夢魔
MIN:作

■ 第25章 胎動30

 ゲームは春菜のサービスで始まった。
 春菜はサービスゲームをキープし、沙希のサービスもブレイクした。
(何よ、全く成ってないじゃない…。お話にならないわ…)
 春菜が苛立ちを覚えながら、二度目のサービスゲームをキープする。
 コートチェンジをする時、庵が口を開く。
「沙希、もう良いぞ…。終わらせろ…」
 沙希に向かって、言われた言葉に春菜が、耳を疑うと
「はい、庵様! それじゃ、遠慮無く」
 沙希が元気良く返事をして、コートに走っていった。

 春菜が茫然と庵の顔を見つめて居ると
「もう、沙希の準備は済んでるぜ…。早くしなよ…」
 庵は低く響く声で、春菜を急かせた。
 春菜はドキリと胸を震わせ
(な、何よ…何偉そうに言ってるの…。[終わらせろ]…[遠慮無く]…馬鹿にしてんの…。良いわ、見てらっしゃい…こっちこそ本気で行ってやる)
 怒りでその事実を押しつぶしながら、コートに立った。

 沙希がボールを地面に突いてタイミングを取り、トスを上げる。
 春菜はそのフォームから方向を予測し、レシーブの体勢を取った。
 勢い良く振り下ろした、沙希のラケットから、放たれたサーブに春菜は、全く反応できなかった。
 沙希が打ったサーブは、ガシャーンと激しい音を立て、春菜の背後の金網の編み目に食い込んでいる。
 春菜はキョトンとした顔で、沙希と金網に食い込んだボールを交互に見つめ
「えっ?」
 小さく呟いた。
「先生、ボール取って下さ〜い」
 沙希が明るく春菜に告げると、春菜は急いで金網に向かう。
(な、何今の…。男子のスマッシュでも、こんな風に成らないわよ…)
 金網に噛み込んだボールを取りながら、春菜は驚いていた。

 その後のゲームは、あっと言う間だった。
 春菜は後半、やっと沙希のボールに、反応できるように成ったが、良いようにあしらわれ、物の見事に敗れてしまった。
 テニスコートに立ち項垂れる春菜に、沙希がはしゃぎながら
「先生! これで、私試合に出られるんですね」
 春菜に問い掛ける。
 春菜は愕然とした表情で、項垂れ微動だにしない。
(有り得ない…有り得ない…。こんな事…有って良い筈が無い…)
 春菜は必死に結果を否定するが、突きつけられた事実は揺るがなかった。

 庵が審判台から降りて、沙希の横に立ち
「行くぞ…ここに居ても、お前にはもう得るべき物はない…」
 春菜に聞こえるように、沙希に告げた。
 春菜は庵の言葉で、弥生が [あなたに学ぶべき物が有れば、あなたの元に返ってくる筈よ。もし無かったとすれば…]そう言った事を思い出す。
 春菜の胸に、途端に不安が拡がり、圧力を強める。

 春菜はそれを振り払うように、キッと顔を上げると
「あ、貴男なにか不正をしたでしょ! じゃないと、1ヶ月やそこらで、ここまで強くは成らないわ!」
 庵に向かって、噛みついた。
「自分の指導力の無さを棚に上げ、大した物言いだな…。ましてや、お前程度の強さで、誰かを教えるなんて傲慢も良い所だ…。沙希も、俺にもっと早く教わってたら、インハイ優勝も夢じゃなかったろうに…」
 庵が残念そうに、首を左右に振り溜息を吐いた。
 春菜は、沙希が練習に出ていなかった40日程の間、庵が特訓していたと勘違いしていたが、実質はほんの7日間だと知ったら、卒倒していただろう。

 春菜はワナワナと震えると
「良いでしょ…。そこまで言うなら、勝負しなさいよ! 私が勝ったら今すぐそこに土下座をして、謝罪しなさい」
 庵に向かって、勝負を挑んだ。
 庵は俯くと、肩を振るわせ
「俺が教えた沙希に勝て無かったあんたが、どうやって俺に勝つんだ? それに、この勝負俺に何のメリットが有る?」
 春菜に問い掛ける。
 春菜は庵の言葉に反論できず、グッと言葉を飲み込むと
「庵様…先生を余り、虐めないで上げて下さい…。先生…じゃぁ、負けたら庵様の生徒に成って、コーチして貰うのはどう?」
 沙希の言葉に、春菜が即答する。
「良いわよ。生徒にでも、何にでも成って上げるわ!」
 春菜は、怒りにまかせて、庵に申し出た。

 庵はニヤリと笑うと、春菜を更に煽る。
「良し、1ポイントでも取れれば、そのセットお前の勝ちで良い。但し、1ポイントも取れない時には、ウェアを脱いで、恥を晒せ」
 庵がそう言うと、春菜はブルブルと震え
「何処まで馬鹿にすれば良いの…。良いわ受けて立って上げるわよ!」
 勝負のルールを、承諾した。
「俺の生徒に成ったら、反論は一切許さんからそのつもりで居ろ」
 庵は春菜に向かって、獰猛なサディストの微笑みを向ける。
 春菜は、庵の調教ステージに、昇ってしまったのだ。

 春菜は庵の獣の笑顔を見て、自分の抱いていた不安の正体を知る。
 それは、春菜の意識が理解した物では無く、春菜の身体が理解したのだ。
 ドクリと子宮が波打ち、熱い体液を分泌する。
 春菜はそれに、驚くが表情には出さず、戸惑いながらコートに入った。
(何…あの子の笑顔…。恐いの…、違うわ…。私の身体…変…)
 頬を赤く染め、火照り始める身体をソッと抱き締める。
(駄目よ…あの生意気な男子に、思い知らせてやらなくちゃ…)
 春菜は頭を左右に振り、意識を試合に向けた。
 春菜のサーブで、再び試合が始まる。

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