夢魔
MIN:作

■ 第26章 開幕3

 職員室で採点を続ける数学教師の元に、1人の女教師が俯きながら小走りに近付いた。
 採点をしているのは新庄美由紀、小走りに駆け寄ったのは白井良子だった。
 美由紀は頭を抱え、一心に採点をしていたため、白井の気配に気付かない。
 白井はモジモジと傲慢な素顔を隠し、遠慮がちに美由紀に話し掛ける。
「あ、あの〜…新庄先生…良いですか?」
 白井は蚊の鳴くような声で、美由紀に話し掛けた。
 美由紀はその声を聞いて、ドキリと手を止め慌てて、声の方に振り向く。

 美由紀の目の前には俯いて、遠慮がちに話し掛ける、白井の姿が映った。
「し、し、白井…先生…どうして…」
 美由紀の表情は、蒼白に成り硬く強ばっている。
 美由紀は、ワナワナと震えながら
「あ、貴女の方から…声を掛けるなと…言ったじゃないですか…」
 小さな声で、白井に告げた。
「あ、あの〜…新庄先生…良いですか?」
 白井はユックリと、顔を上げながら、先程と全く同じ言葉を告げる。
 しかし、眼鏡の奥に覗くその目は、氷の刃のように冷たく鋭かった。

 美由紀はその目に見据えられて、ギクリと身体を強張らせる。
(な、何…? この目…以前と同じじゃ無い…もっと…もっと、危険な目…)
 美由紀は全身がガクガクと震え、脂汗がドッと吹き出していた。
 白井が三度口を開きかけた時、美由紀は席を立ち
「い、良いですわ…何処まで行かれます?」
 掠れた震える声で、白井に告げた。
 白井はニッコリと微笑むと
「出来れば、帰る用意をして下さい…時間が掛かりますから」
 滑りとした言葉を掛け、美由紀を冷徹な視線で睨み付ける。

 美由紀は白井の雰囲気に、ガクガクと震え慌てて机の上を片付けて、鞄を手に取り
「で、出来ました…」
 カラカラに乾いた掠れ声で、白井に告げて直立した。
「でわ、参りましょう…」
 白井はニッコリと微笑み、優雅に手を指し示して、美由紀を促す。
 美由紀は顔を引きつらせながら、ギクシャクと歩き始める。
 2人はそのまま、誰の注意も引かず、職員室を出て行った。

 斜陽の差し込む学校の廊下を、項垂れて美由紀が歩いて行く。
 その数歩後ろを、同じように俯いて、白井が付いて行く。
 分かれ道の手前に差し掛かると、[右][左][上]と短く白井の声が、指示を出す。
 完全に人の気配が無くなると、白井が美由紀に
「止まりなさい」
 短く呟く。
 美由紀はビクリと震え、足をピタリと止めると、ガクガクと震え始める。

 白井がそんな美由紀にユックリと近付くと、眼鏡を外しながら
「こっちを向きなさい…」
 美由紀に命令した。
 美由紀は俯いたまま、震える身体を白井に向ける。
「美由紀さん…こうしてお話をするのは、1年半ぶりかしら…」
 白井は美由紀に向かって、微笑みながら問い掛けた。
「あっ、は、はい…それぐらいに…成ります…」
 美由紀は俯いたまま掠れる声で、白井の質問に同意する。

 白井はニッコリと微笑むと
「顔を上げなさい…」
 優しく美由紀に指示した。
 美由紀はビクリと震え、オズオズと顔を上げると、微笑む白井の顔に釣られ、引きつった笑みを浮かべる。
 その瞬間、白井の表情が一転して、氷の刃のように鋭く変わる。
 美由紀の引きつった笑みは、怯え一色に染まり、白井の視線に縫い止められた。
 怯えた表情で、微動だに出来ない美由紀に、白井がユックリ手を伸ばし、眼鏡を掴んでスルリと抜き取る。

 野暮ったい黒縁の、眼鏡が白井の手の中に移ると、白井はその眼鏡を地面に落とし、ふみつけた。
「これは、もう要らない…」
 白井はそう言うと、スッと美由紀の顔に手を伸ばす。
 白井が伸ばした手に、ビクリと震える美由紀の容貌は、とても美しかった。
 スラリと伸びた鼻梁、フルフルと揺れる長い睫、ほっそりと伸びる顎のライン、それら全てが整っている。
「こっちを見て…」
 白井が優しく頬を撫でながら、美由紀に指示すると、美由紀はオドオドと目を開け、白井に目を向けた。
 目を開き白井を見つめる目は、ハッキリとした二重で、大きな黒目がちの眼だった。

 白井はユックリと両手で、美由紀の頬を撫でながら
「やっぱり綺麗…。ごめんなさいね…こんな、不細工な格好をさせて…」
 優しく美由紀に囁く。
 白井の優しげな声にも、美由紀は緊張を解く事が出来ず、身体を強張らせ震えている。
 白井は美由紀の顔を上げ、微笑みを浮かべて、真っ直ぐに見詰めた。
 美由紀の怯えは、白井の真意を掴みかねて、濃く強くなって行く。
(何…今度は何なの…。一体何を企んでるの…、もう許して…。もう止めて…)
 美由紀は、白井の優しげな態度に隠される物を、必死に探ろうとする。

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