夢魔
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■ 第27章 誓約5

 時計の針は、7時半を指し示していた。
 7時半にも成ると職員室内の席も半分以上埋まり、にぎやかに成っている。
 直美と奈々は落ち着かない素振りで、入り口をチラチラと見ていた。
 そして、2人の待ち人が、地味なスーツを着て現れる。
 2人は弾かれたように立ち上がり、自分の席に着こうとする大貫の後を追った。
 自分の席に着いた大貫の後ろに、2人は並んで立つと
「お早うございます」
 2人同時に勢いよく、頭を下げて大貫に挨拶をする。

 しかし、大貫は2人に視線を向ける事無く、肩越しに
「あら、お早う」
 ぞんざいな返事を返すだけだった。
 直美と奈々は2人で顔を見合わせ、訝しんだ表情を向け合うと
「あ、あの〜…何か…お腹立ちでしょうか…」
 怖ず怖ずと小声で大貫に問い掛ける。
 大貫はそんな2人の声にも、顔を向ける事無く
「どうして、何です? 何か私を苛立たせる事でも、お二人はしたの?」
 何の感情も込める事無く、机の上の端末にIDパスを打ち込み起動させ、2人に問い返す。

 2人は大貫の態度の冷たさに、不安になり始め、何か言おうと口を開くと
「貴女達、試験の結果が入力されて無いわよ…。採点はどうしたの? 明日は終業式なのにどうするつもり?」
 大貫がキーボードを打ち込みながら、2人を問い質す。
「あっ、は、はい…。午前中…、いえ、9時迄に仕上げます」
 大貫の鋭い質問の声に、直美と奈々は飛び上がり、姿勢を正すとイソイソと自分の机に戻る。

 自分の机に戻った2人は、端末を起動させながら
「ねぇ、どう言う事…。まるっきり、いつもの大貫先生じゃない…。昨日の事は、無かった事に成ってるの…」
 奈々が直美に問い掛けると
「え〜…どうして…。私達見限られちゃったのかな…」
 直美は寂しそうに、呟いて俯く。
「どうしてだろう…」
 奈々も同じように項垂れボソリと呟くと、職員室の扉が開き、大城が入ってきた。

 2人は反射的に顔を上げ大城を見ると、大城の目線も2人を見ている。
 お互いの視線が合うと、大城は顔を引き締め、クイッと顎で指示を出し、直ぐに踵を返して職員室を出て行った。
 2人は大城の行動に驚き、顔を見合わせると頷き合って席を立ち、急いで大城の後を追う。
 職員室を出て直ぐに大城の姿を探す直美と奈々。
 直ぐに見つけた大城の姿は、教室棟の方向にユックリと歩いている所だった。
 直美と奈々は急いで大城の元に駆け寄り背後に追いつくと、大城は背中越しに小さな鋭い声で2人に告げる。
「貴女達、どう言うつもり! 昨日の事は、仕方なく誓ったの? この期に及んでコソコソと相談するなんて、私達を馬鹿にしてるの? 私達の世界の誓約は、そんな安っぽい物じゃ無くてよ!」
 大城の背後に追いついた2人は、大城の怒りに満ちた言葉とその内容に驚愕した。

 直美と奈々はその言葉に凍り付き、足を止める。
(どうして! どうして知ってるの…私達が逃げる相談してた事…。誰も居なかった筈なのに…)
(嘘〜…バレてる…。誰も居なかった筈なのに…ちゃんと確認したのに〜…)
 2人は顔を引きつらせ、言葉も出なかった。
 大城はゆっくり振り返り、腕を組んだ怒りの表情で
「それも、一番お気を使うべき、黒澤先生に聞かれてたのにも気付かず、ベラベラと喋ってたそうね…。大貫先生と2人で呼ばれて、黒澤先生自らに聞かされた時は、恥ずかしいやら情けないやらで、どうして良いか分からなかったわ。大貫先生はその場で泣き崩れて、黒澤先生に土下座して謝罪したのよ![教育が行き届かず、申し訳ございません]って床に額を擦りつけて、泣きながら謝ってたわ…。貴女達は昨日、黒澤先生が教育された藤田先生を見たでしょ、ああ言う世界だって理解して、身を投げ出し誓いを立てたんじゃないの? ただの好奇心であんな誓いをされたら、良い迷惑なのよ!」
 大城の凄まじい剣幕に、2人は打ちのめされ項垂れた。

 大城は2人を睨み付けながら
「これは、黒澤先生からの伝言よ[私は無理強いをするつもりも、脅迫するつもりも無い。しかし、望んで飛び込んだなら、それに対する責任は必ず取るべきだと考えているし、反故にするならそれ相応の謝罪も必要だ、それが出来ない者は何が有っても信用しない]ですって。良い? 伝えたわよ!。私も黒澤先生の伝言が無ければ、貴女達なんかと口も聞きたく無いんですからね!」
 組んでいた手を腰に当て、威圧しながら2人に伝える。
 2人は大城の言葉を、鞭で打たれるように感じ、ビクリ、ビクリと震えながら聞いた。

 大城は言いたい事を言い終えると、[フン]と鼻で宙を切って、昂然と歩き去ろうとする。
 直美と奈々にとっては、この時が最後の瞬間だった。
 奴隷に身を落とし、飼い主を決める、最後の瞬間。
 直美の頭の中に一瞬[解放される]と言う言葉が過ぎる。
 だが、2人は知らない。
 この後学校は、惨状を極める事を。
 飼い主の居ない奴隷が、最も過酷な運命を迎える事を。
 2人は知る由も無かった。

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