夢魔
MIN:作

■ 第25章 胎動8

 春菜は狂の説明を聞いて、途端に明るい顔になり
「そ、そんな事無いの! あれは…そう、ちょっと、疲れてたの…それで、つい寝入ってしまって…」
 しどろもどろに、苦しい言い訳をした。
 狂は顔を上げると、ニッコリ笑って
「あ〜良かった、僕のせいかと心配してたんです。あっと、もうこんな時間だ、じゃあ行きますね」
 春菜に告げて、踵を返すと、その背中に春菜が質問を投げ掛ける。
「あ、あの…待って。確か工藤君、垣内君と親しかったわね…? 彼、姿が見えないんだけど、連絡先知ってる?」
 春菜の問い掛けに、狂はクルリと再び、向きを変え
「庵君ですか…。確か、明日から空手のトーナメントに出る筈です。暫くは学校にも出てきてませんよ」
 春菜に適当な嘘を吐いた。

 春菜はガックリと肩を落とし、狂に小さく[そう]とだけ告げた。
「じゃぁ僕行きますね」
 狂は内心大笑いしながら、絵美の元に近付き、一緒に階段に向かう。
「ご主人様…先生の色…スッゴク、ピンク掛かってました…。でも、かなり色んな色が混ざってて、混乱しています」
 絵美が狂の耳に、ソッと囁くと
「絵美、お前それを使うなって言われただろ! 言いつけも守れないのか」
 狂は声を荒げて、小声で怒る。
 絵美は肩を竦めて
「申し訳御座いません。でも、どうやれば色を見なく出来るか、解らないんです…」
 シュンと項垂れながら、狂に震える子犬のような目を向けた。

 狂はそんな絵美を見つめ、思わず抱き締めたくなったが、場所を弁え
「真さんに教育して貰おう。それが一番だからな…多分…」
 ボソボソと絵美に告げ、我慢した。
 絵美は可愛らしくコクンと頷くと、狂にスッと寄り添い
「はい、ご主人様…。絵美はご主人様の命令に、従います」
 甘えるような声で、服従の言葉を告げる。
「てめぇ、わざとだな…こんな所で…」
 狂は絵美の脇腹を、見えないように抓り、お仕置きする。
 絵美は笑顔を浮かべながら、眉根に皺を寄せ[あう〜ん]と小声で、悩ましげな声を上げた。

 絵美は頬を薄く染め
「てへへ…解ちゃいました…。だって絵美を置いて、霜月先生と話し込むんですモン…」
 モジモジしながら、狂に告げる。
 狂は絵美の服従の言葉が、かなり気に入っていた。
 それを告げられると、ゾクゾクとサディストの血が、騒ぐのである。
 絵美も経験から、狂の好みに気付き、虐められたい時など、好んで口にした。
 絵美はそれを期末試験が始まろうとした、学校で口にし狂を困らせたのだった。

 狂は絵美を見つめながら
(う〜ん…こいつの、嫉妬深いのなんとかしなきゃな…。その内死人が出そうだ…。稔が躾をしてるところでも、見せて教育するかな…)
 絵美の性格を、矯正する事を本気で考え出した。
 絵美はそんな狂の気持ちなど何処吹く風で、見つめられた事に満悦し、ニッコリと微笑んだ。
 心の中で、頭を抱え狂達は、それぞれの教室に急いだ。

◆◆◆

 稔の身体を綺麗に、舐め上げ拭き上げた、美香と美紀はイソイソと、稔の身なりを整えている。
 稔に真新しい下着と、Yシャツを着せ、ズボンをはかせると、美香は手早く道具を片付け、美紀は洗濯物をまとめた。
 それぞれが、制服を身に着けると、稔はモニターを見つめ
「良し、行きましょう。流石試験期間に入ったせいか、誰もこのフロアーには居ません」
 辺りを確認して、扉に近付き2人を手招きする。
 イソイソと稔の指示に従い、大荷物を持った2人は、稔の横にピタリと寄り添う。
 稔が扉を開けて、外に出ると2人もその後に続く。
 廊下に出た3人は、二手に分かれ、それぞれの教室に戻った。

 教室に入った稔と美紀は、お互いの席に着き、教師の到着を待つ。
 教師が訪れ、チャイムが鳴り、試験が始まると5分程で稔が手を上げ、教師を呼びつける。
 教師はフウッと溜息を吐くと、稔の元に歩いて行き
「あのね、柳井君…、少しは悩んでよ…。これでも、1週間掛けて作ったんだからね…」
 数学担当の女教師が苦笑いを浮かべ、稔の答案を見つめる。
 その時数学教師の顔が引きつった。
 稔が出した答案は、明らかに自分が作った物では無く、レベルが全く違っていたのだ。
「先生…。今回は、少し骨が有りましたね…、でも良くこんな問題、テストにしましたね…」
 稔が怜悧な視線を教師に向け、眼鏡を直しながら告げると
 女教師は、周りを見渡し他の生徒達を見ると、皆一様に頭を抱えていた。

 女教師は狼狽しながらも稔に答える。
「そ、そうね…。良いわよ、行きなさい…」
 女教師は稔の前から移動して、教壇に戻り稔の答案を伏せて置く。
「失礼します」
 稔は一礼して、教室を去っていった。
(な、何この問題…今朝、教頭は何も言わずに、金庫から取り出して配ったけど…。何の説明もなく、試験問題が変わっている…)
 教師は怪訝な表情を浮かべて、目線を教室内に向けた。

 稔は再び、旧生徒会室に戻ると、解析作業を続け、脳波パターンと色の組み合わせを、解析する。
「これは、結構難しいですね…。やはり、彼女の独特な感性が必要なんですね…。理論にまさる感性…、何か敗北感すら感じます」
 稔は呟きながら、絵美の能力の凄さを痛感していた。
 稔はこの後、テストを受けては作業に戻るを繰り返し、3時限目の英語のテスト中に作業を止めた。
「ここから先は、検体の数が増えなければ、判断できませんね…。今日から使えそうですね…」
 そう呟くと、携帯電話を取り出し、コールする。

 暫く耳に充てて、通話が繋がるのを待つと
「教頭ですか…今日の放課後から、始めようと思います。放課後、全教師PC教室に集まるように、指示を出して下さい。理由ですか? そうですね、新教育システム導入の説明とでも、言って置いて下さい」
 稔は用件を告げると、携帯電話を切り、準備を始めた。
 女教師達は何も知らず、自分の心の中に隠している、本質を目覚めさせられる。
 今の現実が、まるで平穏な夢のように感じる新たな現実が、1人の少年によって突きつけられようとしていた。

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