夢魔
MIN:作

■ 第23章 絶頂2

 庵はスックと立ち上がると
「良し! お前は鞄を持ってここに来い、俺は手配をする。俺の荷物も忘れるな」
 沙希に指示を飛ばす。
 沙希は飛び起きると、真剣な表情で頷き、駆け出していった。
 庵はそんな沙希を見送りながら、携帯電話を取り出し、ダイヤルする。
「あ、もしもし? 純さん? 狂さんに変わって下さい、ええ…至急です! どうでも良いから、早く変われ!」
 純が携帯に出て、[学校に居るときに、そんな]と言った瞬間、庵が怒鳴った。

 数秒後、不機嫌な狂の声で
『ったく! んだよ! ろくでもない用事だったら、只じゃおかねぇぞ!』
 捲し立ててきた。
「あ、狂さん? 朝の件OKです。図面でも何でも書きます! 2日で仕上げますから、俺の頼み聞いて下さい! 7日間テニスコート借り切れないですか? 今からです!」
 庵は狂の言葉を完全に無視して、自分の用件を一方的に話した。
『な、てめぇ…あん? 図面って…おい、朝はあんなに渋ってたじゃねぇか…どう言う風の吹き回しだ?』
 狂が抗議をしようとして、庵の出した条件に驚いて問い掛ける。

 狂は前日稔と電話で話した、道具の大量生産化の話しを庵に持ち掛けたが、にべもなく断られていた。
「非常事態が起きたんです…。だから、狂さんの力を貸して欲しいんです! その為には、俺のポリシーを曲げても良いぐらいの事なんです!」
 庵が狂に慌ただしく、言い切ると
『よ、良し! 言ったな! 確約したな! 直ぐに用意する。お前の家の近くに有る、スポーツクラブ知ってるな? あそこの室内コートだ。直ぐに使えるようにするから、お前も約束は守れよ!』
 狂が慌ただしく答えた。
「俺が約束を破った事が有りますか? 明後日の昼には仕上げますから、かってに部屋から持っていって下さい」
 庵はそう言うと、通話を切った。

 通話を切った庵は、携帯電話を握りしめ、ガックリと肩を落としていた。
(背に腹は代えられん…今は、沙希が優先だ…)
 庵は狂が言っていたとおり、自分の道具に絶大な愛着を持った居た。
 それは、我が子のような愛着と言っても、おかしくない程の物だった。
 普段は一切文句を言わない稔に対しても、道具をぞんざいに扱われると、怒りを顕わにする程である。
 その庵が、設計図を人に手渡すと言う事は、道具を自分の管理下から奪われるのと、同意であったのだ。
 だが、そんな庵にとって、既に沙希はそれらの物より優先させる程、掛け替えのない物に成っていた。

 庵は気を取り直して、顔を上げるともう一度、携帯電話を操作する。
「あ、もしもし…教頭先生をお願いします…。…あ、教頭ですか? 垣内です…」
 庵は学校に電話を掛け、教頭を呼び出した。
『あ、垣内君か? ああ、どうしたんだ? まさか、今から私も参加させてくれるのか?』
 教頭は電話口に出て、庵を確認するなり、合宿の参加を問い掛けて来た。
「違う。あれは、柳井さんの担当で、俺に権利は無い」
 庵は両断するように、教頭に答える。
『あ〜…そ、そうか…』
 庵の答えを聞いて、教頭は情け無い声を上げた。

 庵は一つ溜息を吐き
「テニス部の顧問に、前田沙希を試合に出すように言え。前田は今、特訓中だから練習には出られないと、付け加えてな」
 庵がそう言うと、教頭は口ごもり。
『部活に対しては、学校側からは指示できない…。顧問の采配に委して居るんだ…』
 ブツブツと、小声で話す。
「関係ねぇ! 俺は、やれって言ったんだ! つべこべ言うんじゃねぇ!」
 庵が怒鳴ると
『い、いや…でも…決まりなんだよ…』
 教頭がグチグチとごねる。
「今、例の教師が合宿してるクラブな…俺も会員なんだ…。どう言う意味か解るか?」
 庵がボソリと教頭に告げると
『い、嫌ちょっと待ってくれ! 霜月君! 霜月君ちょっと来なさい!』
 教頭は途端に、テニス部顧問を呼びつけ、何か話し始めた。

 数分後、教頭が電話口に戻って来て
『もしもし、承諾させました! だけど、特訓が終わったら、試合をして実力を見ると、引き下がらなかったので、承諾したよ?』
 その場で話をまとめてしまった。
 庵は苦笑いしながら
「ああ、充分だ…楽しみにしていろ」
 そう告げて、通話を切った。
 教頭は、余程秘密クラブに行きたいようだった。

 庵が通話を切り、携帯電話の時計を見ると、沙希がこの場を離れてから既に20分が経過していた。
(遅いな…何をしてるんだ…)
 庵が訝しみ出すと、タタタッと勢い良く、走ってくる足音がし
「い、庵様…遅くなりました」
 沙希が息を切らせて、現れた。
「どうした? 何かあったのか…」
 庵が問い掛けると
「すみません…あ、あの…おトイレしてました…」
 沙希が頬を染め、肩を竦めて報告する。
 沙希はトイレの個室に入り、佐山の存在を思い出して連絡し、その事を庵の前では忘却していた。
 庵はそんな沙希の行動を、全く知る由もなかった。

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