夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲16

 東と谷が狂の居る方向とは逆に走り、姿を消すとその数秒後、真と弥生がゴソゴソと、狂の横に這い進んで来る。
「どうなりましたか…?」
 真が狂に小声で問い掛けると、狂は無言で茂みの向こうを指差し
「多分まだ死人は出てない…」
 真に小声で返事を返す。
 弥生が狂の指さす方に視線を向けると、[ひっ]と悲鳴を上げそうになり、狂と真が慌てて手で口を押さえた。
 狂と真は真っ青な顔で、口の前に人指し指を立て、左右に首を振って弥生を黙らせる。
 弥生が2人の態度に顔を引き痙らせコクンと頷くと、狂と真は小さな溜息を吐いて、手を放した。

 東と谷の鮮やか過ぎる逃走を男達が気付く前に、稔の手によって全員一生後遺症が残る怪我を負わせられた。
 動く物が、居なく成った公園で、稔の身体がフラフラと揺れ、パタリと倒れ込む。
 すると、モゾモゾと茂みの影から、狂達が姿を現した。
「真さんそっち確認して! 弥生は庵を頼む!」
 茂みの影から出た狂は、真と弥生に指示を飛ばし、最後に稔を取り囲んだ男達を確認する。
「ふぅ〜…、真さんこっちは、全員OK。そっちはどう?」
 悶絶している男達を確認し終えた狂が、真に問い掛けると
「こっちも、概ね大丈夫ですが…、1時間以内に治療しないと、危ないのが居ますね」
 ナイフの刺さった男を見ながら、狂に答えた。

 弥生の方に視線を向けた狂は、固まっている弥生に
「おい、養護員だろ多少の怪我で、おたつくんじゃねぇよ」
 呆れながら、檄を飛ばすと
「これ、多少の怪我じゃありませんよ〜…両手は変な方に曲がってるし…、口から血が流れてます。この量だと、内臓に傷が付いてますよ…」
 弥生は泣きそうな顔で、庵の状態を説明する。
「おい、弥生は車のシートを運びやすいようにして来い。真さん、何か運ぶ物探して…っと、もう準備完了、流石真さん」
 狂が指示を飛ばすと、真は凶器と衣類を使い、簡易の担架を作り終えていた。

 狂はそれを確認すると、携帯電話を取り出し、コールする。
「もしもし、俺、狂だけど…。庵がかなりの重傷を負った。パッと見両腕骨折、内臓もやられてるし、肋も何本かいってる…。取り敢えず、あんたの病院運ぶし、治療を頼む」
 狂は金田に電話して、治療準備を頼んだ。
 携帯を片づけた狂は、真と共に庵と稔を簡易担架に乗せ、車に運びフルフラットにした、後部座席に並べて寝かせた。
 狂は弥生に、襲撃した男達用の救急車を呼ばせると、助手席に乗り込み、真が車を走らせる。

 車が走り出して、一段落付くと、狂は大きく息を吐いて
「ビックリした…追い付いたら[暴走]状態に成ってやがったから、出るに出られなかったぜ」
 独り言のように言うと、弥生が後部座席の床の上から
「[暴走]って、以前聞いた、お腹が空いた時に成る奴ですか?」
 狂に向かって質問した。

 狂は昏倒する稔を見詰めながら
「あぁ、稔の脳は極度のストレスを感じると、脳が意識を遮断する。人の3倍の速度で情報を伝達する稔の脳には、ストレスはタブーでな…、精神を遣られちまう恐れがある…。その為かセーフティーとして、脳が勝手にブレーカーを落とすんだ…。そこから先は、防衛本能だけで身体が動く…。稔の身体は、自分の周りの動く物を、自分に危害を加える対象として認識し、稔の脳は記憶の中に有る、尤も効率の良い方法を瞬時に探し出して、その行動を身体に伝える。結果、稔の攻撃は、誰も止められない。あの庵ですら、無傷で受けきる事が出来なかったんだ。もし、あの状態に稔が成ったら、大量の食い物を用意して、死んだ振りするしかない…今みたいに、電池が切れて止まる迄な…」
 弥生に向けて説明すると、弥生は真剣な表情で、コクリと頷いた。

 真の運転する車が、金田の総合病院に着くと、真は救急搬入口に車を止める。
 すると病院の中から、一人の男性医師が飛び出して来た。
 狂はホッとして、助手席を降りて車外に立つと
「あ〜、駄目駄目…。ここは、駐車スペースじゃないよ…、車は他所に止めなさい」
 男性医師は邪魔臭そうに、手で追い払いながら言って来た。
 狂は男性医師の言葉に、表情を歪めると
「医院長から、話来てるだろ? 良いから早く入れろ!」
 男性医師に怒鳴る。

 男性医師は狂の言葉に、カチンと来たのか
「医院長が、こんな時間に居る訳無いだろ! それに、何の連絡も受けてない! ほら、帰った帰った…警察を呼ぶぞ」
 更に高圧的に成って、鬱陶しそうに両手で追い払い始めた。
 すると、後部のスライドドアが開き、弥生が飛び出して
「重傷者が居るんです! 早く! 早く処置して下さい!」
 男性医師に懇願すると、男性医師は弥生を見て、鼻の下を伸ばしながら
「あ〜、駄目駄目、今日は治療出来る先生が居ないから、どこか別の病院に廻りなさい」
 にべもなく断った。

 狂は顔を真っ赤にして
「てめぇ! 外科部長じゃねぇのかよ! え〜っ、柏木! 医者が居ないって、どう言う事なんだ!」
 狂が男性医師に怒鳴り散らすと、男性医師柏木は、オタオタと慌てて、外した筈のネームプレートが、白衣に付いていないのを確認する。
「な、何だ?! 私は今から忙しくて、新しく受け入れなんか出来ないんだ。それに、救急車で来た訳でもない者を、おいそれと受け容れられる訳無いだろ!」
 柏木はネームプレートが無いのに、役職と名前を言い当てられて、一瞬狼狽えたが、気を取り直して狂に反論した。

 柏木と狂が数分押し問答をしていると、けたたましいサイレンを鳴らして、1台の救急車が滑り込んでくる。
 柏木はその救急車を見て、溜息を吐きながら頭を掻き、ツカツカと近づいて行くと
「今日は受け容れ出来ないよ、他の病院に廻りなさい。ちゃんと無線で確認取ったの?」
 ウンザリした表情で、救急隊員に告げ追い返そうとした。
 その瞬間救急車の後部ハッチが開き
「柏木! 貴様何を言ってる!」
 金田が勢いよく飛び出して、柏木の胸ぐらを掴んだ。
 この救急車は金田を隣の市の総合病院から、運んできた車だったのだ。

■つづき

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