夢魔
MIN:作

■ 第24章 実験5

 古い住宅が密集する町中に、ワンブロック丸々囲む、漆喰の塀が有る。
 その敷地は、500坪ほど有るだろうか、とても広大な地所だった。
 その、地所の中にポツリと古い平屋の家が、有った。
 ポツリと言っても、土地との対比からの表現で、実際は100坪程の大きさが有る。
 その地所に出入りするための門も、かなりの古さと大きさを持っていた。
 門には表札が懸かっていないが、この付近の住民は誰1人、その屋敷の持ち主を知らない者は居ない。
 何故ならその付近の住人は、殆どの者がこの屋敷の主に、土地を借りているからだった。
 屋敷の持ち主の名は、玉置藤治(たまおき とうじ)学校の副理事長で用務員の大地主である。

 その玉置の屋敷に、今日も声が響いていた。
「弥生! 弥生ー!」
 藤治の大声が弥生の名を呼ぶと
「はいー、只今参りますー」
 弥生が声を張り上げ、屋敷内を走る。
 弥生は現在この広大な屋敷に、藤治と二人っきりで生活していた。
 正確に言うと、生活せざるを得なかったのだ。

 弥生が藤治の姿を、居間で見つけて平伏し
「はい、何のご用で御座いましょうか?」
 問い掛けると
「おお、茶を入れろ…」
 目の前にある急須を指差し、命令する。
「失礼いたします…」
 弥生は居間に入り、藤治の湯飲みにお茶を注いで差し出し
「でわ、仕事に戻ります…」
 一礼して帰って行く。
 弥生は、また屋敷内を走り、自分が今までやっていた仕事に戻る。

 藤治は、弥生を性奴隷として扱わなかった。
 勿論、気が向けば呼び出し、奉仕をさせるが、それ以外は家事全般をさせている。
 弥生は始めは、自宅から呼び出されて、身体を使われて居ただけだったが、藤治の呼び出し回数が、どんどん増え自宅に帰る暇が無く成り、泊まる事が多くなると仕事も増やされた。
 今では完全に家政婦状態で、酷使されている。
 弥生はそれに対して、一切の不満を口に出来ない。
 まさに、奴隷状態だった。

 弥生の表情は、重く沈んでいる。
 それは、労働の辛さから来る物ではなく、精神的にかなり参っていたからだ。
 幾ら稔の命令とは言え、弥生には堪えられない事が、どうしても有ったのだ。
 それは、真に会えない事だった。
 学校に出勤して居る時は、たまに廊下で見かけたり、保健室に顔を出してくれたりと、会う事が出来たが、今の生活に成って、学校も3日に1回は休まないと、だだっ広い家の家事仕事が追いつかないのである。
 学校側は出勤扱いに成っているが、実際はかなり休みがちになっていた。
 学校に居ても藤治の呼び出しは、一番の優先事項のため、直ぐに対処しなければならない。
 その為、学校内でも、真との擦れ違いが多くなっていた。

 そんな中、真は不足しだした薬草の採取のために、山に入るように成り、真も休みがちに成る。
 その為2人が顔を合わす時間が、殆ど無く成ってしまったのだ。
 弥生はガックリと肩を落としながら、拭き掃除を続ける。
(真様〜…真様〜…もう、5日もお顔を見ていない…今何処ですか…)
 弥生の瞳は、ウルウルと緩んでいた。
 そして、そんな弥生に、また声が降り注ぐ。
「弥生! 弥生ー!」
 その声を聞いて、弥生は涙を拭い。
「はいー、只今参りますー」
 大きな声で、返事を返した。
 弥生の労働は、この後藤治を入浴させ、夜伽と続いて、薬の調合で締めくくられる。
 1日の調合ノルマを果たすのも、弥生の大事な仕事であった。
 弥生の夜は、まだまだ終わらない。

 弥生が藤治に呼ばれ居間に現れると、藤治は弥生にちゃぶ台に置かれている、携帯電話を指し示し
「柳井君じゃ…緊急の用件じゃと…」
 ブスッとした表情で、弥生に告げた。
 弥生は驚きながら、携帯電話を手に取ると、耳元に充て
「もしもし、変わりました弥生です」
 電話口に話す。
『弥生ですか、直ぐに学校に来て下さい、白衣を忘れず持って来なさいね』
 稔が慌ただしく告げると、暫く電話の向こうで暴れる音がして
『もしもし、狂だ。こっちに来る時、例の催淫剤を持って来い。そうだな、7日分で良い』
 そう言って、返事も待たずに、通話を切った。

 弥生は呆然とした表情で、携帯電話を藤治に差し出すと、藤治はぶっきらぼうに
「今日は、1人で眠るから良いぞ…。明日の夜まで掛かるそうだな…。早く行け」
 弥生に告げて、プイッとそっぽを向いた。
 弥生にはまったく意味が解らず、一礼すると居間を後にし取り敢えず、洋服を着代えて白衣と調合していた薬を手に、学校に向かう。
 玄関を出ようとすると、藤治が車を出して
「乗れ…急いでるんだろ…」
 弥生に告げた。
 弥生は顔を青くしながら、辞退しかけたが藤治の言葉に、急いで行った方が良さそうだと感じ、渋々と助手席に乗り込んだ。

 藤治の乗っている車は、今日は真っ黒のF40だった。
 独特のお腹に響く、エンジン音を響かせ車はユルユルと、玄関を出て行く。
 藤治の唯一の娯楽は、スポーツカーだった。
 しかも、金に飽かせた、高級車ばかりを10台程持っている。
 そして、藤治はそれを飾るのでは無く、乗りこなす事が好きだった。
 ブボボボッとアクセルを煽り、車の機嫌を測っていた藤治は、クラッチを繋いで車を走らせる。
 夜の町を黒のF40が、凄まじいスピードで走り始め、弥生はグッとお腹と首に力を入れ、藤治の運転に備えた。
 藤治の運転する車に乗る事は、弥生にとって拷問でしかなかった。
 急加速と急旋回と急減速が続き、自分の予測不能な所から、荷重が掛かって細い首を振り回す。
 藤治の車に30分乗ると、弥生の意識は飛びそうになってしまうのだった。

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