夢魔
MIN:作

■ 第23章 絶頂1

 昼休みに入った学校で、庵が走り回っている。
 今朝から美紀に依頼し、沙希を捕まえておくように言っていたのだが、沙希は今まで学校に来なかったのだ。
 そして、やっと連絡が来て、迎えに行く所だった。
 2人の教室の入り口で、女生徒が言い争っている。
 沙希と美紀だった。
「ねぇ、沙希ちゃん! どうして、何も言ってくれないの? 何で黙ってるの?」
 美紀は沙希に縋り付くように、必死で問い掛けている。
 それに対して沙希は、項垂れて押し黙っていた。

 庵がツカツカと2人に近付くと、美紀がそれに気付き
「あっ…いお…。か、垣内君…」
 一瞬名前を呼びそうになり、慌てて呼び直すと、沙希がビクリと震える。
 庵は沙希に近付き
「前田さん…少し、良いですか…」
 低く地の底から響く有無を言わせぬ声で、沙希に問い掛けた。
 その声を聞いた、美紀がビクリと竦み上がるような、獰猛な響きが声に含まれている。
 ましてや、当事者の沙希は顔も上げられないで居た。

 沙希が震えながらコクリと頷くと、庵は無言で歩き始める。
 美紀は一緒に話を聞くつもりで居たが、足が竦んでその場を動けなかった。
 美紀が動くことが出来たのは、庵達が階段を下りて、姿が見えなくなってからだった。
(き、今日の…庵様…恐い…)
 美紀は只それだけを、頭の中に浮かべ、教室に戻る。
 自分の席に戻っても、その視線と声が、頭から離れなかった。
(沙希ちゃんの馬鹿…庵様…本気で怒ってるじゃない…死んじゃうよ…)
 美紀は蒼白の顔で、親友の安否を本気で考え始める。

 人気の無い校舎裏に、庵は沙希を連れて行く。
「何処に行ってた…」
 庵は突然、沙希に問い掛けると、沙希はピタリと足を止め、俯いたまま動きを止めた。
「何処に行ってた…」
 庵も足を止め、振り向きながら、全く同じ質問を繰り返す。
 暫くの沈黙の後、沙希の口から
「お友達の家です…」
 か細い声で、答えが返ってくる。
「誰だ…」
 庵のぶっきらぼうな物言いは、怒りを抑えているように聞こえるが、その表情を見れば、庵の心中が解る。
 庵は悲しげな表情を浮かべ、沙希を見下ろしていたのだ。

 だが、沙希は俯いているため、庵の表情が見えていない。
 ブルブルと、肩を振るわせながら
「い、庵様の…知らない…お友達…です…」
 ボソボソと小声で、返事をする。
 庵は暫く黙って、ボソリと問い掛けた。
「どうしてだ…」
 庵の問い掛けに、沙希が堪りかね
「だ、だって…庵様…」
 顔を上げ抗議しようとして、庵の表情を見て凍り付く。

 庵は眉根を寄せ、悲しみに苦悩し、堪えているような表情を浮かべていた。
 その表情を見て、沙希は全てを理解する。
(い、庵様…ごめんなさい…こんなに…こんなに…、心配されてたんですね…ごめんなさい…)
 沙希の瞳から、ポロポロと涙が溢れ、身体がブルブルと震え始めた。
「ご、ごめ…ん…なさ…い…。ごめ…んな…さい…。庵…さ…ま…、ごめん…な…さい〜…」
 沙希が涙を両手で拭いながら、子供のように泣きじゃくる。
 沙希は立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んで、泣き始めた。
 庵はそんな沙希の頭に、ポンポンと手を乗せ、ガシガシと頭を撫でながら
「泣くな…。話してくれ…」
 困ったような声で、優しく問い掛ける。

 涙を堪えながら、沙希が語った物は、おおよそこんな内容だった。
 庵に言われた言葉がショックで、たまたま知り合った、年上の女性に相談した。
 その女性は親身になって、相談に乗ってくれ、沙希の内に堪った物を発散させてくれた。
 沙希はその女性と、途端に仲良くなって、足繁く通うようになり、その女性との時間が楽しくて仕方なくなった。
 辛い現実を忘れさせて呉れる、その女性の側を離れられなくなってしまっていた。
 そうして、気が付けば1ヶ月程が経ち、普通にお泊まりまでするように成っていた。

 説明的には、何ら問題ないが、実質の内容はかなり問題がある。
 だが、沙希の記憶の中には、それだけの物しか浮かび上がらなかった。
 沙希自身、そうやってこの1ヶ月間を過ごしたと、本気で思っているのだ。
 全ては、佐山の催眠術のせいだが、佐山の存在自体、覚えていない沙希には、この説明しかできなかった。
 そして、庵は全ては自分の発言が原因だと思い込み、沙希に対する追求を止めてしまう。
 沙希に対する負い目が、事実を闇の中に追いやってしまった。

 庵は沙希の説明に納得し、沙希に現実問題を問い掛ける。
「そうか…。だが、試合が近いこの時期、練習に出てこないお前を、顧問は試合に出さないと言っているぞ。そうすれば、お前はこの学校の、特待生の権利も失ってしまう…。どうする…?」
 庵の質問に、沙希の表情が強張る。
「ど、どうしよう…特待生じゃなくなったら、学費も、寮費も全部自分で出さなきゃいけない…。そんなの、お義父さんが出してくれるはず無い!」
 沙希がブルブルと、寒気を覚えたように震え始めた。
「俺に考えが有る。試合まで、後7日だな…エントリーは済ませてやる。後は、お前の方だ…。死ぬ気でやるか?」
 庵が真っ直ぐ沙希の目を見つめて、問い掛けた。
 沙希は無言でコクリと頷く。

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