夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲24

 狂がタクシーを降りると、直ぐにベンツが狂の前に止まり、運転席から明日香が降りてきて
「工藤様で御座いますか?」
 狂の前に直立して、問い掛けてくる。
 狂が頷いて、認めると
「お迎えに上がりました、どうぞお車に…」
 明日香は恭しく頭を下げて、後部扉を開いて、狂を招き入れた。
 狂は明日香を見ながら
(へぇ〜…この女、前に一度見たが、雰囲気変わったな…。何とも言えない、色気が出て来てる。新しい調教師でも増えたのか?)
 狂は明日香の変化を敏感に感じ取り、その変貌に少し驚いている。
 その変化を与えたのが、沙希であると知ったら、狂は更に目を剥いて驚いただろうが、この時沙希の関与を狂は知る由も無かった。

 狂は竹内邸のリビングに通され、状況を説明される。
 状況を説明したのは、佐山だった。
 狂は佐山の説明を聞いてニヤリと微笑み
(ほ〜…そうかい…、今回も全部お前の独断専行か…)
 佐山を見詰める。
 佐山は狂の目線に、全てバレた事を感じ取りグッっと息を飲んで、視線をそらし俯いた。

 狂は目線を伸一郎に向けると
「多分出来ると思うよ…そうだな、本気を出せば2時間くらいかな…」
 アッサリした口調で、修復可能だと告げる。
「2、2時間? そんな、馬鹿な事あり得るか! 大口を叩くのも好い加減にしろ。私達本職が10人以上掛けて、不眠不休でやっても、10日は掛かると判断した事を、お前みたいな子供に出来る訳がないだろ!」
 狂の言葉を聞いた平賀が口から唾を飛ばしながら、捲し立てた。
 技術担当役員の職人魂が燃え上がり、思わず口にしてしまったのだが
「へ〜っ、じゃぁ、俺がそれを言った通りの時間で復旧させたら、あんた達の1200倍以上の腕だって認めるか?」
 狂もエンジニアとして、平賀に突っかかった。
「おう! もし出来たなら、俺は会社の者にお前を[神]と呼ばせてやる! 勿論俺も服従してやるよ!」
 平賀はギリギリと歯噛みしながら、言い切った。

 そんな、狂と平賀のやり取りをウンザリした表情で、伸一郎が止め
「で、工藤君。君の言っていた条件とは何だね?」
 狂に問い掛けると、狂は指を3本立てて
「一つは作業中の俺を見ない事。こう言った特殊な技術は、独自の手法が有るからな、真似されて解析されたら俺の首が絞まる」
 条件を一つ提示し、指を一本折る。
 平賀が反論しそうになったが、伸一郎は直ぐに頷いたため、何も言えなく成った。

 狂はジッと伸一郎を見詰めながら
「もう一つは、西川の家の者を俺の物だと認めろ。絵美も母親も妹達も全部だ」
 もう一つ指を折り条件を提示すると、伸一郎は苦虫を噛み潰したような表情を作り頷いた。
 狂は最後に、スッと視線を佐野に向け
「最後の一つは、俺の持ち物に絶対手出しするんじゃない。女もPCもプログラムも全てだ」
 最後の指を折って、条件を示し終えた。
 佐山は歯噛みし、伸一郎は渋面を作る。

 しかし、どんなに不利な条件であろうとも、竹内達にはその条件を飲むしかなかった。
 伸一郎と佐山はコソコソと相談すると、仕方無く条件を飲んだ。
 狂はニヤリと笑うと、ポケットから1枚の紙を取りだし、伸一郎に提示すると
「ほい、じゃぁ、サインしてくれ。後で、契約が無かったなんて言われたら堪んねからな。作って来たんだ、契約書」
 紙を手渡す。
 それは、公正文書の形式に則った、正式な契約書だった。

 伸一郎と佐山はその書類を見て顔を引き痙らせるが、もうサインするしかない。
 2人は相談して、シラを切り通すつもりで居たのだが、それが通じる程狂は甘くはなかったのだ。
 狂はサインを終えた伸一郎と佐山に
「言って置くが、俺達は4人共その道の達人だ。この計画のどれも、あんた達に扱えるしろもんじゃない、ど素人が手を出すと、おシャカに成るのが落ちだぜ…」
 狂は2人に釘を刺すと、契約書を受け取りコピーを伸一郎に渡す。

 契約が成立した狂は、その足でTNシステムズに向かい、中央システム室に入る。
 内側から鍵を掛け、全ての窓にブラインドを下ろすと、狂はUSBメモリーを取り出し、難無くメインフレームを立ち上げ作業を始めた。
 狂の仕込んだウィルスは起動キーが無いと、OSの起動をブロックして、フォーマットされた状態をダミー情報としてディスプレイに映し出し、その他の入力機器の操作も全て制限してしまう物だった。
 狂は鼻歌交じりにウィルスをスリープ状態にして、完全にプログラムの隙間に隠し、様々な場所にバックドアを付けて行く。
 公言していた2時間より前に全ての作業を終え、TNシステムズのメインフレームを完全に自分の掌握下に置いた狂は、何食わぬ顔で鍵を外して中央システム室から出た。

 中央システム室から出た狂を見詰める、技術担当役員の平賀に
「でっ、どんな約束だったかな? おっさんよ…」
 ニヤリと微笑みかけた。
 平賀は大きく目を剥き、ガクリと膝から落ちると、床に平伏し
「恐れ入りました〜。これからは、神様と崇めさせて頂きます」
 心底ホッとして、狂に感謝する。
 TNシステムズの技師一同、平賀の姿を見て目を剥いていた。
 どうやら平賀は技師一同の信頼を集める、優秀な重役だったようだ。

 技師一同も狂の大口に反感を持っていたが、実際それを行った事に、驚嘆の目を向け尊敬の念すら持ち始める。
「おいおい、そんな事より、早く復旧しろよ。普段の仕事開始から、3時間ぐらい遅れてんだぜ。俺も少し手伝ってやるからよ、ちゃっちゃと済ませようぜ」
 そう言って再び中央システム室に戻って、システム長の椅子に座る。
 狂は初めてその椅子に座り、5分程業務の流れを見ると、指示を出し始めた。
 その指示に従いだした技師達の作業速度が上がり始め、狂は滞っている者の操作をフォローし、別の者に指示を出す。
 狂の驚異的な入力速度と解析速度に、技師達は心底驚き感嘆した。
 狂は開始30分程で、3時間の遅れを完璧に修正し、システム長席を離れる。

 狂は呆然と見詰める、10人程の技師達に
「んじゃ、後は勝手にやってくれ。また、何か有ったら呼んでみな、暇が有ったら遊びに来てやる」
 背中越しにそう告げて、中央システム室を後にした。
 技師達全員が心の底から頭を下げ、狂に感謝し狂の背中を見送った。
 狂は内心かなりご満悦に成っている。
 敵の情報中枢を掌中に収め、しかも10人程の技師達を心酔させ、その心を鷲掴みにしたのだ。
 新たな手足を手に入れ、狂は学校に向かった。
 今後の方針を稔と話し合うために。

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