夢魔
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■ 第25章 胎動15

 教頭は席に着くと、職員室を見渡した。
 教頭の席は職員室の全貌が、見渡せる位置に有る。
 教頭の席の周りには、特に若い教師が配置され、その業務内容が把握できる机の配置に成っていた。
 教頭の直ぐ前の列には、必然、鈴なりに若い教師が背を向けて机に座り、手元の作業が見て取れる。
 教頭の目の前には、黒澤のターゲットの由香が居た。
 由香は教頭に見られている事にも気付かず、一生懸命テストの採点を続ける。

 教頭はそんな由香を見つめながら、口を開き黒澤を呼びつけた。
「黒澤君! ちょっと!」
 角が立つ程強い声で、教頭は黒澤の名前を大声で呼ぶと、職員室内に緊張が走る。
 黒澤は教頭の呼び出す声で、イソイソと教頭の前に現れた。
「はい、何でしょう教頭…」
 教頭の前に呼び出された、黒澤は項垂れながら、教頭に問い掛けた。
「私は以前から、言ってますよね…。教師たる者模範を示しなさい…模範を示させなさい…と?」
 教頭はネチネチと黒澤にクレームを付け始める。
 黒澤はそれを項垂れて聞き、謝罪している。
 だが、当の本人は、直属の上司が何の理由で怒られているか気付いていない。
 それを見かねた理科教師が、由香を突きながら
「黒澤先生…貴女の事で、怒られてるわよ…」
 由香に耳打ちした。

 由香は理科教師の言葉に
「へっ?」
 不思議そうな顔を向けると、教頭の言葉に耳を澄ます。
「兎に角、あの机の上の飾りや、あの服装を止めさせなさい! 貴男は管理職なんですから、それなりの責任は全うして欲しいですね!」
 教頭の言葉に、黒澤は平謝りで更に謝罪する。
 だが、由香はその叱責が自分の事を指しているとは、全く考えなかった。
 由香は隣の理科教師を不思議そうに見つめ、小首を傾げ採点を続ける。
 10分後教頭の余りにもしつこい、注意から解放された黒澤はクルリと向きを変え、由香を見つめた。
 由香は、黒澤が一切の表情を消した顔で、近付いてくるのに一向に気付いていない。

 隣の理科教師と数学教師は難を逃れるために、そそくさと席を立ち退散する。
 職員室は水を打った様に静まりかえり、黒澤の挙措に見入っていた。
 黒澤は由香の背後に立つと、肩越しに手を伸ばし机の上に置かれていた、熊のぬいぐるみに手を伸ばす。
 熊のぬいぐるみを手に持ち、引き寄せそれをジッと見つめる。

 黒澤は熊のぬいぐるみを見つめながら
「私は、何度も注意したよな?」
 そのまま手に持ったぬいぐるみに、向かってボソリと話し掛けた。
 由香は机に向けた視界が突然暗くなり、顔を上げてお気に入りのぬいぐるみが無く成っている事に気付く。
 由香は目の前に置いて居た、お気に入りのぬいぐるみが突然消えた事に驚き、振り返った。
 振り返った先には、黒澤が無表情でぬいぐるみを見詰めている。
(黒澤先生! 何で…いつから立ってたの…)
 由香は大きな目を更に広げて、黒澤を見詰めて固まった。
「以前にも、言ったな…。学校に持って来ては、いけないと…。その時、私は何と言ったか覚えているか?」
 黒澤の低く押し殺した声に、由香は首を竦め、俯くと
「あ、あの、その…、棄てちゃうって…。すみません、ごめんなさい…もう、絶対持って来ませんから…。お願いします…返して下さい!」
 由香は泣きそうな顔で、哀願した。

 黒澤は、由香にぬいぐるみをポンと放り投げて返した。
 由香はあまりにもあっさり、ぬいぐるみが返って来た事に茫然とするが、暫くして我に返り、ぬいぐるみを抱き締め深々と頭を下げて、謝罪とお礼をしようとした。
 その時、黒澤の手がスルスルと由香の腰に伸びて、ヒョイと由香の身体を持ち上げる。
 由香は突然の事で、驚いて声も出ない。
 持ち上げられた由香の身体は、黒澤の左脇に抱え込まれ、左腕が由香の腰をシッカリと固定していた。
「どうやら、藤田君は口で言っても、分からないようだな。言葉が通じないなら、こうするしかない…」
 黒澤の右手がスッと上って、勢い良く振り降ろされる。
 黒澤の分厚い大きな手が、由香の小さなお尻に打ち付けられた。

 何の遠慮会釈も無い、一撃が由香のお尻で、バシーンと小気味良い音を立てる。
「きゃうーん!」
 由香は驚きと痛みで、大きな悲鳴を上げた。
 黒澤の手は、その一撃を皮切りに一定のリズムで、由香のお尻を打ち据える。
「痛ーい! ヒー! 止めてー! ギヒー!」
 由香の口から、舌っ足らずな悲鳴と抗議が溢れ出る。
 だが、黒澤の手は一向に止まなかった。

 10数発打たれた、由香の口から、初めて謝罪の言葉が溢れる。
「ごめんなさい! もう、絶対に持って来ません!」
 その時、手が振り下ろされると同時に、黒澤の口から初めて声が掛けられた。
「それだけか?」
 その言葉と、一撃の柔らかさから、由香はこの苦痛から逃れる方法を見つける。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
 大きな声で、謝罪の言葉を繰り返す。

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