夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲20

 稔は普段、欲望に左右される事無く、奴隷と接している。
 その場の勢いなどは、愚行以外の何物でも無いと、常々思っているからだった。
 所が、今起きている欲望の高まりは、稔自身経験した事がない程の圧力と大きさを持っていた。
 美香が稔の微妙な変化を感じ取り、顔を上げて稔の目を覗き込む。
 稔の目と美香の目が絡み合った瞬間、稔の頭の中にその欲望が、目的を示す。
 [欲しい]と。
 稔は頭の中全体を覆う程の欲望に、全ての思考を押し流され、美香の身体を貪った。

 1時間後美香はこの世の至福の中に漂い、稔の腕の中で痙攣する身体を、優しく撫でられていた。
 美香の意識は真っ白になり、行為が終わって10分程経つ今でも、何も考える事が出来なかった。
 そして、欲望に流された稔も、普段は人の3倍の速度で回転する脳が休止状態のまま、美香の身体を撫でている。
 2人の身体は、何も考えられないままヤワヤワと動き、お互いの身体に快感を送り込んでいた。

 2人の止まった時間は、快感の余波で、美香の身体がビクリと跳ねて、同時に動き始める
(な、何だったんだ…今の、欲望は…。それに、房中術を使う事すら出来ない、あの快感は…何だったんですか…)
(あふぅ〜…。凄かった…今の稔様…凄く気持ちよかった…。夕方のSEXが…霞んでしまう程…、こんなSEXが…この世に有るなんて…。ふしだらと呼ばれても…淫らと蔑まれても…何を言われても構わない…もう私は、これを放せない…)
 2人はどちらからとも無く見つめ合い、濃厚な口吻をし、お互いの身体を抱き締め合った。
 稔を襲った欲望の底に有るのは、紛れもない[愛情]だったが、それを認識していない稔には、[得体の知れない物]でしか無く、ただ、それがもたらした結果だけが記憶に残される。

 稔達は着衣を整えると病室を後にし、狂と庵に詳細を確かめるためICUに向かった。
 だが、稔達がICUに着くと、そこはもぬけの殻だった。
「あ、あれ? おかしいですね…。確かに、ここで眠られてたんですが…。病室に移動されたんですかね?」
 美香は首を傾げて、呟いた。
「う〜ん…。幾ら庵が超人的な身体の持ち主でも、開腹手術迄したなら、24時間はここに入っている筈なんですがね…」
 稔も腕組みをして考えていると
「お父様にお聞きするのが、一番の早道ですわね」
 美香が明るく微笑んで、稔に提案する。
「うん、そうですね。ここの長に聞くのが一番だと思います」
 稔も美香の意見に同意し、2人は医院長室に向かった。

 医院長室に入った2人は、金田の言葉に驚いた。
「何ですって? 庵は、アメリカに帰ったですって! い、一体それはどう言う事ですか」
 稔の大きな声に、金田はビクリと震え
「い、いえ、工藤君がですね…垣内君たっての希望で、アメリカで治療を受けたいと申し出されて…。それで、私の所に来た時は、もう移送方法やその手配が終わった状態で、話を持って来られまして…。私には、断る事も出来ず、稔様にお伺いしようにも、昏睡状態のままでしたので…その、押し切られる形で…はい…申し訳有りません…」
 ダラダラと脂汗をかきながら、稔にしどろもどろに説明する。
 稔は暫くジッと考え込むと
「狂はどこで寝て居るんですか…」
 静かに金田に問い掛けた。
「あ、あの…工藤君は…2時間程前に…帰られました…。垣内君の搬送が終わると、直ぐに用事が有ると言って…」
 金田が小さくなりながら答える。

 稔はユックリ顔を金田に向け、呆気に取られた表情で
「か、帰った? [暴走]を起こしたという、僕を置いて…帰ったと言うんですか?」
 金田に問い掛ける。
「あ、や、そ、その………はい…」
 金田はワタワタと狼狽え、先程より更に身体を縮め、消え入りそうな声で答えた。
「稔様…あ、あの〜…お父様を…お許し下さい…。お父様は…命令に従っただけだと思います…」
 美香が初めて、稔に意見をした。
 美香は小さくなり、ブルブルと震えながら、まだ父親に成っていない金田を、必死で庇ったのだ。

 金田はそんな美香に感動して、涙を流しながら
「美香駄目だ…。稔様の言う事は、全て絶対なんだ…。だから、そんな事言っては駄目だ…。申し訳御座いません稔様、私が浅慮なために、美香が生意気な事を口にした罪…どうかお許し下さい」
 美香を窘め、稔に深々と頭を下げて謝罪する。
 稔は無表情な顔を金田に向け
「何か、この状態は完全に僕は悪者ですね…。確かに、満夫には少し強く言い過ぎました。許して下さい、驚いただけで悪気は有りませんでした」
 ペコリと頭を下げて謝罪した。

 金田は両手をブンブン左右に振り
「わ、わ、わ、私に…お、お、お止め下さい…あ〜、み、身に余る光栄です!」
 床に身を投げでして、平伏して感謝した。
「全ての元凶は…狂ですね。全く…何を考えているのか…。今回ばかりは、許しませんよ…」
 無表情のまま、恐ろしい雰囲気を立ち上らせ稔が呟く。
 金田と美香はその稔を見詰め、背筋が冷たくなりガタガタ震えながら、決してこの雰囲気が、自分に向けられる事の無いようにと、心から願った。

 その頃狂は、純に入れ替わって、深い深い眠りの奥で、気力を回復している。
 庵が居なく成った事による、計画に対する影響や問題が山積していて、その解決に飛び回らなければ成らないからだ。
 稔はこの日、計画を担う一翼と重要な協力者を失い、一人の支持者を得る。
 この事が今後の計画に、どう関わって来るかは、この時考えていなかった。
 そして、この一連の事件が、一人の男の差し金に因る物だとは、思いもよらなかったのである。
 稔の牙城を崩す魔の手は刻々と迫り、稔の外堀を埋め始めた。
 計画に意識が向きすぎた稔は、忍び寄る影が濃くなっている事に、全く気付かない。
 そして、残った片翼に対する不信感から、泥沼に嵌って行く。

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