夢魔
MIN:作
■ 第28章 暗雲9
美紀は玉置の駆るF40で、隣の市まで足を伸ばしていた。
こちらの町の方が県庁所在地でもあり、都市として開けているのと、学校の用務員と生徒が並んで歩いているのを、知り合いに目撃され難いためである。
美紀と玉置は買い物をし、食事を取ってカラオケなどを楽しんでいた。
玉置が落ち込んだ美紀を元気付けるため、誘い出したものである。
「お爺ちゃま、有り難う…美紀元気になりました」
美紀は玉置の気遣いに、感謝を込めて微笑み、頬にキスをする。
玉置は美紀をにっこり微笑んで見詰め
「そうか、元気に成れたか…爺相手で済まんが、飯でも食いに行くか」
美紀に優しく告げると
「美紀、お爺ちゃまにお料理作りたいです…。駄目?」
美紀は玉置の腕を左右に振りながら、首を傾げて問い掛けた。
「はははっ、本当に美紀は、爺キラーじゃの…。いい、解ったそうしよう。良し、それじゃ車を飛ばして帰ろうか」
玉置がニコニコ笑いながら、美紀の頭を撫でると、駐車場に向かう。
その2人を車の中から、ジッと一人の男が見詰めている。
「ビンゴ…、俺の方に来た。これで、上手い事やったらまた、ボーナスがっぽりだぜ…」
男はサングラスの下で、ニヤリと微笑み呟いた。
駐車場から、黒のF40が出てくると、男も車を出し後を追い始める。
男の車はゴテゴテとしたエアロパーツを付け、車高を落とした紫色のセルシオだった。
一目でその車に乗るものが、普通の集団に属していない事が分かる車だ。
運転席の男は器用に車を操縦し、F40を追いかける。
(さってと、この先のバイパスでやるか…。だが、あそこは2車線の1本道…気付かれて、スピード出されたら、おじゃんだからな。到底この車じゃ追いつけない…。何か良い方法無いか…)
男が考えていると、F40は左にウインカーを上げ、道路脇のコンビニに入って行った。
男はニヤリと微笑み、同じコンビニに入って行く。
F40は店から少し離れた、周りに誰も止めていない駐車スペースに車を止める。
助手席に座っていた美紀が、玉置に不思議そうに問い掛けた。
「どうして、こんな遠い所に車を止めたんですか? お店の前も空いてるのに…」
美紀の質問に、玉置が笑いながら
「この車かなり良い値段がするんでな、儂があそこに止めると、他の人間が止め辛く成るんじゃ…。誰でも何かやって、クソ高い修理代は払いたく無いじゃろ?」
美紀に答えた。
美紀が納得して、車を降りて買い物に行こうとすると、玉置が手で制しながら
「儂が行ってくるよ、タバコも買ってこんといかん。美紀じゃ買えんし、大人しく待って為さい」
玉置がそう告げると、美紀は[は〜い]と素直な返事を返して、シートベルトを締め直した。
玉置は微笑んだまま車を降りると、コンビニに向かって歩いて行く。
玉置が途中で立ち止まり、美紀に飲み物の銘柄を聞くために、振り返ると目に入ったのは、引き攣った美紀の顔。
玉置が音に気付いて、振り返ると目の前に紫色が広がっていた。
男は車をコンビニのすぐ前に止め、ジッと息を殺して待った。
玉置が一人で降りてきた時、男の右頬がクゥーッと笑みの形に吊り上がる。
男はシフトをDレンジに入れ、アクセルを思い切り踏み抜いた。
セルシオはホイールをスピンさせ急発進すると、あっという間に加速して、玉置の直ぐ手前でハンドルを思いっきり、左に切りサイドブレーキを一瞬引いた。
車の後輪が横滑りを起こし、セルシオの後部が玉置目がけてスライドする。
ゴンッという音と共に、玉置はバットで弾き飛ばされたボールさながら、ライナーで宙を飛ぶと自分の愛車のボンネットを大きくへこませ、フロントガラスを突き破って車内に戻って来た。
