夢魔
MIN:作

■ 第28章 暗雲26

 狂は[フッ]と鼻で笑うと、首を左右に振り
「おめぇよぉ…それがどれだけ身勝手か、考えて言ってんのか? こっちはよ、オーバーワークも我慢して動き回ってよ。庵の看病して、あいつの我が儘聞いて、庵の穴を埋める段取り考えて、それで次はお前の言い掛かりか? 好い加減にしろよ…」
 項垂れながら、呆れ果てた表情で、稔に力無く告げる。
 稔はそんな狂を不思議そうに見ると、狂は急に立ち上がり
「止めた! 俺は、自分の役割を果たしたら抜けるわ。てめぇは、勝手に好きなようにしろ」
 そう言って、スタスタと旧生徒会室を出て行こうとした。

 稔は狂の態度に、慌てて狂を引き留め
「何を怒って居るんですか?」
 狂に問い掛けると、狂は稔を冷たい視線で見詰め
「そんな事も解らねぇんじゃ、お前が探してるモンなんて一生見つからねぇよ…。俺は、もうここにはメンテの時にしか、顔出さねぇ。生徒達の操作は家でする」
 静かに稔に宣言すると、稔の腕を振り解き旧生徒会室を出て行った。
 稔は無表情に成りながら、狂の背中を無言で見送る。
 稔は残った片翼との間に、深い溝を作ってしまった。

◆◆◆◆◆

 校長室で校長と教頭と指導主任の3人が、顔を突き合わせている。
 校長室の机の上には、幅20p奥行き10p高さ5p程の箱が置いてあった。
 その箱にはスピーカが付いており、そこから声が流れている。
『全く…狂は何をそんなに、怒って居るんですかね…。確かに庵の抜けた穴は、何とかしないといけませんね』
 スピーカーから、稔の独り言の呟きが、鮮明に流れていた。
 校長が顔を上げて教頭の顔を見ると
「どうやら、垣内はアメリカに帰って、柳井と工藤は仲違いしたようですね…」
 教頭は校長の言葉に頷き
「ええ、どうやらそのようです…。一枚岩のように思っていたグループが、こうも簡単に分散するとは、思っても居ませんでしたね…」
 教頭が感想を言う。

 指導主任が教頭に向き直り
「しかし、教頭。良くこんな盗聴器、あの部屋に仕掛けられましたね?」
 胡散臭そうな顔で、教頭に問い掛けると
「ええ、努力の賜です。工藤に接近して、旧生徒会室の中に入れるまでの関係を作るには、かなりの努力が要りましたよ。どっかの誰かさんと違い、私は遊んでませんから」
 教頭は胸を張って、指導主任に昂然と言った。
 指導主任は悔しそうな顔をして、教頭から目をそらし、傍受器を睨む。

 校長も苦虫を噛み潰したような顔で、教頭をチラリと見ると、電話の受話器を取りダイヤルボタンを押す。
 校長は直ぐにスピーカーボタンを押すと、校長室に電話のコール音が鳴り相手が電話に出る。
『どうしました? こちらに掛けてきたと言う事は、何か変化が有ったと言う事ですね…』
 電話の相手は佐山だった。
 校長はこの盗聴器の報告を理事長にでは無く、佐山に先に行ったのだ。

 佐山は校長から盗聴器の設置報告と、稔と狂が仲違いした事を報告する。
『ほう、面白いですね…しかし、その情報信じて良いんでしょうか? 大体、盗聴器なんていつ仕掛けたんです?』
 佐山の問い掛けに、校長はイヤな顔をして教頭を見、溜息を一つ吐くと
「教頭が工藤に接近して、信用を築いたんです…。それで、旧生徒会室に入れる関係に成ったらしいです」
 佐山に教頭の事を渋々報告した。
『そうですか、そう言う事ですか…。丁度良かった、前田さんが裏切っていた事もバレたようですし、情報収集をどうするか考えていたんですよ…、これは、お手柄ですね』
 佐山の声は嬉しそうに変わり、教頭の功績を褒めた。
 途端に校長と指導主任の顔が不満そうに歪み、教頭の顔は綻んだ。

 佐山は暫く考え込むと、教頭の名前を呼び
『教頭…貴方、工藤をこちらサイドに引き込めませんか? その工作が出来れば、ボーナスを出して上げましょう。どうです、やってみますか…?』
 狂を仲間に引き込めと、打診して来た。
 教頭は少し驚くと
「はい、やります! 是非やらせて下さい!」
 佐山の提案に直ぐに乗る。
 校長と指導主任はあからさまに、教頭を小馬鹿にしたような目で見詰め
「本当に出来るのかね? 工藤は1番の曲者だよ…。そんな大口叩いて、後で泣き言を言わなければ良いんですがね…」
 教頭に毒を含んだ嫌味を言った。

 教頭は校長達の言葉を受け流し、佐山に挨拶をすると
「早速、行って来ます」
 校長達に自信満々の顔を向けて、校長室を出て行く。
 校長が鼻を[フン]と鳴らして、しかめっ面で教頭の出て行った後を睨み付けると
『貴方達も、教頭のように何か手柄を立てないと…、いい加減クビが危ないですよ…』
 佐山が校長達に、辛辣な言葉を掛けた。
 校長と指導主任は脂汗を浮かべ、ペコペコと頭を下げる。

 佐山が電話を切ると、指導主任はコソコソと、校長室の扉に向かっていた。
「ん? 伊藤君…どこに行こうとしているのかね…。まさか、抜け駆けして教頭の手助けでもしようと言うんじゃ無いんだろうね?」
 校長が指導主任に問い掛けると、指導主任はギクリと顔を引き痙らせ
「い、いや、あ、あのですね…。教頭が失敗して、落ち込む顔でも見れたら笑ってやろうと…」
 しどろもどろに、校長に答える。
「貴方は、私を裏切ったりしませんよね? 私達はあの1週間共に耐え、2人で誓い合った仲なんですからね…。戦友を裏切るのは許しませんよ」
 校長は凄い目付きで、指導主任を睨みながら、低い声で言った。
 指導主任は顔を引き痙らせ、何度も頷きながら校長室を出て行く。

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