夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲13

 庵と沙希は通学路を庵の家に向かい歩いている。
 時間は、夜の7時を少し回っていた。
 庵が道具のメンテナンスを終えるのに、時間が掛かってしまったのだ。
 沙希は、庵に先に帰るよう言われて居たが、執拗にすがりつき、庵の元を離れようとしなかった。
 庵は根負けし、沙希に簡単な手伝いをするように告げ、手を早めたが数が多すぎて今迄掛かったのだ。

 沙希は庵の腕にしがみ付き、ニコニコと微笑みながら、歩いている。
「エヘヘッ、庵様〜。沙希、幸せです〜」
 沙希は、庵の顔を見上げて、嬉しそうに告げた。
 庵は、無言で沙希に微笑み、沙希の頭をポンポンと叩いて、沙希の言葉に答えた。
 沙希は、気持ち良さそうに、眼を細めると庵の腕に、顔を擦り付ける。
 そんな沙希の表情が、スッと覚めたように、一瞬無表情に成ると視線が釘付けに成り、直ぐ元に戻った。
 沙希が見つめた先には、小さな公園が有った。
 その公園は木々に隠れ、良く見ないと分からない目立たない物で、ブランコと滑り台、それと砂場とベンチが2つ置かれているだけの公園だった。

 沙希は突然その公園に向かって走り出し、中に消えて大きな声で庵に呼びかける。
「庵様〜! 見て見て〜」
 沙希は、ブランコを漕いではしゃいでいた。
 庵は無邪気にはしゃぐ沙希を見て、苦笑いを浮かべる。
「沙希。何してんだ…、帰るぞ」
 庵は優しげに語りかけ、沙希を促す。
「え〜、もう少しお願いします〜」
 沙希は甘えるように、庵にねだる。

 だが、沙希は笑いながら同時に困惑していた。
(どうして…、私どうしてこんな事が楽しいの? 変よ、こんなの…)
 沙希の困惑に庵が気付く前に、庵は別の気配に気付き
「沙希、直ぐに降りて来い!」
 低く鋭い声で、沙希を呼ぶ。
 すると、茂みの中からゴソゴソと男達が現れ始める。
 沙希はブランコから飛び降りると、庵の腕にしがみ付いた。

 庵の周りを10人程の男達が、手に武器を持って取り囲んだ。
 庵はジロリと見渡し、男達を値踏みする。
「この雰囲気…、人違い…って事は、ねぇわな」
 庵は獰猛な笑いを頬に浮かべ、男達に問い掛けた。
 庵の問い掛けに、男達の輪が切れて、2人の男達が姿を現す。
「おお、人違いじゃねぇ。俺の面、忘れたとは言わせ無いぜ」
 進み出した男の1人が、パジャマ姿でスレッジハンマーを肩に担ぎ、庵に告げる。
 もう1人の男は、顔を晒すタイプの黒革の全頭マスクを被り、無言で睨み付けている。

 美香を陵辱しようとして、カラオケボックスで、庵と稔に病院送りにされた、東と谷の2人だった。
「何だ…、誰かと思ったら、チンピラか…。で、何の用だ? また、病院送りにして欲しいのか?」
 庵がプレッシャーを上げながら、半歩前に進み出て、沙希を背中に回して庇う。
「俺は、手前ぇのせいで一生病院の世話に成らなきゃなんねぇ身体に成っちまった。今日はよ、その礼の為に、病院から抜け出して来たんだ」
 東は歯を剥き出して、恫喝しながら、庵に告げた。
「何だ? まだ、入院してたのか…、ヤワな身体だな。だがよ、わざわざ病院を抜け出して、俺に寝言を言いに来たのか? お前、あの時で理解出来なかったのか? お前じゃ俺には、逆立ちしたって勝てねぇぜ」
 庵の言葉に、東はニヤリと不適に笑う。

 庵が東の自信に細工がある事を感じ、周囲に意識を向けた。
「ああ…、まともにやったら、この人数でも20秒ぐらいで、全員病院送りだろうな。まともにやったらな…」
 東はニヤニヤ笑うと、ゆっくりと携帯電話を取り出し、コールする。
 庵の後ろで、沙希が身じろぎすると、再び動かなく成る。
 庵が振り返るのと、東が[ヤレ]っと叫ぶのが、同時だった。
 その東の声に庵が反応し、顔を東の方に向けると、庵の膝から力が抜けガクリと身体が揺らいだ。
 驚きの表情を浮かべ、倒れ込む庵の目に、ぼんやりとした表情を浮かべ、立ち尽くす沙希の姿が有った。

 その手に持たれた物を見て、庵は自分の状態を理解する。
(あのデカいペンは、無針注射器…、この感じだと筋弛緩剤か…。薬が周り切る前に…)
 庵の手がポケットに入って、携帯電話を取り出すと身体が地面に倒れ、手から携帯電話が転がった。
 庵は地面を頬で感じながら頭の中で
(何故だ…沙希…、何故俺に…こんな事を…)
 沙希の行動の理由を必死に探す。
 地面に転がった庵を沙希は、トロリと寝ぼけたような表情で、見下ろしている。
(あれ…、庵さま…、どうして…、ねころんで…、いるの…)
 霞が掛かったような、意識の端で、沙希は不思議そうに、考えていた。

 そんな2人に、東が高笑いを上げながら近付き
「残念だったな! それは、即効性の筋弛緩剤だそうだ。そう、成っちまったら、2時間は動けない。勿論、電話も出来やしないぜ!」
 そう言いながら、ハンマーを携帯電話に叩き付ける。
 庵の携帯電話は、ハンマーの下で砕け散った。
 東はニヤニヤ笑いながら、ハンマーを肩に担ぐと沙希に向かって
「おい、姉ちゃん。良くやって呉れたな、お前のご主人様がお待ちだぜ」
 東は携帯電話をチラつかせ、下卑た笑いを向ける。

 沙希の手がゆっくり持ち上がり、携帯電話を受け取ろうとすると、東はスッと携帯電話を持ち上げ
「へへへっ…もうちょっと付き合えよ…。この男がボロ屑に成る所を見て行けよ」
 沙希に告げ、片手でスレッジハンマーを持ち上げると、勢い良く振り下ろす。
 東のハンマーが振り降ろされると、[メキッ]っと肉の潰れる音と[バキン]っと骨の砕ける音が、同時に鳴った。
 東のハンマーは、庵の右の二の腕にめり込み、庵の右腕はあらぬ方角を向いた。
 そんな庵を見詰め、東が感心した声を上げる。
「ほう…、本当に痛みを感じ無いんだな…。俺は何の冗談だと、思ってたんだが…。居るんだ、本当にこんな奴…」
 東はそう言いながら、沙希を引き寄せると、沙希の両手にスレッジハンマーを持たせ、スカートを捲り上げる。

■つづき

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