玉置を弾き飛ばした、車はそのままタイヤを鳴らし車道に出て、バイパスを猛スピードで走り去る。
それは、一瞬の出来事であった。
美紀は目の前に血だらけで、意識を無くしている玉置を見て、悲鳴を上げそうに成ったが、両手で口を塞ぎ飲み込む。
シートベルトを素早く外して、車外に出ると直ぐに携帯を取りだし
「消防ですか、救急車をお願いします。場所はバイパス手前のコンビニの駐車場です。負傷者は56歳男性、意識は無く頭から血を流しています。呼吸は有りますが、かなり細いです、急いで下さい!」
救急車を呼ぶと、次にボタンを操作した。
「稔様! 緊急事態です! 玉置様が…車にはねられて…重傷です…。どうしよう、血が沢山出て、動かないんです…」
『落ち着いて、救急車は呼びましたか? 相手はそこに居るんですか? 警察はどうしました?』
「救急車は呼びました。相手は直ぐに逃げましたが、車種とナンバーは覚えています。警察は、あっ、今来ました…」
『そうですか、収容された病院が解ったら、また電話して下さい、美紀と玉置さんの関係を警察に聞かれたら、満夫の友人と言いなさい』
「はい、解りました…、また報告します」
美紀が携帯電話を切ると、警察官が直ぐに美紀に近づき、事情聴取を始める。
紫のセルシオを駆る男は、車内で携帯電話を取りだしコールする。
「もしもし、私です。玉置の爺さんやりましたよ…。これで、半年は病院から出て来れないでしょう…、下手すりゃ一生かも知れません。私は車を処分して戻りますね…」
男は携帯電話を切り、ポケットに突っ込むと、サングラスを取った。
サングラスを取った男の顔は、ニヤニヤと笑っている。
その男は所轄の刑事、榊原だった。
この榊原が、紫のセルシオの持ち主とはとても、思えない。
それもその筈、このセルシオは盗難車で、運転席にも濃いシールドが張られて居たため、犯行用に盗まれた物だった。
それが、たまたまこの市の暴走族の物だったため、榊原はヒヤヒヤして運転していたのだが、誰にも見つかる事無く、犯行を終わらせた。
後は馴染みの処分場に持って行き、一山幾らの鉄の塊に変えるだけである。
「これで、また大金が俺の懐へ転がり込んで来る…ふふふっはははははっ…辞められんなこの商売…」
榊原は大声を上げて笑い、車を処分場に向かわせた。
◆◆◆◆◆
竹内の執務室の扉がノックされた。
「入りなさい」
竹内が書類に目を通しながら、扉を見もせず告げると、音も無く扉が開かれ、執事の格好をした佐山が入ってくる。
佐山は室内に入ると、ペコリと頭を下げ
「玉置氏の処置、終了したそうです」
竹内に報告する。
竹内は書類を読む手を休め、顔を上げると
「そうか…。なら、あいつの土地を買っておけ。確か、権利書類は信用組合の貸金庫の筈だ、支店長には儂から連絡を入れておく。お前は、実印と手続きを済ませろ。買い手の名前は、そうだな処分した屑どもの名義を使え、同じ貸金庫にあいつら名義の銀行印と、通帳が収めてある」
佐山に指示を出し、再び書類に目を通す。
佐山は指示を受けると、ペコリと頭を下げ
「承知致しました。失礼します」
退室の挨拶をすると、竹内の自室を後にする。
竹内は書類に目を通し終えて、ギシリと背もたれに身体を預けると
「副理事長の1人は、居なくなった。やつ達には、そろそろ舞台から降りて貰わねばならんだろうな…、大道具は準備だけで良い。役を演じるのは儂だ…ふふふっははははは〜っ…」
ボソボソと呟いて上機嫌で笑い始めた。
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