夢魔
MIN:作

■ 第23章 絶頂5

 庵が向かった先は住宅街の外れに位置する、200坪程の更地で、その真ん中に建てられた、管理用の平屋の事務所だった。
 宅地転用時に市ともめて、業者が手放した土地が、開発されずそのままに成っている。
 そこは、そんな土地だった。
 庵は管理用の建物の扉にむかい
「ここが、俺の家だ」
 沙希に短く告げると、中に入る。
 家の中は、30畳程の事務所跡に、トレーニングセットがドンと真ん中に置かれ、入って左の隅には給湯室を思わせる流しが有り、その横にシャワールームとトイレが有った。
 流し台の横には食器棚が据えられ、その棚に綺麗に並べられた、コップや皿等が置かれて居る。
 給湯室と反対側の右壁に、机が置かれその周りに、自動車の整備工場で見られるツールセットが3つ置いてあった。

 整然と片付けられた室内には、生活感など全く無く、どこか展示場の様な雰囲気がある。
(本当に無いんだ…ベッド…。庵様こんな所で、お一人なんて…)
 以前教えられた、事を思い出し、改めて驚く。
 庵は無造作に部屋を横切り、ベンチプレスの台まで進むと、架台に載った40sのバーベルをヒョイと片手で持ち上げ、床に下ろし
「椅子は一つしかないから、ここに座れ」
 そう言って、台を示す。
 庵は流し台まで行くと、コップに水を入れ沙希に差し出し
「飲み物は、これしかない」
 ボソリと呟いた。
 沙希はコップを受け取り、呆気に取られた顔で室内を見渡し、その部屋の持ち主が、如何に異質か思いを巡らせる。

 庵は沙希を見ながら、頭を掻いて何か言いたげに佇む。
 沙希はそんな庵に気付き
「庵様、どうされました?」
 首をかしげて、かわいらしく問い掛ける。
 庵は、そんな沙希の仕草に視線を泳がせ
「サッサとマッサージを済ませるぞ、ケアをしなきゃオーバーワークがまともに襲いかかる」
 ストレッチマットを拡げながら、ぶっきらぼうに沙希に告げた。
「は〜い、宜しくお願いしま〜す。あの〜、出来れば、お話ししながらして欲しいですが…。庵様の事、もっと、も〜っと知りたいです」
 沙希はニコニコと笑みを浮かべ、マットに身体を投げ出しながら庵に告げる。

 庵はそんな沙希の表情に、フッと笑みを浮かべると
「俺も変わりモンだが、お前も相当だな…」
 低く響く優しげな声で、沙希に言った。
 沙希は嬉しそうに頬を緩め[てへへっ]と、ピンクの舌をぺろりと小さく出して笑う。
 庵は沙希の背中に、白いスポーツタオルを掛け、体重を掛けながら
「何が聞きたい」
 穏やかな声で沙希に問い掛けながら、マッサージを始める。
 沙希はウットリとした表情で、思い付く事を次々に口に上げ、庵を質問攻めにした。

 小1時間程話すと、庵が時計を確認し
「良し…こんなモンだろ…。さあ、服を着替えたら、家に帰れ。明日も早いぞ…」
 沙希に告げる。
 沙希は庵の言葉に、驚いた。
 沙希にしてみれば、この後当然宿泊できると思って居たのに、主人は10時前に帰れと言うのだ。
 沙希は途端に表情を曇らせ、上目遣いで見詰め
「帰らなきゃ…駄目ですか?」
 ねだる様な視線で庵に問い掛ける。

 庵は沙希の問い掛けに、呆れた表情を浮かべ
「お前この部屋を見て、言う事か? どこに、お前が眠れる物が有る」
 低く渋い声で、問い返した。
「床で良いです! そのまま、床に寝ますから、お泊まりさせて下さい」
 沙希は庵の問い掛けに、必死に食い下がり、訴える。
「お前…馬鹿か…! あんな練習の後、固い床に寝たら…」
 庵はそこまで言うと、口を閉じた。
 沙希はウルウルと目に涙を湛え、縋るような視線で庵を見つめていたのだ。
 庵は沙希の表情に、肩をすくめると
「立て! 行くぞ」
 短く命じた。

 庵の指示に、ガックリと肩を落とし、モソモソと立ち上がる沙希。
 庵はそんな沙希の横にスッと回り込み、パシンとお尻を一つ打って
「まだ居るんなら、何か買い込まないと、もたねぇだろ」
 ニヤリと獰猛な微笑みを浮かべる。
 その庵の微笑みに、沙希は喜びと同時に牝を呼び覚まされ、ドキンと胸が高鳴った。
(この微笑み…、凄く好き…。今から、食べられちゃう見たいな気がする)
 沙希は瞳を潤ませ、太股を摺り合わせる。

 庵は自宅から10分程の所にある、ホームセンターに来ていた。
 閉店10分前の店内は、従業員が閉店作業をイソイソと行っている。
 庵はこの店を熟知しているのか、流れる様に買い物をして行く。
 店に入って僅か3分で、必要な物全てを購入し、レジに向かう。
 その動きの余りの早さに、沙希は驚いた。
(庵様と買い物したら、それだけでトレーニングになりそう…)
 疲労しているとはいえ、テニスのインターハイ選手である沙希が、その動きに付いて行くだけでやっとなのだ。
 そんな中、庵はカートを押し次々に買い物かごに、物を詰め込んだのだ。

 買い物を済ませ、上機嫌で庵の家に戻った沙希は、次々に荷物を確かめる。
(へへへ…。私のお布団、私のクッション、私のパジャマ、私の歯ブラシ…。庵様の部屋に、私の物がいっぱい…)
 沙希はそれらの物を、一つずつ愛おしそうに見詰め、並べて行く。
 庵はそんな沙希を、椅子の背もたれを抱え込みながら、ジッと見詰めている。
(本当に良いのか…こいつは、俺の身体の事を本当に理解しているのか…。確かに俺は、こいつを気に入っている、惹かれて居るんだろう…。だが、こいつはこんな俺の事を、何処まで理解して居るんだ…)
 庵は沙希を見詰めながら、子供の頃から持っている、コンプレックスと戦っていた。

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