夢魔
MIN:作

■ 第25章 胎動6

 だが、そんな2人のやり取りを稔が、許す筈も無かった。
 飲んでいたコーヒーのコップを、机にコトリと置くと
「貴女達は、まだ、解らないんですか…。僕は、争うな…、そう言いませんでしたか?」
 雰囲気を途端に変えて、静かに重く告げる。
 美香と美紀は震え上がり、その場に平伏すると
「申し訳御座いません! ご主人様にどうしても、私の入れたコーヒーを飲んで頂きたかったんです!」
「申し訳御座いません! ご主人様に私も、コーヒーをお持ちしたかったんです!」
 2人とも深々と謝罪した。
「そう言う理由なら、良いでしょう…。ですが、美香の態度は納得行きません。今の美紀に対する態度は、明らかに侮蔑と優位を浮かべていましたね? 優位は向上心を生みますが、侮蔑は妬みしか産みません」
 稔の言葉に、美香は更に小さく成り、震え始める。

 すると、美紀が美香に取り付き
「稔様申し訳御座いません! お姉ちゃんは、私を馬鹿にしたんじゃ有りません。私が、寝坊した事を諫めてくれたんです…。私が、私が、ちゃんと起きていれば、こんな事には成らなかったんです…」
 稔に必死の形相で、謝罪し姉を庇い始めた。
「いいえ…美紀ちゃん…、例えそうでも、それは違うわ…。稔様が言った事が、真実なの…。私達には、稔様が仰った事が、全ての事なのよ…。稔様が、[お前が、悪い]そう仰られた瞬間、私が悪いの…」
 美香が美紀を諫め、稔に頭を下げる。
 稔は2人を無言で見つめ、ジッと考え込むと
「難しい話しですね…美紀が言ったように、事実は事実として受け止める。それを僕は心がけています。ですが、美香の考える服従も、私の望むところです…。う〜ん…好みと、生き方の違いに成るんですかね…」
 頭を捻りながら、更に考え込んだ。

 そんな稔を、美香と美紀はジッと見つめながら、気に成って仕方がない事を問い掛けた。
「あ、あの…稔様…、昨日も少し気に成ったんですが…」
「え、えっと…お風呂…いつ、お入りでしたか…?」
 稔は美香と美紀の質問に、自分の考えを中断させると
「え? お風呂ですか? そうですね…」
 稔は手を開き、指を折り始める。
 その指が中指まで来た時、美香と美紀は叫びだし
「駄目です! 絶対駄目です! そんな事、稔様は絶対にしては駄目です!」
「うそ、うそ〜…。勿体な〜い…稔様…そんなの、酷いです〜…美紀直ぐに飛んできて、全部綺麗にしたのに…」
 2人は鞄の中から、イソイソと荷物を並べ始める。

 2人の鞄の中からは、洗面器、ポット、タオル、無水洗髪剤、そして真新しい下着と、糊の利いたYシャツが出てきた。
 2人はセーラー服を脱ぐと、美紀は全裸に成り、美香はショーツ1枚に成った。
 稔が面食らっていると、美香がモジモジと
「済みません稔様…。今朝から…、始まってしまって…」
 稔に報告する。
「い、いや…そうじゃなくって…。今から、僕は何をされるんですか?」
 2人にポツリと問い掛けた。
「勿論、洗います!」
 美姉妹はニッコリ微笑み、声を合わせて宣言すると、稔の衣服を脱がせ始めた。

◆◆◆

 総合病院の4階の窓から、柏木は目撃してしまう。
 同じタクシーから降り、そのまま出勤してくる梓と、付近のコンビニに入る医院長の姿。
(な、何だ…あの2人…そんな関係に成ってるのか…。不味い、不味いぞ! 梓と不倫していたのが、バレるのも不味いが、あの検査結果が知られるのは、もっと不味い。勤務状態から言って、俺が切ったあのオーダーを俺のパソコンに入れたのは、間違い無く梓の筈だ…)
 柏木は小学生に、親権者の承諾無しで昏睡させる薬を無断で投与し、その証拠である捏造したオーダー表と、それを投与した事が解る血液成分表のコピーが、自分のパソコンに入って居た事を思い出す。
 自分の重大な秘密を握る女と、自分の人事権を持つ現状の敵が、親密になる事は柏木の破滅に繋がる。

 ましてや、柏木は叩けば埃の出る身体だった。
 不倫相手も、梓1人では止まらず、数多くの看護師や患者を毒牙に掛けている。
 それが、一部でもバレれば、解雇通知は当たり前だし、最悪医師免許を剥奪される。
 そうなれば、間違い無く今の妻とは、離婚を余儀なくされ、生活も成り立たなくなる。
(やばい、やばいぞ…。あの2人が、これ以上親密になったら…絶対、俺の事がバレちまう…)
 柏木は顔面を蒼白に替え、必死に打開策を考えたが、一向に思いつかない。
 そんな時、柏木は黒い噂の絶えない、有る男の顔を浮かべ、自分の名刺入れの中から、1枚の名刺を取り出す。

 柏木は、名刺を見ながら携帯電話のダイヤルを押し、コールする。
 数回のコールの後、若い女性の声で
「どちら様でしょうか?」
 問い掛けられる。
 柏木は、自分の名前と病院名を告げ、主人に繋いでくれと告げた。
 数秒後、電話口に執事と名乗る男が出て
「主はまだ、お休みで御座います。ご用の方は、私どもがお聞きし、主にお伝えしたく存じますが」
 柏木に告げた。

 柏木は苛立ちを覚えながらも
「以前パーティーでお会いして、困った事が有れば電話しろと言われてたんですが…。困った事が起きたんですよ」
 執事と名乗る男に切り出した。
『お困り事でしたか…。失礼ですが、柏木様と仰られましたね? 総合病院の外科部長様で、おられますか?』
 執事が問い掛けると、柏木が認める。
『誠に、ご無礼いたしました。私、執事の佐山と申します。主の方には、私から必ずお伝えしまして、お時間の方を調整させて頂きます。後程私共の方から、ご連絡差し上げますが今晩のご予定は、お有りでしょうか?』
 佐山の丁寧な対応に、気を良くした柏木は
「ええ、今晩は空けておきます。よろしくお伝え下さい」
 佐山に告げて、電話を切った。

 柏木は携帯電話を見つめ、ニヤリと笑い
(これで、あのハゲ親父を追い落とせる…。何せ、この界隈じゃダントツの実力者だからな…)
 医院長の追い落としを、依頼する積もりだった。
 医院長が失脚すれば、必然自分がこの病院の実権を握る。
 副医院長は医院長の弟だが、実質名前だけで、病院にすら顔を出していない。
 柏木は早くも相談が成立して、医院長の失脚が叶うと、思い込んでいた。
 柏木には、自分が相談する人間が、どんな人物なのか、全く見えていなかった。

■つづき

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