夢魔
MIN:作

■ 第25章 胎動9

 期末試験初日の4科目が終わると、生徒達は三々五々帰宅の途に着く。
 帰宅する生徒達は、皆表情が暗く項垂れていた。
 試験が終わっても、教師達は採点のため思い思いの場所で、ペンを走らせていた。
 全員がその試験問題のレベルの高さに、驚きながら採点していた。
 そんな中、英語教師の春菜は、1人保健室の前の廊下をウロウロしている。
(上郷先生、今日はお休みなのね…。そうよね、校医なんだもん、テストの時はお仕事が無い筈だから、考えてみれば当たり前よね…)
 春菜はどうしても弥生に、薬の事を聞きたかったが、学校を休まれてはどうする事も出来ず、ガックリと項垂れ自分が副担任をしている、教室に向かった。
 春菜は教室の教壇に着くと、深い溜息を吐き、昨夜の事を考え始める。
(私…あんな事するなんて…あんな事に成るなんて…。本当に一体どうしたのかしら…)
 自分の汚物にまみれてオナニーをした事を、春菜は身の毛もよだつ思いで思い出し、ブルブルと頭を振って震え上がった。

 春菜は余りのおぞましさに、泣きそうになりながら自分の身体を抱き締める。
(理由は解ってる…あの薬よ…。あの薬のせいで、私はあんな風に成ってしまったの…。あんな強い薬…有り得ない…)
 その時春菜は、弥生の言葉を思い出す。
(ああ! 確か上郷先生は私に[相当強いお薬なの…、必ず1日1包だけにしてね、眠る前に飲むのがベストよ]そう言ってた…それを、私は完全に無視したんだ…。学校帰りに、何も食べないで2包もいっぺんに飲んだ…。只でさえ強い薬って注意されてたのに…)
 春菜が愕然とし自分を責め始めると、学校のスピーカーから一斉放送が流れ始める。
『学校内に居られる、全教師の皆さん至急職員室にお集まり下さい、至急職員室にお集まり下さい』
 教頭の声が、学校全体に響き渡った。

 春菜はその声にビクリと驚き、今朝の事を思い出す。
(あんなに嫌だと思っていた視線に…、あんなに嫌だったボディータッチに…、私は動けないどころか…感じていた…)
 込み上げる屈辱感と敗北感が、春菜の心を締め付ける。
 だが、それと同時に春菜の中に、別の感情が生まれていた。
 ゾクゾクと背筋を走る、得も言われぬ倒錯感だった。
 その倒錯感は弥生の薬のせいでは無く、春菜の中に有った物が、目覚めた物だった。
 しかし、それはまだ小さく、行動を左右したり、心を占めるレベルの物ではない。
 それが大きくなり、春菜には抱え切れ無く成る程の大きさに育った時、春菜は被虐に飲み込まれ、奴隷として目覚める。
 それは、そう遠い日の事では無く、もう直ぐそこまで来ていた。

 春菜は教頭の呼び出しに答えず、1人物思いに耽っている。
 増大する不安は、止め処なかった。
 防犯カメラの映像の事、不安を解消する薬の事、自分の本質と言われた昨夜の事、教頭に見られて自分が興奮していた事を見抜かれた不安、それらが春菜の肩に重くのし掛かり、春菜の心を責め立てる。
 春菜は机に突っ伏し、泣きそうに成っていた。
 押し寄せる不安で、潰されそうに成っていた。
 そこに、一斉放送が再び響き渡る。
『英語の霜月春菜先生、至急、職員室まで来て下さい。貴女だけですよ…早く来なさい』
 教頭の声は苛立ちを含み、完全に命令形で放送する。

 春菜は、自分の名前を呼ばれ、命令された事にドキドキと鼓動が早くなる。
(い、嫌だわ…学生じゃないのに、あんな命令口調なんて…)
(い、行かなきゃ…。教頭先生に、命令されたのに…)
 2つの答えが、春菜の頭の中で、同時に沸き上がった。
 春菜はその答えに自分で驚き、ジッと考えて教壇から立ち上がる。
(私は社会人よ…教頭先生は、私の上司…。上司の指示に従うのは、当然なのよ…)
 自分に言い聞かせて、教室を後にした。

 職員室に入った春菜に、一斉に48人の視線が向く。
 その視線は様々だったが、中でも一番堪えられなかったのは、教頭の視線だった。
 叱咤するような、睨め付けるような視線の中に、明らかな侮蔑の視線が混ざっていた。
 それは、まるで出来の悪い家畜を見るような、視線だったのだ。
 春菜は謂われない屈辱に身を震わせながら、自分の机に移動し項垂れ
「遅れて申し訳有りません…」
 教頭に向かって、謝罪した。
「私が、放送を掛けて、30分が立ちました。30分間貴女の到着を待った、先生は17人居ます。その先生達に貴女は、[遅れて済みません]それだけの、謝罪で済ませるんですか? 私は、至急と放送しましたよね…。霜月先生は、英語の勉強のし過ぎで、日本語の[至急]の意味をお忘れですか?」
 教頭は、嬉しそうにネチネチと春菜を攻撃し始める。

 春菜は項垂れ小さく成り、職員室にいた女教師も、一様に[始まった]と項垂れた。
 職員室の教師達は、これから何分続くであろう、教頭のネチネチとした、お小言を聞かされるのかと、ウンザリとした表情を浮かべる。
 だが、教頭は全員の意に反して、直ぐに本題に入り始めた。
「遅刻してきた馬鹿は放っておいて、今から貴女達には、新教育システムを体験して貰います。これから、PC教室に行って、名前の書いてある席に着席して下さい」
 教頭はどこか焦ったような顔で、教師達に告げると職員室を追い出した。

 春菜は1人、不安な顔を見せて居る。
(P、PC教室…新教育システムって…。何か、昨日と同じような展開…)
 春菜は蒼白な顔で、項垂れ立ちつくしていた。
「霜月先生…何をして居るんですか…こんな所で突っ立ってないで、早くPC教室に向かいなさい…。それとも、犬のように首に縄でも付けて、引っ張って行って欲しいんですか?」
 教頭が春菜にネチネチとした視線を向け、無遠慮に身体を見つめながら、強い口調で言った。

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