夢魔
MIN:作
■ 第23章 絶頂4
庵は沙希の異変に気付かず、黙々と歩く。
2人の距離が10m程になった時、庵が足音が付いて来ていない事に気付き、後ろを振り返ると、立ち止まって涙を流す沙希を見つけた。
庵はそれに驚き、そのまま沙希の元に走り寄り
「何をしている…。何で、泣いてるんだ?」
ぶっきらぼうに質問する。
「えぐっ…ひっく…。い、庵様…嫌われたと…思ったら…止まらなく…成りました…」
沙希は涙を拭きながら、必死に庵に説明した。
庵は困り果てた顔で、無言のまま沙希を見詰め、意を決して沙希に告げる。
「俺はお前を嫌っていない…。その〜…えっとだな…どちらかと言えば…気に入っている…」
鼻の頭を掻きながら目を泳がせ、ボソボソと呟く。
「嘘です…。庵様は、沙希に仰いました…。[この間風呂で言った事…忘れろ…]って。気をお遣いにならないで下さい…」
沙希は更に、その場に蹲り泣き崩れる。
庵は、バツの悪そうな顔をすると、上から沙希の両脇に手を滑り込ませ、一挙に持ち上げて、驚く沙希の顔を少し見つめた。
勢い良く庵は、顔を沙希の顔に近づけ、そのまま沙希の唇を奪う。
庵の口吻は、勢い余って前歯がぶつかる。
沙希は突然の事に、目を丸くして間近にある庵の顔を見詰めた。
「これで、嘘じゃないと解ったろ…」
庵は唇を離すと、呆然とする沙希に告げる。
沙希は驚き過ぎたのか、涙がピタリと止まり、庵を見詰めていた。
「この間の事は、俺が全面的に悪い…。俺の一方的な都合で、お前に言ったんだ…。済まん!」
庵は沙希に頭を下げて、ぶっきら棒に謝罪した。
沙希は余りの驚きの連続に、理解が追いついて来ない。
涙を湛えたまま、キョトンと見開かれた目で、まだ庵の事を見つめている。
庵は真っ赤になった顔を隠すように、クルリと背中を向けると
「行くぞ…。行き先は俺の家だ…」
ぶっきらぼうに言って、歩き始める。
沙希はその背中に引かれる様に、歩き始めた。
歩き始めて、ユックリと沙希の思考も動き出す。
(い、今…キスされた…。庵様に…、初めてキスされた…。ううん…見た事無い…誰かにキスする庵様…、見た事無いわ…初めて…)
先程と比べると、ユックリ歩く庵の背中を見詰めながら、沙希は考えを巡らし、一つのフレーズを浮かべる。
(初めて…。あ、あれ? 庵様って、ちっちゃい頃から虐待を受けてた筈よね…。それで、女性を嫌悪する様に成ったって言ってた筈よね…)
そこ迄考えた時、沙希の頭の中に有る言葉が浮かぶ。
その途端、沙希の口から大きな声が上がる。
「あ〜っ!」
突然上がった、大きな声に庵が驚き、沙希を振り返ると
「な、何だ? 今度は何が有ったんだ?」
訝しそうな表情を浮かべ、沙希の顔を覗き込む。
沙希は口を押さえ、庵の顔を見詰めると、ガバッと庵の腕を掴んで
「い、庵様! だ、誰かとキスした事って有ります?」
真剣な表情で詰め寄る。
庵は、そんな沙希の視線から、自分の視線を外すと
「お前、俺の生い立ち考えろ…」
ボソリと呟いた。
その答えを聞いた瞬間、沙希の表情が震え始め、またポロポロと涙が流れ始める。
庵は[またか]と言う表情で
「今度は、どうしたんだ…」
沙希に問い掛けると
「ファーストキス…」
震える声でそれだけ呟き、庵に抱きついた。
(ふぇ〜ん…庵様…庵様…庵様〜)
沙希は心の中で、何度も庵の名前を呼び、顔を分厚い胸板に擦り付ける。
庵は困った表情を浮かべ、頭をボリボリと掻き
(面倒くせ〜な…。何で、こんな事で泣くんだ…? 女ってわからねぇ…)
沙希を見下ろす。
それでも、庵は沙希が泣きやむまで、待った。
5分程泣き続けた沙希は、泣きじゃくりながら、満面の笑顔を浮かべ
「も、申し訳ありませんでした」
庵に謝罪し、深々と頭を下げる。
「別に構わない…。元々悪いのは俺だ。だから、これぐらいは、何ともねぇ…。謝罪の代わりだ」
庵はそう言うと、沙希に背中を向けて、歩き始めた。
この時には、沙希は理解していた。
庵のこの態度は、全て[経験がない]と言うところから来ている事に。
(考えてみれば、庵様だったら…女の子と二人っきりで、こんな風に歩く事なんて無い筈よね…。だから、こんな態度なんだ…へへへっ、ちょっと可愛いかも…)
沙希はまた、ニタニタと笑い始め、庵の後ろを歩き始めた。
自分の仕える主人の意外な一面を知り、沙希のニタニタ笑いは止まらなかった。
沙希はニタニタ笑いながら、有る事を思い付き
「い・お・り・様」
後ろから、嬉しくて堪らないと言う様な声で、声を掛ける。
庵は突然今まで聞いた事のない様な声で、呼びかけられ後ろを振り返り
「な、何だ…。お前その顔…何考えてる…」
沙希の悪戯っ子の様な笑顔にたじろぐ。
「えへへへっ…庵様今日は沙希に謝って呉れてるんですよね? おねだりしても、良いですか?」
沙希は思いっきり甘えた顔で、庵を見詰め身体をくねらせる。
庵は溜息を吐くと
「確かに、謝ると言ったが、奴隷としてだぞ…。勘違いするなよ」
低い声で、恫喝する様に呟く。
沙希は途端に首を縮め、上目遣いに
「申し訳御座いませんでした…。お許し下さい」
庵に謝罪し、シュンと小さく成った。
庵はそんな沙希を見ながら
「何をしたかったんだ…。聞くだけ聞いてやる」
呟く様に言うと、沙希は恐る恐る
「お手々を繋いで歩きたいと…思いました…」
消え入りそうな声で、呟いた。
庵はプイッっと顔を背けると、進行方向に向き直り、左手を後ろに引いて
「ほら」
小さな声で、沙希を呼んだ。
沙希は、その手を見て、庵の横顔を見、急いで飛びついて、胸元に引き寄せる。
沙希は庵の太い腕に掴まり、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らして、頬を擦りつけながら、庵の家へと向かった。
■つづき
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