てきた。
「ここは、男子生徒が許可無く入ってはいけない場所ですよ。随分堂々とした覗きね」
 テニス部顧問の霜月春菜が、庵の目の前に立ち、柳眉を持ち上げている。
「すいません…。友人を捜していた物ですから…」
 庵が頭を下げて、立ち去ろうとすると
「待って、貴男確か垣内君ね…。うちの部の前田さんと仲が良かったわね…。彼女に会ったら伝えておいて、[練習に出無い者は、試合には出しません]って」
 春菜はそう言うと、コートに戻ろうとした。

 その春菜の腕を、庵が素早く掴んで、動きを止める。
 春菜は驚いて、振り返り庵の手を振り解こうとした。
 だが、庵の手は全く解けない。
 その力に、春菜は恐怖を浮かべ悲鳴を上げかけると
「れ、練習に出てない? いつから…? いつからですか?」
 庵が春菜に質問する。
「も、もう1ヶ月程に成るわ。学校で呼び出しても、呼び出しに応えないし。捕まえようとしても、逃げ出す始末。特待生なのにあんな事してると、学校にも残れなくなるわよ…どうでも良いけど、離しなさい!」
 春菜は庵に捲し立てると、庵は呆然とした顔で、春菜を離した。

 庵はジッと考え込み始める。
(1ヶ月前と言えば、校長達を呼び出した、2日後辺りか…。呼び出しに応えない…? そんな素振り、一つも見せて無いぞ…。大体、練習は最優先で出る筈だろ? 沙希は何をして居るんだ…)
 庵は顔を持ち上げると、走り始めた。
 沙希の寮があるマンションに行くつもりで有った。
 だが、沙希はそこには居ない。
 沙希はその1ヶ月間、ずっと佐山の自室に入り浸っていた。
 快楽と忘却の中で、沙希は佐山の操り人形に堕ちようとしていたのだ。

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