夢魔
MIN:作

■ 第25章 胎動24

◆◆◆◆◆

 沙希はトイレの個室に腰をかけ、虚ろな視線を宙に漂わせながら、携帯電話で会話していた。
「うん…おじさま、行けないの…。沙希は、庵さまのものだから…庵さまの言うこときかなきゃだめなの…」
 沙希は電話に向かって話す。
『そうか、明日香や恭子が寂しがっているし、みんなもお前に会いたがっているんだがな…』
 佐山は沙希に食い下がり、自室に来て欲しいと続けた。
「沙希もお姉さまがたに、あいたいけど…しあいがおわるまで…れんしゅう…やすめないし…」
 沙希の口調に変化が現れ、意識が目覚めようとしている。
 電話口の佐山は、口調の変化に気づき、催眠術の呪縛が緩み掛けている事を察知した。
『そうか、無理を言って済まないな…。じゃぁ、暫く諦めるよ…』
 そう言って通話を終わらせる。

 沙希は通話が切れると、携帯電話を操作して、発信履歴を削除し携帯電話をポケットに納める。
 ポケットに携帯電話を納めると、途端に沙希の瞳に意志が戻り、キョロキョロと辺りを見回す。
(あれ? またトイレ…? 最近気が付くと、トイレに居る気がする…なんか変なの…)
 沙希はカラカラとトイレットペーパーを巻き取り、股間を拭うとパンティーを引き上げ、個室を後にする。
 個室を出た沙希は、洗面台の鏡に自分の顔を映し、頬をパンパンと叩くと
(さぁ、今日は霜月先生と試合よ! 気合い入れなくちゃ!)
 鏡の中の自分に言い聞かせ、顔を引き締めた。

◆◆◆◆◆

 通話を切った佐山は、正直焦っていた。
「くそ…俺の催眠術の効果が、薄れて来ている…。あのガキ、不安が無く成って来てやがる!」
 目の前で、灰皿を差し出す女性の腹を力任せに蹴り上げる。
 女性は苦痛に顔を歪めるでも無く、うめき声を上げる事もせず、ただ座っていた。
「お前達の主は、もう、お前達の事なんかどうでも良いとよ!」
 灰皿を捧げ持った女性の髪の毛を乱暴に掴んで、佐山は振り回しながら告げる。

 何の反応も見せない女性に、更に苛立ちを募らせ振り返ると、先程迄腰を下ろしていた、四つん這いの女性に向き直り、その女性の肩口を蹴り、仰向けに倒した。
 女性は四つん這いの姿勢のまま、手足を固定した状態でゴロリと転がる。
 佐山は女性の顔を踏みつけながら
「お前達は捨てられたんだ! 要らないって、言われたんだよ!」
 女性に罵倒の言葉を降らせた。

 灰皿を持っている女性は明日香であり、四つん這いの椅子に成っていたのは恭子だった。
 2人は佐山に凝固催眠を掛けられ、自由を奪われている。
 そんな2人に佐山は言われない、暴力を繰り返し苛立ちをぶつけた。
 だが、反応を示せない筈の2人の目から、一筋の涙が流れ落ちる。
 それは、どれ程の暴力より心を責める、佐山の言葉が2人に流させた物だった。
 そう、佐山の言った[お前達は捨てられた]その言葉が、2人の目に涙を流させた。

 佐山はそんな2人を見つめ驚き、焦り始める。
(やばい、あのガキが来なく成って、人形達の反応が鈍く成って来たと思ってたが、それだけじゃねぇ…。こりゃ、早急に手を打たないと、かなりやばい事に成る…)
 佐山は足下が崩れ掛けている事に、初めて気が付いた。
 佐山は腕組みをして、考えにふけり始める。
 沙希の呪縛を強め、手の内に納めるための策略を、佐山は考え始めた。

◆◆◆◆◆

 職員室で黒澤は1人、採点作業を続けていた。
 すると廊下から、多人数の気配が伝わり、顔を上げる。
(ん? まだ、教育会の終わる時間じゃ無かった筈だが…)
 黒澤が考えを巡らせていると、職員室の扉が開き、合宿組の教師達が姿を現せた。
 黒澤はその教師達の姿を見て、醸し出す雰囲気が、以前とは比べ物に成らない程変わっている事に、目を見張った。
(これは、相当鍛えられたようだな…。みんな別人だ…)
 黒澤がジッと教師達を見渡して居ると、隣の席に社会科主任の京本が立ち
「黒澤先生…、いやはや、SMと言うのは、奥が深いですな…。自分がどれだけ、稚拙だったか嫌と言う程学びました」
 黒澤の方を見ずに、淡々とした口調で呟く。

 黒澤が返事を返そうとすると、反対側の席に数学系主任教師の迫田が
「いや、同感ですね…。ですが、良い経験が出来ました…。あそこは、白井先生の仰られてた通りの場所でした…。私達一般の教師など、絶対に立ち入る事は出来ないでしょう…」
 薄く笑いながら、ボソボソと囁く。
「ほう…それ程の場所でしたか…。私は、柳井君にゲストとして招待されて居ますから、楽しみですな…」
 黒澤がそう呟くと、2人は目の色を変え
「ゲ、ゲスト…。じゃ、じゃあ黒澤先生は、あそこにゲストで入られるんですか?」
「それは、羨ましい…。あそこにゲストで入れるんなら、私は何だってしますよ…羨ましい…」
 黒澤の境遇を羨ましがった。

 3人がそんな会話をしていると、校長と指導主任が疲労困憊の顔で、職員室に入って来て
「みなさん、お話が有りますので、校長室に来て下さい」
 声を張り上げ、フラフラと職員室を横切る。
「校長と指導主任…学校に戻ってきたら、途端に元気ですな…」
 迫田が薄笑いを浮かべ、揶揄するように言うと
「まぁ、この中では、私達より立場が上ですからね…。精々威張らせて上げましょう…」
 京本は淡々とした口調で、迫田に答えを返す。
 黒澤が訝しげに問いかけると、合宿中の2人の醜態を軽く黒澤に話し始める。
 黒澤は1週間泣き叫び、許しを請い続け、基礎コースから抜け出せなかった2人の話を聞いた。

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