夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲22

◆◆◆◆◆

 郊外の公園の駐車場に、黒塗りのベンツが入り、白いクラウンの横に止まる。
 まだ、早朝のため付近に車は1台も止まっていない。
 ベンツの後部座席に佐山が座り、クラウンの運転席に柏木が座っていた。
 朝の雑務を終え、使用人棟の自室に引き上げようとしていた、佐山が電話で柏木に呼び出されたのだ。
 ベンツが止まると柏木は、クラウンの運転席から、転げ落ちるように飛び出し、ベンツの後部座席に乗り込む。
 酷くやつれた表情の柏木は、酒臭い息を振りまきながら、佐山の胸倉につかみかかった。

 佐山は余裕の笑みを浮かべながら
「おやおや、こんな朝早くから人を呼び出しておいて、ずいぶんな態度ですね。どうしたんですか柏木さん…」
 落ち着いた声で、柏木に話し掛ける。
「どうしたも、こうしたも無い! 一体何時になったら、あいつを失脚させるんだ! 俺は、約束を守って渡したんだ! お前らも約束守れよ! じゃ、無いと俺は後10日でクビになるんだ。10日後理事会が開かれて、俺の解雇通告がされちまうんだよ!」
 柏木は切迫した声で、佐山の胸倉を絞り上げ訴える。

 佐山は溜息を一つ吐くと
「話が良く見えません…。どうして、私が貴方の言う事を聞かなければ、成らないんですか?」
 柏木に薄笑いを浮かべ、問い掛ける。
「な、何を言ってるんだ、! お前俺に約束したじゃないか! 俺が筋弛緩剤と無針注射器をお前達に用意すれば、お前達は金田の奴を失脚させてやる…俺に、そう言ったじゃないか!」
 佐山は柏木の言葉を聞くと、[くっくっくっ]と笑いを噛み殺し
「そんな約束、有り得ないでしょ? 人を失脚させるなんて…。それに、貴方は何か言い張っていますが、薬を渡した? それの受け取りは、柏木さんお持ちですか? 約束をした? それに対する契約書はお持ちなんですか?」
 柏木に向かって、問い掛けた。

 柏木は佐山の答えに愕然とした表情を浮かべると
「だ、騙したのか…俺を…」
 佐山に向かって呟く。
「人聞きの悪い事を言わないで下さい、そもそもそんな約束が有った事を、証明出来ない貴方が悪いんじゃないですか? まぁ、私に取っては初耳ですし、貴方の妄想の話じゃないんですか?」
 佐山は柏木の腕を振り解き、スーツの襟を整えながら、柏木に告げる。
 柏木は顔を真っ赤にして、左手で佐山の胸倉を掴むと
「この野郎!」
 右手を振りかぶって、佐山に殴り掛かろうとした。

 その瞬間運転席の明日香が、特殊警棒のようなスタンガンを、柏木の首筋に突き刺す。
「ぐへぇ〜っ」
 柏木は情けない声を上げ、白目を剥いて痙攣する。
 明日香がスタンガンを柏木から放すと、柏木はビクビクと身体を震わせ、力なく後部座席の床に座り込んだ。
「暴力は、いけませんな…暴力は…」
 佐山が薄笑いを浮かべて、柏木に告げるが、柏木は感電して口もきけなかった。
 目に涙を浮かべ、佐山を睨み付ける柏木に、佐山は顔を寄せ
「まぁ、貴方も何か事情が有りそうですな? 話し如何に因っては、私どもがお手をお貸ししても構いませんよ?」
 柏木に勝ち誇った笑みを浮かべながら、静かに告げる。

 柏木は歯噛みしながら、佐山を睨み付け
「そうやって、また俺を騙すんだろ! 誰がお前なんかに手を借りるか!」
 やっと、痺れが取れた口を開き、まだ自分の意志通りに動かない身体を持ち上げ、佐山に怒鳴った。
「ほう、それはそれは…、貴方に出来るのでしたら、最初から貴方自身の手でやれば良かったんです。貴方に出来るのならばね…」
 佐山が柏木にそう告げると、柏木は唇を噛み項垂れる。
 佐山は、柏木を見詰めたまま、右手を明日香に差し出すと、明日香はダッシュボードの中から、紙の束を取りだし恭しく佐山の手に渡す。

 佐山は紙の束を受け取ると、柏木に向かって差し出し
「でわ。ビジネスの話をしましょうか…。これを、お読み下さい…」
 柏木に慇懃な態度で、ニヤニヤ笑いながら告げた。
 柏木は言いしれぬ不安を感じながら、その紙の束を受け取ると目を通す。
 柏木の目はその紙の束を黙読しながら、徐々に大きく見開かれ
「こ、これは…」
 声を漏らして、佐山に問い掛ける。
 佐山は、ニンマリと微笑むと
「契約書ですよ…。貴方が医院長に成った時、私達の指示に必ず従って、総合病院の全てを運営する…。そう言う契約書です…」
 柏木の質問に答えた。

 柏木は驚いた表情を浮かべながら、佐山を見詰め質問すると
「こ、これは…、しかし…、この文面だと、非合法の行為も、医療倫理規定にも抵触する事も含まれるじゃ無いか?」
 佐山は曖昧に笑いながら
「そこは、ケースバイケースです。そうなった場合でも、私どもの指示には従って頂く…。まぁ、そう言う事に成りますな…」
 柏木に告げる。
 柏木は震えながら、その契約書に再度目を落とすと、ジッと考え込む。
「どうされますか? その契約書にサイン押印をして私どもと契約を結び、総合病院の医院長と成るか、それともこのまま、総合病院を追われ、どこかの町の片隅で、ひっそり生きて行くか…選ぶのは貴方です。どうぞ、お好きな方を…」
 佐山はにっこりと微笑んで、柏木に選択を迫る。

 だが、柏木に選択の余地は無かった。
 この契約書にサインをしなければ、柏木は妻から見捨てられ、妻の父親にも目を付けられるだろう。
 そうすれば、間違い無く再就職先などは見つからない。
 佐山の言う通り、どこかの町の片隅で、新聞紙か段ボールにくるまる生活が待って居るだけだった。
 柏木はガックリと項垂れ、契約書にサインし、自分の右手の親指を契約書に押しつける。
 佐山は契約書を受け取ると、ニンマリと笑い
「おめでとう、これで君は医者として、まだ生きて行ける…、私達のために充分に働いてくれ」
 柏木にそう伝えた。
 柏木は契約書という見えない首輪を付けられた、佐山達竹内グループの飼い犬と成った。

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