夢魔
MIN:作

■ 第26章 開幕13

 学校帰りの夜の雑踏。
 古典担当である町田直美とその同僚で現代国語担当の、鈴木奈々の二人が、連日続く導入されたばかりの新教育システム研修と、散々な点数の期末試験の結果に不平をぶつけ合う為、居酒屋を探していた。
 二人が、見つけた店に入った時間は、8時を少し過ぎた程度だったが、会社帰りのサラリーマン達で店内は、ごった返していた。
「どうする? 多分よそに行っても、同じような物よ」
 奈々が直美に問い掛ける。
「そうよね〜、私ここのお料理好きだから、ここが良いなぁ〜」
 直美は舌っ足らずな喋り方で、奈々に答えを返す。

 奈々も直美も25歳の新米教師である。
 去年の春に、採用され初めての赴任先が、この学校だった。
 奈々は細身のスレンダーな体に、逆卵型の顔立ちで絹のようなロングヘアーの黒髪が、[上品なお嬢さま]と言った雰囲気を醸し出している。
 対象的に直美は、肉付きの良いポッチャリ型で丸い顔に軽くウェーブの掛かったセミロングが、少女のような印象を与える。

 二人が、入り口で話していると
「相席で宜しいですか?」
 美形の店員が微笑みながら、丁寧に2人に問い掛けて来た。
 二人は頬を染め、迷いながらも肯いて、店員に案内される。
 向かった先には、20人程が座れる大テーブルが有り、そこに二人分の席が、空いていた。
 店員に案内された二人は、その両横を確認する。
 片方は、中年男性2人組が2組占領し、もう片方は、30代の女性が一人黙々と、料理に手を付けている。
 二人は、その女性を見て、ギクリと頬をひきつらせた。

 女性の名前は大貫紗英、年齢は33歳、独身である。
 大貫は、眼鏡を掛け、結い上げた髪の毛に地味なスーツを着て、黙々と料理を摘みジョッキを傾けていた。
 大貫は、直美と奈々の直属の上司で、学校の国語系教師の主任をしていた。
(ヤバい! 主任が、居る…。こんな所で、お説教されたら、堪らないわ)
 奈々が、直美に目配せすると、直美はその時点でUターンしていた。
 奈々よりも、直美の方が大貫の事を苦手としている。

 しかし、その二人の逃亡は、成功しなかった。
 横に居た中年男性達が、酔った大声で呼び止め、小さく席を譲ったのだ。
 その声を聞いて、大貫が顔を上げ、二人を確認した。
(万事休す…)
 奈々は大貫に見つかった事で、軽く会釈をすると直ぐに諦めて、空いていた席にむかい腰を下ろす。
 直美も直ぐに不承々々、奈々に従って腰を落ち着けた。
 気まずい雰囲気で2人が怖ず怖ずと、大貫の方を盗み見すると、ばっちりのタイミングで視線が合ってしまう。
 2人は引きつった顔で説教を覚悟したが、大貫は軽く会釈するだけで彼女達への興味を失い、再び料理に手を伸ばし始める。

 大貫が2人に対して、何も言う気がない事を感じた2人は、ホッと胸を撫で下ろし店員に注文を始めた。
 数分もすると、酒と料理が運ばれ、2人はコソコソと話し始める。
 大貫が横にいるため、余りストレートな物の言い方が出来無かったが、それでも2人は愚痴を言い合った。
 しかし暫くすると、直美の表情が険しくなり、しきりに後ろを気にし始める。
 訝しそうに、奈々が直美の後ろに視線を向けると、中年男性が、直美の背中に自分の背中を密着させ、ニヤニヤと笑っていた。
 奈々がムッとした表情に代わり、文句を言おうとした瞬間[きゃっ]直美が短い悲鳴を上げて、席を立つ。
 直美は中年男性に、お尻を撫でられたのだった。

 中年男性は白々しく、驚いた表情を浮かべ、直美を見上げる。
 だが、その驚き顔には、ニヤニヤといやらしい笑いが張り付き、何故直美が立ち上がったか熟知していた。
 怒りを顕わにした、奈々が中年男性に抗議すると、中年男性は小馬鹿にしたように話しを聞かない。
 やがて、その言い争いは店中の知る事と成り、店員が飛んできた。
 騒然とする店内の雰囲気に、中年男達が逆ギレして怒り出し
「こんだけ混んでるんだ、身体が少し触れただけで、騒がれたら堪ったもんじゃねぇよ!」
 直美と奈々を怒鳴り散らした。

 店員も、中年男性の言い分に頷くと
「お客様…申し訳御座いませんが、余りお騒がれに成ると、他のお客様にもご迷惑が掛かります」
 直美と奈々に向かって、注意を始める。
 その時、2人の背後で、タンとジョッキをテーブルに叩き付ける音がして、当事者達の視線が一斉に向けられた。
 視線が向いた先には、大貫がジョッキを持って、無言で中年男性を睨み付けている。
 中年男性がその視線の圧力にたじろぎ、視線をそらせると、大貫がスッと立ち上がって、今度は店員を睨み付けた。
 店員も大貫の視線に気圧されながら、[何か?]小声で問い掛けた。

 大貫は一歩前に進み出すと
「このお店は、事実関係も認識しないうちに、一方的に被害者を責めるの? そこの貴男、本当に偶然背中が触れ、お尻に手があたったの?」
 店員と中年男性に問い掛けた。
 大貫の言葉に、店員は口ごもり、中年男性は反論した。
 大貫は黙って、中年男性の反論を聞きながら、パカパカと携帯電話を開け閉めしている。
「ふ〜ん…。貴男常習犯ね…良くそこまで、嘘がスラスラと出てくる物ね。店員さん警察を呼んで下さる? 痴漢の常習者がここに居るって、通報して下さい」
 大貫は中年男性にそう告げて、携帯電話を開いて店員に見せながら言った。

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