夢魔
MIN:作

■ 第26章 開幕40

 稔は再び大きく頷くと、弥生はクルリと真に向かい
「真様…弥生を拾って下さい…。弥生には、もう、真様しか見えません! 真様の声しか聞こえません!」
 真に向かって、泣きながら訴えた。
 真はニコニコとしたいつもの笑顔を、真剣な表情に変え
「上郷弥生さん…私の伴侶として、共に涅槃を目指して下さい」
 弥生に依頼した。
「はい、源真様…常世の果て迄お供します」
 弥生は真の前に正座し、三つ指を突いて頭を下げる。
 真は弥生の身体の上で、印を切り、真言を唱え、誓いを固めた。

 真の緊張が解けたのを見て取った稔は
「上郷先生おめでとう御座います。これで、僕達とは一線を引いてしまいますが、これからもよろしくお願いしますね」
 微笑みながら、弥生に告げると、弥生は嬉しそうに
「え、え〜っと…柳井君って、呼ばなきゃいけません? 私には、とっても嫌なイメージが有るんですけど…」
 稔に問い掛ける。
「じゃあ、私と同じように、稔君と呼ぶようにするのはどうだろう? 多分しっくり来る筈だよ」
 真がにこやかな顔に戻りながら、弥生に告げると
「はい、真様の仰るとおりに致しますわ。ねっ、稔君?」
 稔に嬉しそうに問い掛けた。
「はい、はい…構いませんよ…。どうぞお好きなように…」
 稔が携帯電話を取り出し、どこかに電話を掛けようとした瞬間、狂がそれを制止する。

 狂は真剣な表情で稔を止めると
「稔…その電話は無しだ…。あの親父に知らせて、真さんの急所を教える必要は無い…」
 稔に真剣な表情で告げた。
 稔は狂の言葉の意味を直ぐに理解し
「そうですね…、最近の理事長の動きは、目に余る物が有ります…。ここは狂の言葉通りにしましょう」
 小声で狂の言葉に賛同した。

 保健室に入ってから、ズッと状況が掴めない、美由紀が堪りかね、怖ず怖ずと口を開く。
「あ、あの〜…私は…一体どうすれば、良いんでしょうか…」
 全裸のままモジモジと、縮こまる美由紀に、4人の視線が集まる。
 4人の視線を受けて、美由紀は心の底から驚いた。
 真の目線の深さは、理解していた。
 見詰められると、心が蕩けてしまうような優しさと、厳然とした冷徹な視線を併せ持つ視線。
 今迄逢った事のない、そんな深みの有る視線を持つ者が、外に居る筈がないと思っていた。

 だが、この場に居合わせた、他の3人も一様に深さを持っている。
 それも、3様に異なる深さ。
 弥生の持つ瞳は、理知的で貫く様な視線と、蕩けるような色気を持っていた。
 狂の持つ瞳は、舐め回すようないやらしさと、全てを見抜く様な冷静さが混在している。
 一番驚いたのは、稔の視線だった。
 稔の視線を真正面から見てしまうと、身体が動かなくなり、自然と跪いてしまう。
 魂の奥底から、自分の大切な物を差し出さずには、居られないような、不安感と陶酔感が込み上げる。

 そんな、異様な視線に晒され、美由紀は一瞬で呼吸が停止しそうに成り、口をパクパクとさせた。
(駄目…この人達…、人種が違うわ…。良子さんが、恐くて仕方なかったけど…この人達を、前にすると息が辛い…)
 美由紀の足がガクガクと震え、徐々に膝が下がり始めると、保健室の床にペタリと座り込み、項垂れる事でようやく視線を外せた。
 稔は真に視線を向けると
「真さん…この人は?」
 真に問い掛けた。

 真は稔に微笑みながら
「ええ、随分虐められた過去が有るらしく、気脈の流れが酷くて、不感症に成っているらしいんです。私は彼女の担当者から依頼を受けて、治療に当たろうとしたんですが…。少し、腹立たしく成って、彼女を連れて出てきたんです。ですが、治療の場所が、見つからなくて困ってたんです…」
 状況を説明すると、稔は頷いて
「そうですか…。これから、依頼も増えると思いますし、校内にも真さんの道場を、作らなければ成りませんね」
 腕を組み顎に手を添え、考え始めた。

 2人のやり取りを聞いていた弥生が、スッと頭を下げ
「私の家は如何でしょうか? 私の所有物でしたから、今はあれも真様の物です。何より、ここからも近いですし、防音効果も有ります。部屋数も余裕が有りますし、道具や薬品も既に揃っています」
 真に申し出ると、真が驚きながら口を開く前に
「おう、良いじゃねぇの、全ての条件クリアじゃん! んじゃ、俺はちょっくら、行ってくるわ…。また、明日な…」
 狂がニヤリと笑って、弥生の申し出を認め、医務室から出て行く。
「そうですね、僕もそれだと手間が省けますし、真さんもやり易いと思います。弥生さんのサポートも望めそうなので…じゃぁ、そう言う事でお願いしますね」
 稔も認めて頷くと、微笑みながら医務室を出て行った。

 残された真のみ、かなり焦りながら[いや、ちょっと…]と反論しようとした時には、真の道場は弥生の家に決まり、真の反論を聞く人間は、弥生のみに成っていた。
 真は弥生の方を見て
「良いんですか? 私が…その〜、彼女のような女の方を治療したり、手解きをしたりすると言う事は…、弥生の家で、他の方と肌を合わせると言う事に成るんですよ…」
 困り顔で弥生に問い掛ける。
「あら、今迄もそうじゃないですか? それに、その程度の事で、真様の行動を阻害してしまったら、それこそ、この先やって行けなく成りますわ。真様の能力を、存分にお使い頂ける環境を整えるのも、私の役目だと思っております」
 弥生はニッコリ微笑んで、真に頭を下げて、自分の考えを告げた。
 真は弥生の答えが、嬉しくて堪らなかった。
 ニコニコと微笑み、最愛の伴侶を見詰める真だった。

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