夢魔
MIN:作

■ 第24章 実験8

 狂がそう言った途端、旧生徒会室の扉が開き、丸いシルエットが入り口を塞ぐ。
「只今帰りましたよ…何ですか稔君、急な用件って。今回は、思ったより薬草も取れ…おわぁ! や、弥生!」
 扉を開けて中に入って来たのは、泥染みや草ずれの後が付いたジーンズにトレッキングシューズを履き、薄汚れたチェックの綿シャツを着て、髭が顔中を覆った真だった。
 弥生は後ろを振り返り、両手で頬を押さえブルブルと震えながら、ポロポロと涙を流している。
「い、いや、こりゃ、参ったな…。居るんだったら、先に髭ぐらい剃ったのに…」
 真は顔をぴたぴたと触りながら、身体を縮こまらせて、真っ赤に成った。
 しかし、直ぐに気を取り直すと、ニッコリ微笑んで
「弥生、ただいま」
 弥生に告げた。
 弥生は飛び上がって、真の身体に縋り付き、薄汚れたシャツに顔を擦り付け
「えぐっ…真様…真様…真様〜…ヒック…」
 何度も真の名前を呼んで、泣き続けた。

 真は優しい微笑みを浮かべると、ポンポンと弥生の頭を優しく叩き
「私も本当に会いたくて堪りませんでした…。弥生の顔を見られて、本当に嬉しいです」
 限りない愛情に満ちた声で、弥生に告げる。
「稔がお前のために、1日予定を繰り上げさせたんだ、念入りに頼むぜ、なんせこれから、真さんは忙しくなるんだから」
 狂がニヤニヤ笑いながら言うと
「弥生、ご苦労ですが、これから明日の夜9時まで、真さんの面倒を見て下さい。真さんの労をねぎらって上げて下さいね…」
 稔がニッコリと笑って、指示する。
 弥生はクルリと稔に向き直り
「稔様、全身全霊を掛けて、ご命令に従います! お心遣い、有り難う御座います」
 深々と頭を下げて、弥生は礼を言った。

 そんな成り行きを絵美は呆然とした目で見ている。
 絵美の目は、只1人に向けられ、ジッと動かなかった。
 その視線に真っ先に気が付いたのは、実際に見つめられている当の本人で、その人物もスッと絵美の瞳を見詰め、驚きを浮かべる。
(凄い…何て綺麗な、水の色…穏やかで、緊張感があって、深く綺麗な色…静謐で神秘的…こんな色を持った人が居るなんて、信じられない…)
(おおっ! これは…凄い…こんな、所でお目にかかれるとは…。いやいや、これは驚きました…)
 絵美が見つめているのは、源真(みなもと しん)の姿だった。
 2人はお互いに無言で、ジッと見つめ続ける。
 それに、狂が気付き
「おい、絵美! 何見とれてるんだよ。相手はおっさんだぞ?」
 狂が絵美の肩を揺さ振ると、絵美は夢から覚めたように狂の顔を見た。

 絵美が呆然と狂を見つめていると、真が一歩狂に進み出て
「絵美さんと言われるんですかこの方は?」
 狂に問い掛ける。
 狂は真の問い掛けに、戸惑いながら頷くと、真は絵美を見つめて
「あなたの瞳は、極々希な物です。そのお持ちの力を、みだりに使わない事をお勧めします。特に人の相を見る人間の前では、決して使わないで下さい。あなたの人生が、曲がる事に成ってしまいますよ」
 真は真剣な表情で、絵美に向かって告げた。
 絵美は怯えながら、コクリと頷くと狂が真に向かって、問い掛ける。
「えっ! 真さんこいつの目って、やっぱり特殊なの?」
 狂の質問に、真は大きく頷き
「真理眼…水晶眼とも言いますが、人の本質を見抜く瞳です。権力に固執する方には、喉から手が出る程欲しい物です。私達宗教に関与している者なら、これを手に入れるためなら、何を投げ打ってでも手に入れようとするでしょう…」
 今迄見た事がない程、真剣な表情で真が語った。

 絵美は真の迫力に、コクコクと頷き、狂は真を見つめ
「どうすりゃ良いんですか?」
 問い掛ける。
「ん〜…、見ようとしなければ、現れない筈です。好奇心は、控えた方が良いですよ。お嬢さん」
 狂に対策を答えると、絵美に向かってニッコリ微笑んで、釘を刺す。
 狂と絵美は向き合って、お互いに大きく頷き有った。
 そんな2人の緊張を和らげるように、微笑みながら見つめ
「良いですか、呉々も注意して下さいね。今、お嬢さんが私の事を見て、固まりましたよね? ならば解る筈です、私のような者は、お嬢さんの有用性を認識します。決して、こう言った人間の前で、それを使わないで下さい」
 真は自分を指差し、絵美に硬く注意する。
 絵美は何度も何度も頷いて、硬く心に焼き付けた。

 絵美の理解が深まったのを確認した真は、クルリと弥生に向き直り、ヒョイッとその身体を抱きかかえると
「じゃぁ、私はこの後、とても忙しいのでこれで失礼しますね…」
 満面の笑顔で稔達に告げ、弥生を抱えて旧生徒会室を出て行った。
 その速度は、それこそあっと言う間だった。
 稔と狂と絵美は呆然とした表情で、ピシャリと閉まった扉を見つめる。

 暫く呆然としていた稔が
「やはり、まだ駄目ですね…」
 ポツリと呟くと、
「ん? 何がだよ…?」
 狂が稔の呟きに、素早く問い掛ける。
「弥生ですよ…。今、彼女を玉置さんの元から引き上げると、真さん仕事に成りませんよ…。と言うか、仕事をしないと思います…。だって、あれだけの反応を見せるんですから、自由にしたらそれこそ…」
 稔がそこまで言うと
「ヤリッ放しだってか?」
 狂が爆笑しながら、付け足した。

 稔は狂に視線を向けて、クスリと笑い
「そこまでは言いませんが、近い物は有ると思います…」
 狂の言葉を認めた。
「真さんには、これからあの技術を、駆使して頂かないといけませんからね…。弥生の件は、もう少し様子を見ましょう」
 稔は、静かに狂に告げると、クルリと身体をパソコンに向け
「さあ、整理しましょうか…」
 ポツリと口にすると、狂と絵美も頷きそれぞれ、動き始める。

 パソコンに向かう、絵美の頭の中には、真の言った言葉が繰り返されていた。
([人生が曲がりますよ]…[何が有っても手に入れようとする]…そんなに、大げさな物なの? …これって…)
 絵美はジッと考えながら、どんどん正確に色を読み取り始めた、自分の目が恐くなって来る。
 だが、絵美にはそれを止める術も、コントロールする術も持ち合わせていない。
 絵美の心の中に、不安が黒く大きくのし掛かった。

■つづき

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