夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲17

 狂の電話を受け、隣の市から急ぎ帰って来た金田は、当直医である柏木の傲慢な態度と、発言に怒り心頭だった。
「貴様は今日の当直医だろうが! どうも最近救急外来が減ったと思ったら、お前の仕業か! お前はクビだ、出て行け!」
 金田は柏木の胸倉を掴んで、ブンブンと振り回しながら、解雇通告をする。
 柏木は金田の手を、胸倉から引きはがすと
「私は、外科部長で役員待遇だ。あんたの一存で辞めさせる事なんか、出来ないぜ」
 ふて腐れた顔で睨み付け、金田に喚いた。
 金田はこの期に及んでの傲慢な言動に、身体を怒りで震わせ
「良し、解った。役員会議でも理事会でも開いてやる! だがな、お前に対する懲罰を与える権限は、俺一人で充分だ。お前は、会議に招集されるまで謹慎だ! 出勤してくるな!」
 柏木を烈火のごとく怒鳴りつけ、謹慎処分にする。
 柏木は怒りを浮かべ、金田を睨み付け[ふん]と鼻で言い、そっぽを向くと白衣を脱いで、病院内に消えて行った。

 フウフウと怒りで荒い息を吐く金田に
「おい、そっち終わったか? なら、早いとこ、こいつら頼むわ」
 狂が金田を見詰め腕を組みながら、左手を挙げ親指で背後の車を指さす。
 金田は狂の言葉で我に返り、車に急いで近寄り、中を覗き込むと
「み、稔様! い、一体どうされたんですか?」
 稔が昏倒しているのを見て、顔面を蒼白にして、狂に訪ねる。
 狂が金田に答えようとすると、救急車の影から素早く小さな影が、真の車に走り寄り
「稔様…稔様が、どうかされたんですか? い、いや〜…」
 稔が昏睡しているのを見て、美香が必死の顔で稔にしがみつこうとした。

 その美香の行動をすんでの所で、狂が慌てて止め
「ちょ、ちょっと待て、今こいつを起こすな! 何でもない…、何でもないから静かにしろ」
 美香を宥めて落ち着かせる。
「良いか、こいつは[暴走]を起こして、昏睡しただけだ、ただ[暴走]の原因が分からんから、取り敢えずいつもの対応が取れるまで、こいつを起こすんじゃねぇ」
 美香に諭すように告げると、奥の庵を見ていた金田が
「い、いかん。チアノーゼが出てる、早く手術しなければ!」
 緊迫した声で呟く。

 美香は金田の言葉を聞き、直ぐに病院内に走ろうとしたが、救急車に同乗していた溝口が、既に看護師5人を引き連れ、車に向かって走ってくる。
 看護師2人が2台のストレッチャーを押し、稔と庵を乗せると、庵に点滴をしながら、病院内に運び込む。
「溝口、済まんが手伝ってくれ、馬鹿をクビにしたから、人手が足りん!」
 金田が溝口に依頼すると
「ああ、解ってる、俺もそのつもりで来たからな」
 溝口は、金田の依頼を快諾する。
 2人は揃って緊急手術の準備を始めた。

◆◆◆◆◆

 庵の傷は両腕の尺骨と橈骨が粉砕骨折し、左上腕骨が亀裂骨折、肋骨が4カ所折れ、内2本は開放骨折で、一本は皮膚を突き破り、1本は小腸に刺さっていた、その他にも大腸が2カ所破裂し、全身に重度の打撲が無数に有る状態だった。
 手術は2時間に及んだが、無事に終えICUで経過観察中である。
 庵は麻酔で深い眠りに入っていたが、苦しそうな皺を眉間に寄せていた。
 庵の横には純がちょこんと心細そうに座り、庵の顔を心配そうにジッと見ている。
 狂はトラブル続きの1日に疲れ果て、純の中で深い眠りに着いていた。

 暫くして庵の麻酔が切れ、瞼がユックリと開き
「う…うん…ここは…」
 意識を取り戻した庵が、天井を見詰めボソリと呟く。
 庵の呟きを聞き、意識が戻った事に気付いた純が、身を乗り出して
「庵君目が覚めたの? 看護師さん呼ぶね」
 庵を確認し、嬉しそうに微笑むと、ナースコールに手を伸ばす。

 庵は純に小さな掠れ声で
「ま、待て! 待ってくれ…。その前に…狂さんに変わってくれ…」
 必死に純の動きを止め、懇願する。
 純は訝しそうにしながらも、庵の真剣な表情に、頷いて狂と入れ替わった。
「よう、目〜覚めたか…。お前がそんな状態に成る何てよ…考えても見なかったぜ…、何せ6ヶ月の入院コースだ。でっ、気分はどうだ? 最悪だろ…」
 狂はニヤリと笑って、庵を見ながら嫌味を言った。
 庵は小さく笑うと
「ええ、かなり痛いですね…」
 狂に答えた。

 狂は[はははっ]と大声で笑うと
「当たり前だ、両手の粉砕骨折だぜ、痛くない…って、あれ? お、お前…今、痛いって言ったか?」
 庵の言葉を認め、気が付いて目が点になり、驚いた顔で庵に問い返した。
 庵はニヤリと笑って
「ええ、かなり痛いって言いました。これが痛みなんですね…」
 狂に答える。
「い、いつだ…いつ戻った…」
 狂は顔全体を驚きに染め、ボソリと庵に問い掛ける。
「10人に囲まれて、何も出来ないで、ボコられる直前です」
 庵は照れくさそうに笑いながら、狂に告げる。

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